第三十四話「深淵を穿つ刃」
「んだよアレぇぇええ! あいつがグレガリオンだってのか!?」
アイズの懸命な回復魔術によって目を覚ました赤井が、状況を飲み込めず絶叫した。
「それにアンタ、誰?」
赤井は大地の神を見て、怯えた様子だった。
「ノックス君、レッドジャスティスとアイズちゃんを借りてもいいかな?」
アイズはエクストラの声を聞き、その人物が誰なのかすぐに理解する。
「ララちゃん、何でここに?」
「詳しい話は後でね。それよりもオアシスの住民の避難を手伝って欲しいんだ。砂漠地帯まで出れば、ひとまずは大丈夫だろうからね」
アイズと赤井は固く頷く。
「任せておけ!」
「わかったよ!」
「頼んだぞ二人とも。俺はグレガリオンをサポートする」
そう言うと、三人はコロシアムを後にした。
二階席を見ると、ダボンが嫌らしい笑みを浮かべながら俺たちを見下ろしていた。
まるで、自分の思い描いた通りに事が進んでいるかのように。
偽の大地の神と何やら話しているようだが、ここからでは聞き取れない。
そして二人もまた、その場を後にした。
ウーズが放つ灼熱の衝撃波は、徐々にその頻度を増していく。
最早、グレガリオンのあらゆる攻撃を受ける度に衝撃波を放っていた。
その被害はコロシアムどころか、周辺市街地にまで及んでいる。
グレガリオンもまた、野生の大狼グレイファングを思わせる俊敏さで駆け抜け、ウーズへ強烈な打撃を叩き込んでいた。
「目で追うのがやっとだ」
そして時折、大きく口を開き、エネルギー弾を放つ。
ウーズに直撃したそれは肉体を貫通し、大爆音と共に天を裂いた。
今の俺に出来ることは何だ。
サポートしようにも付け入る隙がない。
気が付けばコロシアムは跡形もなく消し飛び、何もない更地と化していた。
俺は怪物同士の激戦を、茫然と眺めることしか出来なかった。
その時だった。
ヒューーン――ドガンッ!!
グレガリオンが空から急降下し、地面へ叩きつけられる。
「どうしたよぉ? グレガリオン。その程度じゃねぇだろぉ?」
グレガリオンは即座に体勢を立て直し、高密度の熱線を放つ。
しかしウーズは片手でそれを受け止めると、そのまま口へ放り込んだ。
「何だと!? エネルギーを喰らっただと!!」
ウーズはニヤリと笑う。
「お前らの作戦など俺の前では無力。せいぜいエネルギー切れを狙っていたんだろ? 生憎、俺は暴喰の君臨者。あらゆる物質からエネルギーを摂取出来る」
そう言うと、さらに強烈な衝撃波を放った。それはオアシス全土を震わせるほどの破壊力を秘めていた。
「クソ……そもそもの算段が間違ってたってのかよ」
そんな中でもグレガリオンは手を休めることなく、ウーズへ立ち向かっていく。
不甲斐なさを痛感する。
俺に唯一出来ることは、ゲーム知識を活かして敵を攻略すること。
だが、ウーズは原作には登場しない。
一体どうすればいいんだ。
こんな時――
大賢者アルファス・ペンドラゴンなら何を考える?
剣聖オルフェウス・アレリオンならどんな一太刀を浴びせる?
風の神フュンディーニなら奴を止められるのか?
そんな英雄たちへの思考が頭を埋め尽くす。
――待てよ。
大賢者。
剣聖。
そして風の神。
そして、この場にはグレガリオンがいる。
オルフェウスとアルファスは、剣皇国に侵攻する獣王を二人だけで食い止めた。
剣と魔法の力で――。
俺は両手を見つめた。
彼らに出来たなら、俺にも出来るかもしれない。
いや、かもしれないじゃない。
やるんだ。
フュンディーニに教わった力を信じて。
爆風と衝撃波が荒れ狂う中、俺は目を閉じ、魔力を高めた。
「不完全な状態での神域魔術は最大効力を得られないよ」
エクストラが語りかける。
「住民の避難は?」
「二人の手伝いもあって無事に済んだよ。それより、今君が神域魔術を放てば、君の魔素回路は千切れてしまうよ」
「でも、これしかねぇんだ!!」
「君は僕と最初に会った時の会話を覚えてるかい?」
最初に会った時の会話……。
そんなものに何の意味があるってんだ。
アイズが静かに呟く。
「他を受容し、万物を受け入れる……」
「そうだ。君に必要なのは"進化"だ。進化とは変化を受け入れること。そして大切な仲間を想い、負の感情を手放すことでもある」
「フュンディーニの言葉。お前の師って……」
エクストラの瞳からは彼女と同じ信念を感じる。
「あぁ、僕の師は成長を司り、暴嵐を愛する風の神フュンディーニその人さ」
アイズの顔は驚きに満ちていた。
「ララちゃんの師匠ってフュンディーニさんなの!?」
赤井は理解していない様子だった。
「ふゅんでぃーに?」
「つまり、僕にとって君は弟弟子ってわけさ」
「早く言えよバカ!!」
エクストラ・ライフ・フラワーカーテンの戦闘センスも洞察力も、彼女譲りだったってわけか。
「僕はずっと兄弟子としてアドバイスしてきたっていうのに、君は全然聞く耳を持たないんだもん」
相変わらず言葉足らずなところも、彼女譲りってわけだ。
「それで、その言葉がどうしたって言うんだ?」
エクストラは真剣な表情で俺たちに語る。
「僕とは違って、君には仲間がいる。辛かったり苦しかったりしたら、彼らを頼ればいいんだよ」
「それって……」
アイズはもとより、赤井も照れくさそうに鼻を掻いていた。
「ノックス、私はいつだって貴方の味方だよ」
「お、俺だってダチの助けには駆けつけるさ。さっきは悪かったな、無茶しちまってよ」
「アイズ……赤井……」
「君たちの魔力を一つに集めるんだ。そして魔力を束ね、神域魔術を放つ。一筋の魔術よりも、幾層にも束ねられた魔術の方が、より優れた効果をもたらすからね」
「私の魔力、ノックスに託すよ」
「俺の……いや、俺たちの魂もお前に預ける! 絶対に奴をぶっ倒せよ!」
「ああ!!」
お前たちの想い、決して無駄にはしない。
俺は再び目を閉じ、魔力を練った。
肩に添えられた仲間たちの想いが、心の内側へと沁み渡っていくのを感じる。
他者を受け入れることが、こんなにも温かいなんて。
俺は今まで間違っていた。
心を閉ざし、全てを、世界を突き放してきた。それがどれだけ愚かなことだったのか、今なら痛いほどわかる。
やれる。
今なら、頂点に君臨してきた者たちをも超える魔術を放てる!
俺は胸の前で印を結んだ。
エクストラがグレガリオンに視線を送る。
それを汲み取った彼は戦場から離脱した。
「魂は円環を巡り、無限の大地に還る。
風は天を裂く刃となり、悪雲を断ち斬る。
二天に分かれた空は、光と闇を生み出す。
風と大地の名の下に、我に双天月下を与えよ。
我は深淵を穿つ嵐刃なり」
魔力を溜め込んだ風の刀身は、みるみるうちに大きく伸びていった。
「馬鹿の一つ覚えだな。そんなもの、俺が食らうとでも思ったか!!」
「いいや、俺ひとりではお前には敵わない」
背後に無数の魔法陣が現れ、幾層にも束ねられた巨大かつ高密度の剣が次々と顕現する。
その数、百以上――
「そんなもので俺様を斬れると思うなよ!!」
魔法陣から放たれた刃がウーズへ向かって飛ぶ。
その全てが彼の体に突き刺さった。
「馬鹿共が……俺はエネルギーを吸収ス……ル体質……」
彼の体内へ取り込まれた魔力の刃が身体中を駆け巡り、魔素回路を断ち切ってゆく。
「俺たちの想いを喰らうがいい! ウーズ・ウォーズ!!」
上空へ飛び立ち、超大の剣を振るう。
「貴様、何者だ!」
「俺はただのゲーマーさ。原作厨のな」
「クソォォォォオオオオ! ノックス・ファルシュゥゥ!!」
体に深く刻み込まれた斬撃。
ウーズはなす術もなく、大爆音と共に地面へ落下した。
「全く、兄弟子を超える弟弟子がどこにいるんだよっ」
振り向くと、皆が俺を見ていた。
その表情は、最愛の友を讃えてくれているようだった。
俺は成し遂げることができた。
俺だけの力じゃない。
みんなの想いがあったからこそ成し得たんだ。
俺はみんなの元へ駆け寄った。
感謝を伝えるために。
――刹那。
『パァンッ――』
突如鳴り響く銃声。
赤井の使っていたリボルバーから、一発の弾丸が放たれた。
銃口の先にいたのは――ダボン・アレクシスだった。
「ノックス……私……」
アイズの左胸に大きな風穴が開き、大量の鮮血が地面を染めた。
「アイズーーーー!!!!」




