第3話 一難去ってまた一難
その日の夜も更けた頃。
街外れの修理工場へ、ゾンビのような足取りで歩いてくる男がいた。
「……いでででっ、腰、腰が……ッ」
和希である。
一日中、石膏ボードとセメント袋と格闘した代償は、想像をはるかに超えていた。
帰宅してひと休みしたのが裏目に出たのか、身体はすっかり固まっている。
バケットシートに座るどころか、立って歩くのすらぎりぎりだ。
それでも愛車の様子を見なければという、ラリー馬鹿の執念だけで、和希は工場のシャッターをくぐった。
「おーい、稀昭。ミッションの部品、届いた……か……」
声をかけた和希の動きが止まる。
ピットの隅で、ツナギ姿の稀昭が携帯電話を耳に当て、何度も頭を下げていたからだ。
「はい、すみません……ええ、またあの子が……。本当に、いつもご迷惑をおかけして……はい、安堂さん、すぐ迎えに行きます」
電話を切った稀昭は、底なし沼みたいに深い溜息を吐いた。
振り返って和希の姿を認めると、その顔にさらに申し訳なさそうな色が浮かぶ。
「和希、お疲れ様。……あれ? なんだかお爺ちゃんみたいな歩き方になってない?」
「うるせえ。石膏ボードの呪いだ。……それより、今の電話、なんだ」
腰をとんとんと叩きながら尋ねると、稀昭は困ったように眉尻を下げた。
「……藍華だよ。また警察の世話になったみたいで」
「今月四回目だぞ、あいつ。今度は何やったんだよ」
「埠頭の方で、ちょっとした当て逃げ騒ぎがあったらしくてさ。藍華はただ野次馬で見てただけらしいんだけど、補導時間も過ぎてるし、その場にいた未成年は全員、パトカーで署に連れて行かれたみたいなんだ」
稀昭はちらりと、自分の作業台を見た。
そこには、組みかけのミッションと工具が並んでいる。
「僕が迎えに行かなきゃいけないんだけど……今、液体ガスケットを塗っちゃってて、ここで手を離すと全部やり直しになるんだ。どうしよう……」
「…………」
和希は、自分のばきばきになった腰と、作業台の上の愛車のパーツを交互に見比べた。
ここで作業を止められたら、スイフトに乗れる日がまた遠のく。
「……あー、もう! わかったよ、俺が行く! 俺が迎えに行ってやるから、お前はさっさと俺のミッションを組め!」
「えっ、本当!? ごめん和希、助かるよ! あ、でもその腰……」
「気合でどうにかする! ほら、代車の鍵貸せ!」
和希は稀昭から、ぼろぼろの軽トラの鍵をひったくると、痛む腰をかばいながら再び工場の外へ飛び出した。
「ったく、あの馬鹿妹……! 俺の整備時間を返せ!」
どうにか運転席へ身体を収め、エンジンをかける。
だが、工場を出た途端、路面の継ぎ目を拾った車体が容赦なく跳ねた。
「つーか、この軽トラのシートやべぇ! なまら腰いてぇ!」
硬く、ほとんど直角のシートに腰が悲鳴を上げる。
和希は泣きそうになりながら、警察署へ向かう。
「やっべ、どこの署か聞き忘れた」
路肩に軽トラを停め、とりあえず稀昭に電話した。




