第四話「冒険者たちに光あれ」
何故だか、廃校舎裏でのアイツとの会話を思い出した。
「目眩し呪文? そんなの必要ないって。大体俺のノクターンは敵に有無を言わさず攻撃する超火力アタッカーだぜ?」
「でもさ、死んじゃったらリスポーン地点まで戻されるの嫌じゃない?」
「そん時はまた考えればいいんだよ」
アイツの助言はいつも正しかった。
閃光の輝き<シャイニング・フレア>――攻撃力はなく、視力を持つ魔物を一定時間混乱状態にする魔法。
当時の俺は、そんなザコ魔法は不必要だと思っていた。
事実、俺はヘヴゲで一度もこの魔法を使ったことがない。
それはいつも俺の隣で、アイツが守ってくれていたからに他ならない。
◇
呪文の印を結び終えると、目の前に光の球体が現れ、閃光が一帯を包み込んだ。
ベヒーモス・グアルは猛進の勢いを緩め、その場で足を止めた。
よし、成功だ。
古代呪文ではないものの、手話での魔術詠唱が成立したのだ。
今なら逃げられる。千載一遇のチャンスとばかりに印を解こうとした時だった。
一瞬、何者かがこちらを視ているような感覚が走る。
同時に、両掌に違和感を覚えた。
あれ、解けない……。
まるで金縛りに遭ったかのように、手と手が離れない。
どうなってんだ。
さらに手のひらの中がじんわりと熱くなっていく。
それはみるみるうちに温度を上げていった。
熱ちぃ、どうして……。
制御不能のまま、両手の内側が閃光を帯びる。
その直後、突如として超威力の熱線がベヒーモス目掛けて放たれる。
うぉぉおおおお焼けるぅぅうううう!!
熱線が止み、前方を見ると――ベヒーモスの巨大な右翼にぽっかりと穴が空いていた。
飛び立つのも困難なほどの大穴だ。
さらに、その穿たれた右翼の向こう。
後方に連なる山脈の地形までもが抉り取られており、放たれた一撃の凄まじい破壊力を雄弁に物語っていた。
目を疑った。
何だよこれ……こんな魔法、見たことも聞いたこともねぇぞ。
俺だけでなく、アイズも口を開けたままだった。
ようやく自分のやったことを理解した時には、ベヒーモス・グアルは遥か遠くまで走り去っていた。
あっ、右の角忘れてるよー……ベヒーモスって案外逃げ足は速いのな。
状況の整理が追いつかないが、何はともあれ命拾いした。
後ろを向いた途端、アイズがボロボロの笑顔で抱きついてきた。
「もう馬鹿っ、大っ嫌い……」
俺、何か嫌われることしたかな?
この作戦を事前に知らせてなかったから?
でも出来る保証なんてなかったし、伝える暇もなかった。
彼女の思考を考えてみたものの、やはり俺の分析能力は衰えているようだった。
恐るべし融合異世界。
「でも、助けてくれてありがとう。ちゃんと貸しは返してもらったからね」
そう言って彼女は、俺の頬に優しくキスをした。
初めてのそれはシャイニング・フレアよりも眩しく、一瞬で俺の思考を停止させた。
そして、ちょっぴりと青春ってやつのやり方を理解したような気がした。
「あっ、でもビルの屋上で助けた時の貸しはまた別の話だからね!」
そう言って俺をあたふたさせた彼女は、どこか嬉しげだった。
◇
すっかり日も暮れ、俺たちは野宿できそうな場所を探して川辺に沿って歩いていた。
何をするにも水分は大切だから、川辺を歩くのは正しい選択だと思う。
ふと空を見上げると、翠色に輝く宝石のような物体が浮かんでいた。
ここからでも分かるほど巨大で、硝子のように光を透かしながら、きらきらと幻想的な輝きを放っている。
球体の周囲には、それを取り囲むように黄金色の輪が二つ。
そして内部には、砂時計のように砂状の何かが流れていた。
だが妙なのは、その流れだ。
砂時計とは逆に、下から上へと昇っているのだ。
あんな物体、ゲーム世界にはなかったぞ。
ありとあらゆる文献を読んできた俺だが、それらしき情報はなかったはず。
謎の物体を指さし、ジェスチャーでアイズに尋ねる。
「凄い綺麗だよね。あのお星様を見ていると何だか安心するんだ。いつも私たちを見守ってくれてるようでさ。ノックスもそう思わない?」
確かに、心が安らぐような気がしなくもない。
ま、融合異世界だ。何があったっておかしくはないさ。
俺はあの星の放つ光を浴びながら、そっと頷いた。
ついでに彼女にこの世界についてどれくらい知っているのか聞こうとしたのだが、例の自己紹介石を落下の際に落としてしまったことに気づく。
あれがないと何かと不便なため、新しい自己紹介石を作ることにした。
ちょうど、ついさっき手に入れたばかりの戦利品がある。
よし、コイツを使ってみることにしよう!
アイズが持っていたマッチで枯れ木に火をつけ、暖を取る。
彼女は「真夜中の森で焚き火なんかして大丈夫?」と不安げな様子だったが、心配には及ばない。
なんたって俺には、先ほど大勝利を収めた際に手に入れた“ベヒーモス・グアルの右角”がある。
奴はこのエリアの中ボスに当たる存在。この渓谷の番人といってもいいだろう。
低級の魔物やレッドワイバーン程度では、近づくことすらできまい。
――それにしては、終始、茂みの中から鋭い視線を感じるが……。
大丈夫、だよな?




