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第7話 もう家に帰れない

なんか、太陽の牙ダグラムの歌詞みたいになったな…

ニュアンス的には同じか…

フィアとの馴れ初め編ラストです


商館で家の者達が、

フィアの首に『忠誠の証』の魔道具を付けて

魔道具の起動鍵を俺に登録する儀式を始めた。


中世なのに、こういう魔法とか魔道具は

俺たちのいた現代並に整っているのだから

魔法のある世界は、やっぱり俺たちのとは

違うのだなと思い知らされる。


とはいっても、やってる者たちは

魔道具売りの講習を受けて

教わった事を反復してるだけで

この登録システムが、どういう原理でできてるのか

それは、さっぱり分からないそうだ。


それを言われると俺も耳が痛い。


俺たちの世界の魔道具『スマフォ』を

俺はどういう原理で動いてるのか

サッパリ知らないで動かしていたのだ。


この世界で先進的な道具を動かしているモノと

あっちの世界での俺達は、

その点では何も変わらないのだ。


ならば五十歩百歩であって

バカに出来るモノではない。


そして、そうなると『知らん』という事は、

やっぱり良い事では無いらしいと思わされる。


色々な事を知ってるハズが

こっちの世界に来て、

何も出来ない自分を見つめさせられると、

『知らない』という事が、

どれだけ危険な事なのか身を以て知る事になった。


今更だが、時間を巻き戻せるのなら

『生活の役に立つ知識』は

身に染みるほど勉強したいと心から思う。


いや、微分だ積分だ

結局、何に使うのか未だに分からんのは

やっぱりどうでも良いような気もするが…。


あれも本当は役に立つ知識だったのだろうか?

社会人になってから、

あの謎の理論を使った事など

一度としてないのだが…


ともあれ。


こうして、フィアは首に『忠誠の証』の

魔導具を取り付けられ、俺はその主として登録され

彼女は俺の奴隷となった。


そんな、少しでも操作を間違えれば

フィアの首が魔法の棘で貫かれ

即死してしまうような、物騒な状態になって

宿泊してる宿屋に俺たちは二人で戻ったのだった。


俺の泊まってる宿を恐る恐る眺めて

これからどうなるのか、と、

心配そうな顔をしている彼女。


その心配を取り除く為にも

俺は、さっさと最初にしなければならん事を

やる事にした。


道具使いの説明を思い出す。


やり方のメモが欲しかったのだが

この時代、紙である羊皮紙はバカ高で、

インクは常用するには気が引ける高級品で

文字記録というのが、

話にならない程、金がかかるので、

ゆえに安易にメモを取るというのは困難で

口頭での説明を記憶するのは

非常に重要な事だった。


知惠のある者になるには

まずは記憶力が高くないと駄目な時代。

それが中世的な時代という事だ。


「ええっと、魔道具から解放するには

 起動鍵に解放の石を組み込んで

 『ファビーラ・フェフェテノア』と唱える…

 だっけか…」


と、『万一の時に解放が必要なら…』と

教わった方法を早速試した。


それで意外とあっさり、

彼女の首に巻かれた魔道具は取れた。


スルっと彼女の首から、魔導具が落ちる。


「おお、教えてもらったとおりか…」


「えっ!?」


あまりにあっさりと自分の首に仕掛けられた

奴隷としての証の拘束具が取られた事に

目を丸くするフィア。


「ご、ご主人様、どうして!?」


自分の首元から、

死の恐怖を植え付ける魔道具が無くなった事に

彼女は混乱していた様だった。


「どうしてもクソも…

 こんなのあって、何かの間違いがあったら

 君が死んでしまうでしょ…

 だったら、さっさと取り外さないと…」


と、俺はフィアの疑問に首をかしげる。


「え?あ?

 ああ…はい?

 え? ああ、そうですよね…

 間違いがあったら死んでしまうのですから…

 って、えっ!? これが無くなったら私

 奴隷では無くなる…」


フィアは俺の言葉に一瞬納得して

次の瞬間には、今の自分の立場が

あっさり崩壊したことに目を見開いた。


「いいんじゃない?

 別に、本当に奴隷が

 欲しかったわけじゃないし…」


と、俺は彼女が何を驚いているのか

不思議そうな顔になって、そう告げた。


「え?でも、私、御主人様に、

 奴隷として買って貰ったんですよ!?」


フィアは恐怖で顔が強張って

俺に縋り付いてそう訴えた。


「ああ、まぁ、君を解放するのに

 そういう経路を取らないといけなかったけど…

 えっと、その…

 その為に、君の初めてを貰う事にも

 なったわけだけど…」


と、そこで、ついそう言ってしまって

今日の森での情事を思い出して

一瞬、二人で赤面してしまう…


「別に、本当に奴隷が欲しかったわけじゃないし…

 そりゃ、身の回りの世話をしてくれる人は

 いてくれたら嬉しいは、嬉しいけど…

 それは奴隷である必要はないし…

 それに今の稼ぎなら、世話人を食わせて生きていくと

 ギリギリか…まぁちょいプラスぐらいで

 無くなった貯蓄を元に戻すのに、時間もかかるしなぁ…」


と、俺は少しだけの強がりを言ってみた。

いや、こんな可愛い子、性奴隷で毎日楽しめるなら

そりゃ欲しいよ?

俺はガンジーじゃないんだから。


でも、その…なぁ…


という『その』の部分が俺を臆病にさせた。


俺たちがいた世界に、

制度としての奴隷は無かったのだ。


金銭的に借金奴隷という形式は、

なきにしもあらずだったが

それは非合法の個人契約みたいなモノで

正式な制度として許されたモノではない。


なので奴隷制度なんて無かったし

そんなモノに俺達は慣れてはいないのだ。


慣れてない事は、あまりやるものではない。


…というのは、こっちの世界に来て

色々と学んだ事であるので、

奴隷と楽しくやる、なんて、試みるべきじゃないし

扱いを間違ったら、彼女が死ぬわけなので…。


ならさっさと奴隷から解放。


それが正解に思えた。


「私…ご主人様には要らない子なんですか?」


首元に手をあてて、涙目になるフィア。


「要る、要らないって聞かれたら

 要る寄りだけど…」


「ならっ!!」


俺のそんな曖昧な言葉に

縋りついてくる彼女。


「でも、心の底から欲しがって

 買ったわけじゃなくて

 偶発的なモノだからなぁ…

 なんというかね…」


と、俺はそこで頭をかいた。


結局そこだ。


自分が猫の手も借りたいほどに人手が欲しくて

心の底から奴隷を求めていたなら

納得もしよう。


しかし、人助けの為に

商人を欺く奴隷工作で買った

…ではなぁ…。


「400ゴールドも支払ってくれて…

 あの山賊の賞金も…山賊たちの戦利品も渡して

 私を買ってくれたのに!?」


フィアは俺が支払った金額を聞かされていたので

それだけの大金をつぎ込んで買ったのに

奴隷としては要らないと言われて、

ただ震えていた。


いや、そう言われると

少し恰好をつけすぎに思えるが…


俺の全財産は吹き飛んで、

俺は明日からまた泣きながら

ダンジョンに潜るしかないのだが…


でも、あの魔道具付けてて、

取り扱い間違ったら彼女死ぬんだぜ?


だったら、仕方なくないか?


1000ゴールド付近まで金を支払って

取り扱いの間違いで死んでしまったら

それこそ大損害じゃないか?


俺はそこに頭を抱える。


「その…つまり…私、御主人様には要らなくて

 捨てられるんですか?」


彼女は混乱しながら、恐る恐る、そう尋ねて来た。


「いや、捨てるとか、そうじゃなくって…

 その、奴隷として生きていかなくて

 いいよっていうか…

 好きに生きて、自由に生きればいいんだ」


そう俺は、紳士な事を言ってみる。


森でこの子と情事をしたのに

何を今更、紳士ぶってんだとも思うが

それでも…


「自由?

 自由って何ですか?」


そんな俺の言葉に彼女はキョトンとして

それを尋ねて来た。


「え?自由って何って言われても…

 そんな難しい事、俺も分からんし…

 その、思いのままに生きる事…かなぁ…」


いきなり彼女に、俺も、もやっとしか理解してない

『自由』を尋ねられて、回答に困る。


そう言われると、

俺はあの世界でなんとなく

自由に生きていると思っていたが、

本当にあれは自由だったのだろうか?


毎日、何かに追われて生きているような

そんな切迫感の中にいたのだが、

それは本当に自由だったのだろうか?


「思いのままに生きろとか言われましても

 私、農民の子ですから…」


そう彼女は寂しそうに言う。


そういえば、こんな時代の農民は、『農奴』

奴隷と変わらない農民だと

どこかで聞いたような聞かなかったような。


貴族に絶対忠誠させられ

厳しい労働を毎日強いられていたとか。


つまり、そういう事か。


概念として、彼女たちには

”自由”が無い…という事らしい。


「まぁ、うん、難しいかもしれないが

 でも、もう奴隷じゃないから

 やりたい事をすればいいさ…

 家に帰りたいなら…

 いや、隣街のあたりに住んでいたんだっけ…

 今は流石に、路銀もないな…

 1か月! いや、2週間でいいから

 金を稼ぐ時間をくれないか?

 隣町まで旅できる路銀ができたら

 君が元居た家まで、送り届けてあげるから…」


と、俺は最大に恰好を付けたつもりで

彼女が帰りたいなら、手放しても構わないよ風の

事を口走ってみる。


いや、出来るなら、俺の嫁にしたいよ

こんな可愛い子。


ずっと傍にいて欲しいよ?


1000ゴールドも失って

手に入れた子なんだから。


でも、金で買って

彼女だけでは家に帰れないのをいい事に

俺の所に置いておくなんて…


と、そこで俺は、最高の迂闊をしてしまった。


「家に…帰る?」


彼女は、そんな俺の言葉に呆然とした。


「ああ、自分の家に帰ってもいいんだ…

 もう奴隷じゃないんだから…」


俺は完全に重要なことを見失ったまま

会話を続けていた。


「どうやって、私、家に帰ればいいんですか?」


彼女は目を最大に見開いてガタガタと震えていた。


「え?だから、俺が家まで届けてあげるから

 路銀ができるまでは、待って…」


と、同じように繰り返したとき


「私、親に売られたんですよっ!?」


彼女がそこで俺の間抜けを絶叫で一突きにした。


「えっ!?」


俺はその言葉を聞いて、

一瞬にして思考が止まった。


(親に…売られた??)


「親に性奴隷で売られたのに

 私、どんな顔して、家に戻ればいいんですかっ!?

 家に戻って、また邪険にされて、

 また性奴隷として売られるんですかっ!?」


彼女は俺が気楽に考えていた

家に帰った場合に起きる事を、

真っ青な顔になって叫んだ。


「ええっ!?」


俺は、彼女の予想する、暗澹たる未来を聞いて

絶句するしかなかった。


「私、帰れる家が無いんですっ!!

 お願いしますっ!!

 性奴隷でも何でもしますっ!!

 だからお願いっ! もう捨てないでっ!!

 お願いですっ!!」


挿絵(By みてみん)


そう叫んで俺に縋り付いてくるフィア。


そのまま涙を浮かべて、

わーっと俺の胸の中で泣き出した。


そんな彼女の切実な思いに

目を大きく広げる俺。


「え?

 親に…売られるって…そういう事なのか…

 え? 親に売られると、家に帰れないのか?

 え? もう、フィアには、帰る家が無いのか?」


そんな当たり前の事を叩きつけられて

目の前がぼやっとする俺。


考えが及ばなかった。


そんな頭の悪い俺を、俺は呪う。


何でそんな事が分からずに、

簡単に家に帰れると思った?


親に売られたということは、

その家のモノではないと

家から追い出されたという事だぞ?


帰る家が無くなったという事だぞ?


何でそんな簡単な事、

分かってやれなかった?


俺は俺に詰問する。


だって、帰る家があるなんて

当たり前の事だったから…


俺がいた、あの世界では、

俺はそれが当たり前の事だったから…


生まれた時から、自分の家があって

そこに住んで、そこに帰るのは、

当たり前の事だったから…


そう俺は俺に言い訳した。


俺は慌てた。


帰る家が無い…

帰る家族が無いという事は

それだけ大変な事なのだと…


フィアに力強く突きつけられて

事の重大さに真っ青になる。


そうか…もうフィアは

俺の所にずっといるしかないのか…


性奴隷だろうが、身の世話人だろうが

俺の嫁だろうが、何をしたって

俺の所に…


こんな、俺自身が帰る家もない

浮浪人だというのに

そんな男の元に…これからずっと…


「もう、君には帰る家が無いのか…」


俺は呆然と、それを反芻して口にした。


「そうです、私、もう家に帰れませんっ」


彼女は俺に抱き着いて、わーっと更に泣く。


「帰る家が無い?

 帰る家が無い?

 フィアには帰る…家が…もう…無い??」


その事実を何度も口にしてみる。


「はいっ!そうです!!

 そうなんです!!

 もう私は、貴方の所しか

 居れる場所がないんですっ!!」


そうやって彼女はギュッと俺を抱きしめる。


俺の脳裏で何かがチカチカし始めた。


「そっか…君はもう、帰る家が無くって…

 俺みたいな、根無し草の所に

 ずっといるしかないのか…

 それは困ったなぁ…

 俺だって…」


と言いかけて、俺の中の脳裏で

更に何かがチカチカし始めた。


(オレダッテ?)


何を言おうとしている?


その言葉を反芻して、俺は俺の中に封じられていた

俺の中の本当の俺が噴出してくるのを感じた。


(カエルイエガナイ?)


その言葉の魔力は、俺の中の封じされた思いを

どんどんと解放していく。


カエルイエガナイ?


…もう、家に帰れない?


その言葉がぐるぐると頭を巡る度に

恐怖が俺の心を支配していった。


俺の頭の中で、強烈に何かがチカチカする。


「いや…だって…

 帰る家が無いって言われたって…

 俺だって…ただの1人で…

 君が帰れる、俺の家なんか無くて…」


目の前が上手く見えてない様な

呆然とした視界になってしまって

フィアがもう帰れない現実に

俺の何処かにある家に来て

そこに住みたい思いを口にした事に

ただ、呆然となる。


いや、そんな事言われたって…

俺にも家が無くって…

だから、こんな宿屋の二階に

ずっと泊まってるわけで…


そうだ…俺にも家が無かったんだな…


そんな客観的な事実を、俺は正視する。


いや、無い事は無いだろう…

俺の家はあるのだから…


「…あれ?」


そう考えた時に、俺の中のチカチカが

封じきれないほどに激しくなった。


いや、家はあるよ…

あそこに…俺の家が…

無い事は無いよ…あるってば…


俺の中の俺が、俺の認識を否定する。


何を言ってる?

ここは異世界だ…

あの家に帰れるワケがないだろう?

どうやってあの家に帰る?


もう一人の俺が、冷たくそう切り捨てる。


いやいや、何をおっしゃるうさぎさん。

俺の家はあるよ…

あったよ…


米の飯が食えて、

普通の水が飲めて

暖かいお風呂に入れて、

ふかふかのベッドで寝れて、

暇ならテレビを見れて、

暑かったらエアコンつけれて…

スマフォで色んな動画を見れて…

俺が好きだったモノを

俺の部屋にいっぱい飾れて……


………


あれ?


あの家には、もう俺は戻れないって?

いや…そんな…え?


ここでずっと頑張ってれば

いつかはきっと…


えっ!?


「え?フィアも家に帰れない…

 そして、俺も、自分の家に…、

 もう帰れないのか??」


彼女の身の上を聞かされて衝撃を受けた反動で、

俺は、俺は意識の中から投げ捨てていた

冷徹な自分への事実を、強制的に見つめさせられた。


「え!?

 親父とお袋が居るあの場所に、もう帰れない?

 あの家に、あの街に、もう帰れない?

 あいつらのいる場所に、もう…帰れない??」


俺は、意識しないようにしていた

あの世界の人々を、

そこで強制的に思い出させられた。


親の顔、なんとなくな友達の顔、

嫌な上司の顔、会社の同僚の顔、

モロモロのあった、あっちの世界の人の顔…


「そうか…もう帰れないんだ…

 そうだよな…

 俺、交通事故で死んだんだモンな…」


「え?ご主人様?」


そこで、目の輝きが無くなって

自分の世界に入ってしまった俺に

泣いてる勢いも止まって、

驚いた表情で見上げるフィア。


だが、俺はそれを感じることも出来ず

彼女を抱きかかえたまま、

自分の世界の中に埋没していくしかなかった。


「…あ、交通事故で死んだんだから

 親父やお袋に連絡しなくっちゃ…

 心配するよな…だから…」


俺は馬鹿な事を呟く。


「…いや、死んでるんだから連絡できないか…

 何言ってるんだ俺は…やっぱり馬鹿だな…」


自分の言葉が滅茶苦茶な事に気づいて

それを自嘲してみた。


「はは…息子が先に死んじゃったか…

 流石に、親も泣くかな…

 泣くだろうな…

 親だもんな…

 ハハハ、出来の悪さに叱られてばっかりだったけど

 親不孝した後は、親子みたいになるのかな…」


可もなく不可も無く、

熱のない親子を続けてきた俺と両親。


それでも、こんな非常事態になれば

ドラマの様な感情を露わにした光景が

俺の葬式にでも見れたのだろうか。


まぁそれがあったとして、

死んでるんなら見れないか。


「まったく、こんな事になるなら

 もっと親や仲間と会話しとけば良かったかな…

 そうすれば、突然の死なんて…

 いや、そうしたら、もっと悲しいか…

 だから、これくらいの案配で…

 案配で…」


そう、小学、中学、高校、大学と

それなりの付き合いで、それなりに親しくなった

いわゆる友達とか…。

それにやっぱり俺の両親。


自分なりに測っていた適切な距離感でいたと思ってたが

死んでみると、もっと親密でも良かったのではないかと

今更、思う。


「俺の部屋、どうなっちゃうのかな…

 いろいろ、人にお見せできないモノ、残してきちゃって

 お袋、俺の持ち物、処理してたら呆れるかな…」


恥ずかしいエロ本や、人形など

本来なら、俺の墓の穴に持っていかなければならない

個人的な機密を、丸まる放置して死んだのを思い出す。


これは流石に心苦しい。


親にあんなモノを見られて、死後処理されて

呆れられるなんて、なんて話だっ!!

穴があったら入りたいほどには恥ずかしい。

墓穴だけに。


いつ死ぬかなんて、誰にも分からないけど

いつ死んでもいい様に、そういうモノは

もっと上手くにしとくべきだったと

死んだ後に後悔する。


いや、何を言ってるのか…

死んではいるが…

今、ここで俺は生きてはいるが?


………


いや、どういう事?


俺は今の俺のあまりの不可思議に混乱する。


そして思いが考えるよりも前に

口から零れる。


「もう、あの俺の部屋にも帰れないのか…

 いっぱい、好きなモノ、置いてたのに…」


そう思って涙が滲んだ。


色々な『俺』らしい、俺が好きだったモノを

いっぱい集めた俺の部屋だった。

まさにあの部屋こそ、『俺』が俺らしい

俺である証明の空間で…

俺の部屋で…俺の家だった…。


思い出せば直ぐにでも、

目の前で手で触れれるような

そんな大事な空間だった…のに…、


だが、もうそれは遠い何処か。


もう、あの空間に、カエレナイ…。


「ご主人様!?」


そんな俺の世界に入っている俺に

フィアは狼狽えているようだった。

それでも俺は俺の世界に埋没した。


「もう、帰れないんだ…

 もう…」


挿絵(By みてみん)


それが寒気として

足の先から俺の頭まで登ってきて

その寒気に震えて、更に恐怖する。


帰れない、という一方通行。


ここは異世界。

自分のいた世界ではないのに

自分のいた世界で俺は死に、今はここにいる。


モウカエレナイ。


その言葉が俺の心の中に広がって

それはただ、恐怖だった。


「うわぁぁぁぁっ!!!」


俺はその恐怖に絶叫した。


「ご主人様っ!?」


フィアは泣いていたのに

自分よりも明らかに様子のおかしい俺に

冷静になって、心配そうな声を上げた様だった。


それでも俺は自分の目の焦点が合わず

ただ、自分の中の恐怖と対峙していた。


「もう、

 あのこってりしたコンビニ飯も食えねぇっ!!

 スマフォで馬鹿な動画も見れねぇっ!!

 あの暖かい風呂にも入れねぇっ!!

 柔らかいベッドで寝れねぇっ!!

 電車で街を移動できねぇっ!!

 車も走ってねぇっ!!

 冷蔵庫もねぇっ!!

 クーラーもねぇっ!!

 扇風機さえねぇっ!!

 電気もねぇっ!!

 こんなっ!!

 こんなっ!!

 水も満足に飲めない世界でっ!!

 ずっと俺はっ!!

 これからずっと、俺はっ!!」


俺は今まで我慢していた

誰に聞かせても、何も分からない

この世界で感じてた、

あの世界の素晴らしさを絶叫した。


生きるだけで、まったく苦労が違う

あの世界とこの世界のギャップ。


全ての便利が凝縮してるかのような、あの世界。

それは失った今だから分かる。


この世界は辛い。

この世界は辛い。


あの世界に慣れてしまってた俺には

この世界の何もなさは、あまりに辛すぎた。


だからそれは絶叫だった。


「米が食いてぇっ!!

 米が食いてぇっ!!

 ご飯が食いてぇよっ!!

 おにぎりでもいいんだっ!!

 米だけでいいっ!!食わしてくれよっ!」


俺は俺の中のちっぽけな爆発

朝起きたとき、乾いたパンを食べて一日が始まる

まったく違う朝食に、全ての違和感を凝縮させた。


そうだ、俺は米だったのだ。


俺には米が必要だったのだ。


俺が日本人である事を、まだ覚えておくためには。


「!?!?!?!?」


そんな意味不明な俺の絶叫に

フィアはずっと目を白黒させていた様だった。


それでも俺は止まれない。


「帰りてぇっ!!

 帰りてぇよっ!!

 あの家にっ!!

 こんな生きるだけで大変な世界じゃねぇ

 あの家に帰してくれよっ!! 俺をっ!!」


俺はそう叫んで泣いた。


「ご主人様も、自分の家に帰れないんですかっ!?」


その言葉達を拾って、ようやくフィアは

俺の輪郭を理解した様だった。


「帰れねぇよっ!!

 帰れないんだよっ!!

 一方通行なんだよっ!!

 もう、俺は、物理的にあの家に

帰る事も出来ないんだよっ!!」


俺もフィアの様に、わぁっと泣いた。

あまりに残酷な現実を自覚して、

この凄惨な現実に、ただ泣きわめくしかなかった。


「ご主人様のご出身の異国は

 そんなに遠い所なんですかっ!?」


フィアは自分の理解の中で、

納得し得る今の俺の現状を、そう考えた様だった。


「ああ、いろいろ違うけど、もうそれでいいよっ!

 もう帰れないんだっ!!

 あの国にも、俺の家にもっ!!

 あああああああっ!!!!

 ああああああああああっ!!!!」


俺は絶叫した。


俺はその時に、俺の心がここに来た時

そんな、すごく前から

こういう風に滅茶苦茶なのだと知る事になった。


俺の心は折れていたのだ。

この世界とあの世界とのギャップで。


だから俺は木の壁を泣きながら叩く。


「帰りてぇっ!!

 帰してくれよ邪神様っ!!

 一方通行なんて、そりゃないよ…

 あああああああっ!!!」


俺はカッコ悪く泣いた。

泣くしかなかった。


家に帰れないというそれだけが

こんなに苦しくて哀しいなんて知らなかった。


だから泣くしかなかった。


「何で俺なんだよっ!?

 何だよ間違いで死んだって!?

 ふざけんなよっ!!

 まだあの世界で生きていたかったんだよっ!!」


俺は何度も木の壁を叩く。


「運命操作がなんだって!?

 分からねぇよっ!!

 神様が、運命失敗すんなよっ!!

 あんなの神様じゃねーだろ!?

 邪神だろ!?

 ふざけんなよ、邪神がよぉっ!!」

 

俺は悔しくて、涙を止めどなく流して

ここに来る事になった、神を称する邪神に

呪詛の言葉を贈った。


もし俺を遠くで見て笑って居るなら

あのスカした男よ!!

俺の前に来て、神の暴虐をもう一度見せてみろ!!


どんなに互いの力量が違おうとも

命が無くなったって、ブン殴ってやる!!


「返せよ!俺の家を!!

 帰してくれよ! 俺の家にっ!!

 帰りたいっ!

 帰りたいんだよっ!! 

 俺の家にっ!!」


俺は、そこでただ、俺の本音を叫んだ。


そう俺は、そうなんだ。


ただ、俺の家に帰りたかったんだ…。


「ご主人様っ!!」


その時、フィアがギュッと俺を胸に抱きしめた。


その抱擁に俺の視界が、ぐっとこの世界に戻ってくる。


「私、ご主人様が何を言ってるか

 よく分かりませんっ!

 でも、分かることはありますっ」


俺の頭を自分の胸の中にギュっと強く抱きしめて

その柔らかさで、

俺のこの世界に繋ぎとめようとする彼女。


「うううっ」


俺はその柔らかさに呻いた。


「ご主人様も、私と同じで

 帰る家が無いんですね?

 私と似た者同士なんですね!?」


彼女はそう尋ねる。


「似た者同士?

 そうなのかな? そうなのかな?」


俺はぼんやりと、

この世界に、帰るだけなら家のある彼女と

異世界で一方通行で、

もう帰る事が不可能な俺の家では

似た者とは言えないのではないか?

と思わないでもなかった。


だが、その家に帰れないという本質は

もっと深いところでは、

同じなんじゃないかとも思えた。


だから、目の前がボンヤリしてた。


「だったら、

 ご主人様は私の帰る家になって下さいっ!!」


その時、彼女は言った。


「えええ??」


俺は彼女のよくわからない提案に

頭がボンヤリしたまま、その言葉を考える。


俺が彼女の帰る家になる?


どういう意味だ?


「私で満足か分かりませんけど、

 代わりに私がご主人様の帰る家になりますから

 だから、お互いの家になりませんか?

 ねぇ!?」


続けて彼女は、そう提案してくる。


「お互いの…家?」


俺はぼんやりとしながら

彼女の言葉を考える。


彼女が俺の家になる?

俺の帰る所に?


俺が彼女の帰る所になって

彼女が俺の帰る所になる?


ドウイウコト?


俺は彼女の言っている意味が

直ぐに分からなかった。


「どういう事?」


ぼんやりとした思考が

そのまま言葉になった。


「私達、家族になりましょうって

 そういう事ですっ!!」


そう言って真っ赤になって

涙目で叫ぶフィア。


カゾクニナル?


何をこの子は言ってるんだろう?


ドウイウコト?


「私に甘えて欲しいって

 そういう事なんですよっ!!」


更に真っ赤になって彼女は

俺を強く抱きしめる。


甘えて欲しい?


アマエテホシイ?


ドウイウコト?


俺は思考すらままならない頭で

欲情という本能だけで、

彼女の言葉を捕らえようとした。


つまり、この子の元で

ずっと甘えればいいってコト?

ずっとこの子に甘えていてイイってコト?


この子が俺の帰る場所?


この子に俺の弱音を吐き出して良いって事?


俺は、もう思考の輪郭も無く

何かに問いかける。


「もう私、家に帰れないんです…

 捨てられたんです…

 だから、もう捨てないで…

 私にずっと甘えて欲しいから

 だから、ご主人様が、私の家になって下さいっ」


「…ステナイデ?」


彼女の悲痛な叫びが俺の胸を打つ。


モウステナイデ。


ステナイデ。


オレヲステナイデ。


絆を…この世界に『在る』という俺を…


「はいっ

 もう私を捨てないでっ!!

 私を貰って下さいっ!!」


彼女は俺を彼女の力の限り抱きしめた。


ステナイデ?


モラッテクダサイ?


ドウイウコト?


俺の好きにしていいって事?

こんな凄い美少女を?


「モラッテイイノ?」


俺は頭の緩い人間の様に彼女に問いかける。


「貴方が私をずっと拾ってくれるなら…」


彼女は怯えた視線でそう言った。

その言葉に俺は爆発する。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


その時、俺は狂乱して彼女をベッドに押し倒した。


「ああああっ!!!」


ベッドで俺に羽交い締めにされたフィアが

目を大きくして驚愕している。


「君が俺の家になってくれるのか!?」


焦点の合わない目でフィアを見つめ

俺は彼女にそう問うた。


「……

 はい…良いですよ、御主人様…

 私を貴方の家にして下さい…」


彼女はこのまま俺の情欲に襲われても

構わないという決意の瞳で、俺にそう返す。


その瞳に、言葉の同意に、俺は興奮した。


家が無いなら作れば良い。

家族を作って、それが最小限の『家』で

だから、帰る場所になるって事。


彼女が俺の帰る場所に

なってくれるって事。


彼女を捨てなければ。


そんな簡単な事、出来るに決まってるだろう?

俺は、この子が欲しいのだから。


こんな可愛い子なら、嫁に欲しいって

一目見たときから、思っていたのだから…。


「君をくれ…

 たのむ…」


俺はそう言って、むき出しの本能のままに

彼女を襲って、彼女と家族契約を結んだのだった。


…………


…しばらくの時間が過ぎた。


俺の精神が落ち着くまで

彼女と激しく交わった後で

そのベッドの上…


「情けない所、見せちゃったなぁ…」


俺は、俺が助けたハズの女の子に

笑ってしまうほど甘えて

ようやくまともな視界を取り戻した。


「へへへ…

 ご主人様に、いっぱい頼られました…」


彼女は裸のまま俺を抱きしめて

なんだか嬉しそうに、はにかむ。


自分の存在意義を見いだしたからか

そこには自信の様なモノも見えた。


「えっと、フィアさん

 その、これからも、そんな”ご主人様”で

 俺を呼ぶの?」


どうも彼女は俺をそう呼ぶのが気に入った様で

これから俺は”ご主人様”になるようだ。


「性奴隷で買われたんですもの…

 たとえ首輪は外れても、貴方のモノでいたいです」


そう言って、今度は彼女が甘えてくる。


その柔らかさと、

どうにも間がゼロになった親密さに、

俺は苦笑した。


「家が無い、似た者同士だから?」


おれは呆然と尋ねる。


「はい」


互いの交わった所が何なのか

唐突に理解したからなのか

彼女は嬉しそうな笑顔を零して

そう頷いた。


「そっか…じゃあ、それでいいか…」


俺はそう言って、僅かに笑った。


「ええ…だから…

 これからも、よろしくお願いします

 ご主人様…」


そんな感じで、

俺は大事なパートナーを唐突に手に入れ、

この子が幸せになるのなら

何だってしてやろうと

この世界に居ることに居直れたのだった。



ここねー、悩ましい所なんだけどねぇ…


フィアが来た当日に、主人公発狂してしまうよりは

数日、彼女と過ごして、生活の立て方が見えて

孤独が和らいで、互いの心が近づいたときに

主人公が、自分にも家が無い事に気付いて

異世界の恐怖を押し殺してたのに気付いて発狂する方が

多分、展開的にはナチュラルだと思うんだけど…

いきなり、女の子の前でビービー泣くのも

ちょっと気心が緩んだ時の方が自然だろうし…

でも、主人公はイイ奴で、親が困ったら子供を売るのが

フツーの

(西洋ではキリスト教の教会のせいで、ワリと抑圧されてたんだけど

 中東、中国、日本なんか、当たり前のようにやってたのが中世なんで)

世界なんかイメージできないんで

「家に帰してあげるよ」

くらい、カッコつけて言うよなぁ…

で、フィアの地雷を踏んで、彼女が家に帰れないって

爆発するのがフツーで、そしたら、主人公がこんなに連鎖爆破するよなぁ

って、流れで思っちゃったんで

これはこれでアリなのかなぁ?と


ちょっと主人公が発狂するのが唐突過ぎるんで

この前の話までに、もの凄い鬱が溜まってるのを

描写するべきなんだろうけど、どこら辺に隙があるのかって

うーん

話の始まりが、ここより未来から始まるんで

本当に来た時の一人の時の過去とか

ここら辺で書くのも不自然だし

長くなるからねぇ…


だから、多少、変でも、ここら辺で強行に展開して

そういう流れで、二人の間には強固な共依存体制があるんだよって

説明するしかないよなぁ…


ともあれ、この話の「軸」みたいな所なんで

まだ不満があるので、そのウチ、もっと推敲します。

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