第三十五話「拒絶」
ダボンは悪意に満ちた表情でアイズを見下ろしていた。
「ダァァアアアボォォォォン!! お前ぇぇぇぇぇ!!」
銃を地面に放り捨てると、鼻で笑う。
「ゴミの扱う武器にしては悪くない」
「やはり君だったか、ダボン・アレクシス」
「気づくのが遅かったな、大地の神」
グレガリオンがダボンへ鋭い爪を伸ばす。
だが、奴の隣にいた偽の大地の神の高位魔術によって彼の攻撃は弾かれてしまう。
「おっと、そろそろ時間だ。俺はお前らゴミと違って暇じゃなくてな。また会おう、ゴミ共。まっ生きていたらの話だが」
そう言うと、ダボンたちは黒き空間の中へ消えていった。
「クソォォォォオオオオォォォォオオオオ!!」
恐らく俺の叫びは、憎悪に塗れた醜悪なものだっただろう。
呆然と立ち尽くす赤井やエクストラをよそに、ラパンが小さな鳴き声を上げ、彼女の傷口を舐める。
しかし、胸に空いた穴は傷と呼ぶにはあまりにも壮絶で、既に回復魔術でどうにかなる域を超えていた。
「エクストラ! お前の力でアイズを治せないのか!」
「無理だ。彼女の心臓はもう存在していない。つまり彼女は既に……」
「んなもん、やってみねぇとわかんねぇだろ!! 戻ってこいアイズ! こんな所で死ぬんじゃねぇ! アイズ……アイ……」
彼女の身体から流れ出した大量の血を掬い、胸へ流し込む。
だが、その甲斐もなく血は地面へと流れ出ていった。
大量の涙が彼女の身体へこぼれ落ちる。
「死ぬな……死ぬんじゃねぇ……頼むよ……お願いだ……神様……彼女を救ってくれよ……」
声は震え、視界が霞んでいった。
「ノックス、彼女は既に死んでいるよ……」
誰かが何かを言っている。
俺はその言葉の意味を理解することを拒んだ。
「死んじゃいない……死んじゃいない……死んじゃいない……死んじゃいない……死んじゃいない……死んじゃいない……彼女は死んじゃいない……死んじゃいない……死んじゃいない……死んじゃいない……」
彼女のすぐ隣へ力なく身を横たえる。そこから伝わってきたのは、人肌とは異なる無機質な温もりだった。
次第に半身が彼女の血で赤く染まっていく。
初めて人の死ぬところを見た。
一瞬の出来事だった。
あたまが真っ白になっていく。
意識が、めのまえで起きている現実を拒絶している。
この世にかみなんていない。
「あ……あ……アいず……」
こころが
タマシイが
ぬけおちていく。
いますぐおまえをむかえにいくからな……。
彼女を抱き締めたが、ピクリとも動かなかった。
どうして彼女が命を落とさなければならないんだ。死ぬのは俺の方だろ。アイズが何をしたっていうんだ。
神は何故彼女を救ってくれない。その力があれば人一人の命救えるはずだろう。
どうして俺は彼女を救えなかったのか。
(……ノックス……)
俺の左手の小指がぴくりと動いた。
いつものように俺の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がした。
(……ノックス……生きて)
死んでもなお、アイズは優しい。
俺は身体を起こし、彼女の顔を見つめた。
とても安らかで、天使のように美しい表情だった。
やがて彼女の声は聞こえなくなる。
君の魂は、俺を置いていくのか。
「声がしたんだ。彼女の声が、はっきりと聞こえた……」
皆が廃人のようになった俺から目を逸らし、ただただ立ち尽くしていた。
「アイズはまだ死んじゃいない……」
俺は徐に左義手を彼女の胸へ突っ込んだ。
「君は一体何を……」
ようやく口を開いたのはエクストラだった。
「尸式魔術で死者を生き返らせられるなら、俺にも出来るはずだ」
「駄目だ! そんなことをしても彼女の魂は浮かばれないよ!」
「かもな。でも俺にはこれしかない。お前は言ったよな。『自分と大切な人、どちらかしか守れないならどちらを優先するか』って。あの答えは今でも変わらない。だから俺は、俺の方法で彼女を救う!」
「ノックス君……」
頼む、フュンディーニ。
奇跡でも何でもいい。
俺に力を貸してくれ!
彼女の胸部へ左義手を差し込み、肘から先を引きちぎる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁああああ!!」
神経接続された身体に激痛が走る。
こんな痛み何だ!
アイズの苦しみに比べたらどうってことないだろ!
左腕から引き離されたパラサイト・スライムが、彼女の胸部で動き始める。
赤井が何かを思い出したかの様に声を張り上げる。
「ノックス、お前まさか!!」
「パラサイト・スライムは宿主が危機に瀕した時、蓄えた魔力を放出し、依代を強化蘇生させる」
俺はラパンと共に魔力を注ぎ続けた。
赤井も駆け寄り、魔力を注ぐ。
頼む、戻ってきてくれアイズ。
俺たちは必死になけなしの魔力を注いだ。
トクッ。
ドグンッ。
ドクンッ!!
微かに心臓が脈打つ。
この音は――アイズの鼓動。
戻って来い!! アイズ!!!
奇跡とは偶然の積み重ねによって起きるものだ。
意図して起こせる者などいない。
事実、俺も狙ってやったわけじゃない。
無意識に、考えなしに。
ただ彼女を想う気持ちが導いた結果、
アイズは目を覚ました。
「私……眠っていたの?」
俺は涙をボロボロと流しながら彼女へ抱きついた。
彼女は俺の失われた左腕と、自身の胸を見て全てを察したのだろう。
静かに口を開く。
「ありがとう、ノックス。貸してた分を返してもらうにしても、あまりにも大きすぎるよ……」
そう言って、彼女は美しい雫をこぼした。
◇
そこから先はあまり覚えていない。
後で赤井から聞いた話によると、俺とアイズの治療はエクストラが手伝ってくれたらしい。
彼女の心臓は寄生魔物による代替器官であり、今後どうなるのかは大地の神であるエクストラにも分からないという。
次に魔力切れを起こした際、再び強化蘇生が発動するのかも不明。一度死んだ者を強化蘇生させる行為そのものが、生物の理から大きく逸脱しているらしい。
しかしエクストラは円環を司る大地の神だ。
彼女は神の力によって、擬似心臓へ少量の『無限の生命』の加護を分け与えてくれたという。
そのおかげで、無理をしない限り魔力は半永久的に湧き続けるらしい。……最初からそうしてくれとも思ったが、こればかりは仕方がない。
そして、俺の左腕も彼女の力によって元通りになっていた。
握る、開くといった動作に支障はない。
以前と何ら変わらぬ左腕だった。
だが――俺の“口”は戻らなかった。
そもそも手に口が生えていること自体、本来なら異常な状態だ。
どうやら俺の喉も、回復魔術では治せなかったらしい。
エクストラ・ライフ・フラワーカーテンの聖域は、ヘヴリア大陸全土を包み込んでいる。その加護は、あらゆる生命へ平等に与えられている。
フュンディーニのように“声”を授けることはできないらしい。
成り果てたコロシアムからオアシスを眺めるエクストラ。
俺はその隣に並び、夕陽を見つめていた。
すると彼女は俺の手を握った。
ロマンチックな展開なんて今は要らないからな。
俺にはアイズという最愛の存在がいるんだから。
「大丈夫。そういうつもりじゃないよ」
えっ、なんか大地の神と意識が繋がっている?
「あぁ。この瞬間だけね」
どうしてだ。
「さあね。僕も彼女みたいに君と繋がってみたかったのかもしれない」
俺は心の中に残っていたしこりを彼女へ打ち明けた。ガルファラ渓谷で起きたこと、その全てを。
「なるほどね」
俺を怒らないのか?
フュンディーニを死に至らしめた張本人だぞ。
「怒りか。そんな感情、僕にも残っているといいな」
彼女はどこまでも冷静だった。
「師匠はいつも口酸っぱく言っていたよ。神は死なん……」
……死なないから神なのだ、か。
フュンディーニの口癖、懐かしい。
「その言葉は、彼女の信念のようなものなんだ。確かに神は不死にも等しい。剣聖や武闘家よりも力は強く、また魔術師や賢者よりも魔術の扱いは優れている。君らの思考では完全に理解するのは難しいかもしれないけれど、神という存在は"この世に実在する架空の存在"と言い表せるんだ。万物の理想が具現化した存在と、言えばわかりやすいかな。僕たち神々は確かに今ここに存在している。しかし同時に過去や未来、空想世界や並行世界に存在しているんだ。万物が縋るべき存在、それが僕たちということだね。だから彼女の言うように、僕たちは決して死んではならない。フュンディーニの言葉は、そんな気高き信念を貫く為の、自分への戒めに近かったんじゃないかな」
戒め……。
お前は悲しくないのか?
「どうだろうね。こう言うと、非情だと思うかもしれないけれど、神は一人前になると、互いに干渉することが出来なくなるんだ。それは時の流れと共に、より一層強くなっていく。今では師である彼女に一切の感情が湧かないのも事実なんだ。もちろん当時の記憶が無くなったわけじゃない。それでも僕の心はこの砂漠の様に枯れ果てつつある。儚いものだよね。だから僕はこの地が好きなんじゃないかな。見つかるはずのないオアシスを追いかけてるのかもしれないね」
彼女はどこか寂しげな表情を浮かべ、その瞳には果てしない砂漠が映っていた。
お前らに感情が無いだと?
そんなの俺は信じねぇ!
「でも、それが真実さ……」
真実だからって正しいとは限らねぇだろうが!
彼女は少し驚いた顔をした。
俺が神層世界で初めて神域に触れた時、フュンディーニは笑っていた。
あれが偽りだとでも言うのかよ!
「それは……」
もしお前の言うことが真実だっていうなら、この世界の理も神の存在も全部俺がひっくり返してやる!
そして、お前やフュンディーニが心の底から笑い合える世界に変えてやる!!
エクストラ・ライフ・フラワーカーテンは瞳を潤ませ、優しく微笑んだ。
「ノックス……君は本当に面白い人だ。君の行く末を、信念を、僕は見守らせてもらうよ」
ああ。
目に焼き付けておけ。
俺の軌跡を!
刹那。
『ドガァァァァンッッ!!』
突如、瓦礫が崩れ落ちる。
「まだ俺は死んじゃいねぇぞ……。死すらも俺を拒絶する。決して俺は殺せねぇ……特にオマエら弱者共にはなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
その場の全員が凍りついた。
何故なら――
ウーズ・ウォーズが復活したのだから。




