第六話「大賢者アルファス・ペンドラゴン」
激戦後の疲労からか、予定時間よりも三時間遅れて目を覚ました。
アイズにこの世界のことを聞いてみたのだが、あまり有力な情報は得られなかった。
彼女が転移して目を覚ましたのは、ガルファラ渓谷から十数キロ離れた村だったらしい。
そこには人がおらず、何とか食べられそうなものを確保しながら、ここまで辿り着いたのだとか。
ホーンスピアは空き家から拝借してきたという。
温和な性格かと思ったが、なかなか肝が据わっている。
剣術はどこで覚えたのか聞くと、中学時代に剣道を習い始めたらしく、魔物と初めて対峙した際に自然と体が動いたらしい。
彼女は、
「剣術の腕前は高く見積もっても中の下くらいなんだけど、こっちに来てから別人になったみたい」
と言っていた。
これに関しては数多の創作物にもあるように、融合異世界では元の技能が著しく向上するのだろう。
俺にはそんな取り柄がないから羨ましい限りだ。
村人がいないとなると、元の世界の人間はすでに消失しており、ゲームにいるはずのNPCも存在しないことになる。
にしても、この世界に俺とアイズしかいないのが気がかりだ。何故俺たちだけこの世界に送られたのか。
俺たちは初対面だし、共通点もないはず。
彼女に関しても、この世界に関しても、もっと情報を集める必要がある。
そういえば、なぜ回復魔法が使えたのか聞いてみたところ、強風に驚いて転んだ際、膝から血が出て、「止まれ、止まれ」と言っていたら本当に止まったんだとか。
なんとも馬鹿らしい理由だ。
バカと天才は紙一重だというが、あながち間違っていないのだろう。
馬鹿といってごめんなさい。
と、内心反省する。
俺にも魔法が使えたら、もう少し融合異世界攻略が捗るんだが。
一応ベヒーモス戦ではそれっぽいものは使えたが、あの古代呪文的なアレは使い方を誤ると大惨事に繋がりかねない。もう少し研究してから使うことにしよう。
ゲームと違って現実はそう甘くはない。調べなければならない事が山積みだ。いっそのこと、賢者の助言でも賜りたいよ。
川辺のゴツゴツした石を避けながら歩いていると、とある場所を思い出す。
「急に立ち止まってどうかしたの?」
俺の顔を覗き込むアイズ。
どうして気が付かなかったんだ!
ここは龍種が飛び交うガルファラ渓谷だろ。
なら、あそこがあるじゃねぇか!
あの偉大なる大賢者アルファス・ペンドラゴンの隠れ家が!
ここからそう遠くないはずだ。
不思議そうな顔をするアイズに、Gペンで平石へ文字を書いて説明する。
「そういえば、そんなペン持ってたっけ? どこで拾ったの?」
ど突いたろかこの女!
俺が丹精込めて作り上げたGペンを、どこで拾っただと? このク……。
声が出せたら間違いなく怒鳴り散らかしていただろう。
「でも、なんだかとても綺麗ね」
そうっすか〜。流石お嬢さん、お目が高い。こんな代物、王都でも中々お目にかかれないよ。剣皇国シンソルヴァで買ったら金貨十枚はくだらない一級品だ。
さっきの気持ちは前思撤回しよう。
俺は上機嫌で大賢者アルファス・ペンドラゴンについて説明した。
ヘヴゲにはチートキャラが存在する。
各職業の頂点に君臨し、神にも匹敵する力を持つ者。単独であらゆる戦況をひっくり返す、まさに最強キャラクターだ。
そんな彼らのことを――
"七大君臨者"と呼ぶ。
人によっては十人だとか十二人だとか抜かす奴もいるが大間違いだ。それは後述する点にある。
ヘヴゲをやっていて面白いポイントが、七大君臨者の一人をパーティに加えることができる点だ。
誰を選ぶかによって、その後の進行難易度が変わってくる。
全七イベントあるから俗に七大君臨者と呼ばれている。
また、自分がプレイするキャラクターとの相性もあるから決めるのは本当に難しい。
しかも突如発生する加入イベントでパーティ加入を見送れば、そのキャラは二度と仲間に出来ない。
最強猛者共のチキンレースといえば……分かりにくいか。
そして、彼も君臨者の一人だ。
――大賢者アルファス・ペンドラゴン。
ありとあらゆる魔法・魔術・呪文に精通している魔術師。また、魔法生物や大陸への豊富な知識から、大賢者とも呼ばれる。
コイツの凄いところは、全ての聖式魔術を習得していて、強大な魔法を無詠唱で乱発できること。しかもMPはほぼ無限。
つまり、最強魔法を無限に放てるのだ。
敵からしたらたまったもんじゃない。
おいおい、ぶっ壊れ性能じゃねぇかと思うかもしれないが、もちろん欠点もある。
性格に多少……いや、だいぶ難があり、毎日アレが欲しいコレが欲しいと我儘な要求をしてくる。
この要求にしっかり応えなければ、戦闘中なかなか魔法を撃ってくれない、我儘構ってちゃんなのだ。
説明よりもゲーム愛を披露する俺の後ろで、彼女は静かに呟いた。
「ヘヴゲ……」
――ここまではいい?
「えっ、あぁ、うん」
まったく。理解しているのかしていないのか。
ヘヴゲはとても奥深いゲームだ。そう簡単にこのゲームの素晴らしさが理解できるとは思えないが、それでも頭に入れておいてもらわないと困る。
この世界を生き抜くために。
そういえば昔、彼を迎え入れるかどうかについて、アイツとぶつかり合ったことがある。
慎重派な俺に対して、アイツは意外と即決できるタイプだった。
◇
「絶対仲間にした方がいいよ! 特にノクターンは単騎特攻するタイプでしょ? 後方から敵を一網打尽にしたり、バフやデバフを付与してくれるなんて、すごく心強いじゃないか」
「んまぁそうなんだけど、それじゃあ俺のノクターンが霞むというか。他力で強くなってもなぁ。それってノクターンのためなのかって思うじゃん? それにこの爺さん、すげぇ我儘なんだよ! 何だよ、スカイシャークの卵をパンに乗っけて食べたいって。バカじゃねえの」
俺は面倒見の良いアイツに「それも楽しみの一つじゃないか」と、割と大人な意見で一蹴されたのを今でも覚えている。
悩んでいる俺の横で、アイツは目も合わせずに呟いたんだっけな。
「まっ、ノクターンの隣にはいつも僕がいるから、魔術師の心配は御無用なんだけどね」と。
そう言って笑ったアイツの顔は、どこか安堵に満ちていた。
その後もアイズはたくさんの質問をしてきた。
その度に足を止め、石に文字を書いて説明する。
ふと、森の中に立ち上る煙を指差す。
「あれがアルファスの隠れ家なの?」
俺は真剣な表情で頷いた。
もちろん確証はない。ゲーム内では、ここがまさに大賢者アルファス・ペンドラゴンの隠れ家だったというだけだ。
煙突のあるレンガ造りの建物は、ゲーム内のそれとほとんど変わらない。
……なのに、妙に綺麗すぎる。
まるで、つい最近建てられたばかりの新築住宅のようだ。
庭も同様だった。
手入れは完璧で、野菜や果物が不自然なほど豊かに実っている。
こんなに綺麗だったっけ?
違和感を覚えたのは俺だけじゃなかった。
「魔法使いのおじさんの家にしては、やたらとキラキラしてるわね。お庭まであるし。もっとこう、陰湿でどんよりしたTHE魔法使いの家を想像してたんだけど」
流石は俺の講義を受けた生徒だ。ちゃんと説明しなくとも、奴の性格をイメージ出来ている。
二人してアルファスの隠れ家にいちゃもんをつけていると、ひとりでに扉が軋みを立てて開いた。
まるで、俺たちが来るのを待っていたかのように。
恐る恐る家の中へ入る。
家の中は木製の家具が並んでおり、これまた綺麗に整頓されていた。埃一つないほどに。
カチャッ――。
台所から物音が聞こえてくる。
「随分と待たせおって」
女の声?
アルファスは独り身のはず。
台所にいる謎の人影に警戒して、咄嗟にグアルケラスを構える。
アイズも同様に剣を握っていた。
「面白いものを持っているな。ちゃんと“大切に”持っておくのじゃぞ」
そう言って奥から現れたのは、妖艶な雰囲気をまとった女性だった。
淡い翠色と真っ白な長い髪。
髪色に合わせたようなサラサラとしたドレス。
胸元はやけに強調されており、アイズよりも二サイズ上って感じだ。
というか、これ部屋着だろこれ?
あられもない姿をした女性に、興奮の鐘が鳴り止まない。
後ろを振り返り、思わず鼻を押さえる。
ヘヴンズゲートとは、あの扉だったんですか?
「この人がアルファス・ペンドラゴン? 聞いてた情報と違うけど、女装癖でもあるの?」
ド直球な豪速ストレートを打ち込むアイズちゃん。
癇に障ったのか、女の眉間にシワが寄る。
いや、彼にそんな癖はない。
ヘヴゲは超硬派な本格RPGだ。萌えゲーやギャルゲーとは訳が違う。そりゃ多少はそういった要素もあるが、極めて少ない。
そんなハレンチな奴、大地の神エクストラ・ライフ・フラワーカーテンくらいだ。
目の前の女に見惚れていたが、この禍々しい魔力。
立っているのがやっとだ。
二人して剣を握る手が汗ばんでいく。
「そう殺気立つな。別に食ってかかろうってわけじゃない……今はな。それより茶でも飲まぬか? ノックス・ファルシュ。それとも、こう呼んだ方が良いかな? かつてノクターン・ザ・ライトニングであった者よ」
この女、なぜ俺の名前を知っている!?




