第三十三話「隠された力」
「お前は下がっていろ」
ざけんな、仲間がやられてんだ。
黙って言うこと聞けるわけねぇだろ。
無意識に拳を強く握りしめていた。
「我は奴について詳しく知らないが、恐らく奴は何か隠している」
圧倒的な力だけでなく、何か秘策があるとでも言うのか。
「拳を交えてそれが確信に変わった。奴は魔力を使っていない。そしてそれは零式の類でもない」
魔力を使っていないだと。
そんなことあり得るのか。
純粋なフィジカルであの強さだとでも。
それでいて、グレガリオンと対等に渡り合っている。
そんな能力、ゲームでも聞いたことがねぇぞ。
グレガリオンは小声で俺に語りかけた。
「お前は奴の力を探れ。敵の分析も立派な戦術の一つだからな」
そう言うと、グレガリオンはウーズに向かっていった。
相変わらず二人の君臨者は激しい戦闘を繰り広げていた。
そのほとんどが物理での攻防。
魔術を使っている形跡はない。
残り時間は二十二分。
確かにここから見ていても、奴は余裕そうに笑いながらグレガリオンと拳を交えている。
戦いを楽しんでいるようにも見えるが、楽しさとは違う何かを感じる。
恐らくウーズは何かを待っている。
奴の性格を鑑みても、このまま試合を終えるはずがない。
一体、何を待っているというのだ。
異変に気がついたのは残り時間二十分を切った時だった。
そういえばウーズの体型が若干変わっている。
十分前は肥満体型だったはずだが、今の奴は脂肪が減っており、筋肉が増しているようにも見える。
それに一打一打の攻撃が重く速くなっている。
以前もこのような事があった。
本戦開始前に俺たちの前に立ちはだかった時、奴は身体から蒸気を噴き上げていた。そしてみるみる内に筋肉が増強していった。
また、三十分というあまりにも短い制限時間。
確かに試合を間延びさせないための時間制限でもある。
しかし、この試合から適用されたのも不自然過ぎる。
あれほどの戦闘狂なら持てる力をフルに使ってくるはず。
これらの事実によって導き出された答えは、ウーズ・ウォーズは魔力を使っていないんじゃない。
魔力が扱えないんだ!
つまり、“魔素回路異常”の体質持ちということ。
魔素回路異常――
通常、魔素は体内で生成され魔力へと変換される。しかし、魔素回路に異常をきたすと通常の魔力生成が困難となり、何らかの特異な体質を得るという。
『ハンガス半島での魔素異常に関する報告書』より。
ウーズの場合は恐らくカロリーの消費量が異常なほど高く、それにより時間経過と共に筋肉が増強されるのだろう。
その結果、あれほど異常なパワーを生む。
今の奴の筋肉変換量からして十分後にはピークを迎える。
その暴力は相乗的に飛躍し、今の二十倍、もしくは三十倍の力を得ることになる。
いくらグレガリオンとて、そんな攻撃を受け止めるのは困難だ。
なんとしても、あと十分以内にウーズを倒さなければ、取り返しのつかないことになる。
解決策は一つ。
風剣を形作り、二人の元へ駆ける。
「死に損ないが、自ら死地に飛び込んで来たか!」
ウーズはグレガリオンと戦いながらも、俺に視線を向ける。
俺は風剣を握りしめ、ウーズに斬りかかった。
「無駄無駄無駄ムダァァアアア!」
風剣の切っ先はウーズの心臓を捉えることはできなかった。
しかし――
狙いはソコじゃない!
左手に魔力を集め、新たな風剣を生み出す。
「んだと」
暴双風剣!!
二つの風剣を乱舞させ、ウーズの体に烈風の如き風の刃を刻み込む。
バシュンッブゥゥンーー
シュキンッキンッッーー
奴が“完全体”となる前にカロリーを全て消費させ、エネルギー切れまで追い込む!!
オラオラオラオラオラオラオラオラ!
一振りごとに息が上がる。
だが止まれない。
剣を振るうたび、凝縮された暴風がウーズの体を切り裂く。
まだまだまだまだぁぁぁ!!
ここで動きを止めれば間違いなく殺される。
オラオラオラオラオラオラオラ!!
風の斬撃がウーズの体を貫通していく。
その度に奴の体の脂肪は筋肉へと変わる。
「無駄だと言うことがわからんのか!!」
ムダじゃねぇ、俺たちの想いは決して無駄にはならねぇんだ!
お前の信念はわからねぇが、
俺たちにも雑魚なりの信念があんだよ!!!
暴双風剣<双嵐>!!
ズバッッッズババババンン!!
十字に構えられた双剣の斬撃がウーズの胸部に刻み込まれる。
暴嵐の如き斬撃はウーズを後退りさせた。
ハァハァ……はぁはぁ……。
やったか……?
奴の体から蒸気が立ち上り、見た目のほぼ全てが凄まじい筋肉の塊と化していた。
「クックック……楽しませてくれるじゃねぇか」
ウーズはまるで別人のような風格を見せる。
「お前のおかげでようやく腹が減って来た。ここからは“暴喰ノ時間”だぜ」
ウーズが黄色い目を見開くと、辺り一帯に衝撃波が放たれる。
グレガリオンが俺とアイズの前に立ち、その衝撃波を受け止めた。
しかし、ウーズの放った衝撃は凄まじく、グレガリオンの体表を一瞬で焼き焦がす。
グレガリオン!!
「案ずるな。これしきの衝撃波、取るに足りん」
クソ……。
奴へのダメージの蓄積が中途半端すぎた。
もっと削らなければ意味がない。
ウーズの肉体へのダメージを蓄積させることで、カロリー消費の限界値を超えさせる作戦だった。
だが、こうなってしまっては意味がない。
「お前の策は悪くない。現に奴はエネルギーを凝縮したバケモノと化した。あの状態では、体を維持するだけでも相当な負荷がかかっているはずだ」
確かにグレガリオンの言う通りだ。
しかし、ああなっては最早手の付けようがない。
「やあグレガー。あの肉の塊はなんだい?」
そこに現れたのは大地の神エクストラ・ライフ・フラワーカーテンだった。
俺はジェスチャーで彼女に文句をぶつける。
「なんだい? ……って、あそっか。僕が君の"声"を取り上げたんだっけね。ほら、ちゃんと返すよ」
そう言うと、エクストラは指をパチンと鳴らした。
「お前のせいでこっちは散々な目にあったんだぞ!!」
「ごめんごめん。僕にも僕の事情があったんだ。それより、アレはなんだい?」
グレガリオンが口を開く。
「ララ様、アレはウーズ・ウォーズです。奴は魔力を身体エネルギーに変換する体質の持ち主で、今なおその肉体は進化を続けています」
エクストラは顎に手を当て、考え込んだ。
「なるほど。魔素回路異常体質か。参ったね。これじゃあ僕の白影も通用しなさそうだ」
零式魔術は聖式、尸式魔術を無力に出来るが、純粋な肉体攻撃には効かない。
「何か方法はないのか!?」
「貴様、口を慎め……」
「いや、いいんだよグレガー。ノックス君、方法はあるよ」
その間もウーズの肉体は成長し続けた。奴の体から発せられる蒸気はさらに勢いを増し、衝撃波となって会場全体を焼き払ってゆく。
風圧の防壁とグレガリオンの肉体で防いではいるが、破られるのも時間の問題だった。
「ウーズ君の肉体に許容量を超える魔力をぶつけ、全身の魔素回路を切断するんだ」
「そんなこと出来るなら早くやれよ!」
「僕には無理だ。僕の加護はヘヴリア大陸全土を覆っている。故に、その力を魔術に転用するのはとても大きな代償を伴うんだ」
そうだった。
大地の神の加護――生命の循環
それはヘヴリア大陸に住まう全生物の治癒力や魔素回復力を支える力だ。
故に、それを途切れさせることは不可能と言っていい。
仮にその力を全て攻撃へ転じさせれば、数千万もの生命が失われることになる。
「畜生……どうすれば……」
「我が引き受けよう」
グレガリオンの顔は決意に満ちていた。
「お前……」
エクストラは真剣な表情で問いかける。
「君はそれでいいのかい?」
「はい。我はこの時のために、貴方から多くを学んできたのだと思います」
グレガリオンは続けた。
「貴方と出会い、強者とは何かを学び、同時に、弱者の強さも知ることができた。強者は弱者の上に立つ。これが我なりの、貴方への恩返しです」
「あの約束を忘れたわけではないだろうね?」
なんだ。
二人は何を話してるってんだ。
「ええ。もちろんです」
「君の覚悟、しかと受け取るよ」
「ありがとうございます。ノックス、以前の光の球体を上空へ放てるか?」
光の球体……閃光の輝きのことか。
「出来るが、あれはただの目眩ましだぞ」
「それで充分だ。バケモノはバケモノしか倒せんからな」
「よくわからねぇけど、任せとけ!」
「心強いな。そうだ、この戦いが終わったら、聞かせてくれるか? 我の知らない自身の過去について」
「ああ。たんまりと教えてやるさ。お前の悪行非行をな」
そう言うと、グレガリオンはウーズと対峙した。
『グレェぇガァぁリオぉぉオオン!! コロシアイだゼェェエエ!!』
「ノックス、今だやれ!!」
もう、なるようになれ!!
「聖なる光よ、我が道を指し示せ――閃光の輝き」
俺の手のひらから放たれた光の球体は天へと昇り、眩い輝きを放つ。
同時に、グレガリオンの鼓動に異変が起こる。
ドクンッッドクンッ――
ドクンッッ――
ドクンッッ――
ドクンッ……
ドクン……
その身体は灰黒い体毛に覆われてゆき、全身が獣の相へと変貌していく。
骨格は先ほどよりも太く、筋骨隆々の肉体へと変化する。
「グルルル………ワォォォオオオオオオン!!」
静かな怒りを孕んだ喉を鳴らし、その雄叫びはまるで野生の狼王が天へ吠えるかのように会場へ響き渡った。
「バケ……モノ……」
「ああ。アレがグレガーの真の姿だ」




