第三十一話「身分の差」
俺は二階のVIP席へと潜り込んでいた。
奴らの――大地の神とグレガリオンの企みを探るために。
なんともまぁ、このフロアだけやたらに豪華というか、貧富の格差えぐっ……。
薄々気づいてはいたがこの世界にも貧富の格差は存在する。というか、格差が存在しない世界なんてない。
力による格差。
金による格差。
血筋による格差。
挙げればキリがない。
集団で生活を共にする生物にとってこれは常識であり、宿命でもある。
俺の家は俗に言う中流家庭だった。
小さい頃から塾や習い事などを色々とやらされた。
もちろんどれも上手くこなせなかったのだが。
もし上手く立ち回れていたなら今頃こんな世界に送り込まれていないと思う。
別に、いや、むしろ有難感謝しかないくらいだけどな。
もし俺の人生を上手くこなせていたなら、それなりの学校を卒業して、進学でもしていたのかな。
そんでもって、それなりの会社に勤めて、それなりの嫁さんを見つけ、それなりに死ぬ。
世間的に言えば“それなり”はむしろ幸せな方だろう。
だが、果たして“それなりの幸せ”は本当の幸せと呼べるのだろうか。
幸せが希釈された世界でそれを実感するのは難儀なことだと思う。
ましてやこんなにも便利な世の中になったのだ。
ありがたみって奴のありがたさなんかに気づけるやつの方が稀だ。
要するに中流家庭で育った俺が文明の利器やそれら全てを根こそぎ奪われて、ようやくそのありがたみって奴の存在を認識できるようになる。
それでも認識できるようになるだけだ。
その後は……自分次第なのだから。
そんな豪華な内装に見惚れていると薄らとダボンとウーズの会話が聞こえてくる。
ヤベッ何か隠れるとこないか……。
とりあえずトイレの中で息を潜める。
「ダボン、俺は腹が減ったぞ」
「料理人に飯を作らせている。もう少し待て」
「何だ、用意がいいじゃねぇかダボン!」
「気安く俺の名を呼ぶな! このデカブツ」
ジョロージャバジャバジャバジャバーー
チョロチョロチョロ〜〜
オエぇ、いい歳こいて連れションかよ。
こんな悪党どもの小便音なんか聞きたかねぇーっての。
異世界音姫でも導入しろっつんだよ。
しばらくすると、小さい方の音は止まった。
「それよりだウーズ。例の件は忘れていないだろうな?」
例の件ってのは何だ?
ダボンの奴、更なる悪事を考えてるってのか?
「もちろんだ! 俺は飯が食えればそれでいい」
「馬鹿ヤロ……」
ドガンッッッーー
いきなりの出来事に思わず口を両手で押さえる。
「馬鹿はお前だぜ。俺は契約の下、お前の言うことを聞いている。しかし忘れるなよ。それ以上でも以下でもないってことをな」
「あ……はい……」
気がつくと大きい方の音も止まっていた。
「だが俺は約束は守るぞ。この命に代えてもな。ガッハッハ!」
「お、おい待て! まだ話は終わってないぞ!」
そう言って二人はトイレから出て行った。
何だったんだあいつら。
ウーズの奴もダボンの護衛をしているのか?
最近の君臨者は就職先が見つかりづらいってのか。出なければ君臨者ともあろう奴が護衛なんて仕事普通しないだろ。
さてと、一刻も早くグレガリオンと偽の大地の神の居場所を探さなくては。
トイレの入り口から左右を見回す。
よし、ダボン達は行ったみたいだ。
「全く、危なかったぜ……」
「何がそんなに危なかったと言うのだ?」
後ろ――トイレの個室側を向くと、そこにはグレガリオンが立っていた。
「お前何してんだよ!!!!」
「何って、用を足したら手を洗うに決まってるだろ」
いや、そうだけども!
「何でウーズと言い、お前と言い、変なタイミングで現れんだよ!!」
「生理現象というのは本能によって管理されている故、自分でもどうすることも出来んからな」
「マジメか!!」
奴は手を洗いながら、鏡越しに俺へ語りかけてきた。
「ここにいると言うことは、お前も奴らの会話を盗み聞きしていたんだな?」
「あ、あぁ」
盗み聞きというか、咄嗟に個室に隠れたというか、
まぁ盗み聞きだな。
「お前はアイツらの企みをどう思う?」
よく言うぜ。
「自分らだって何か企んでるくせに人のこと言えた立場か?」
グレガリオンはしばしの間を空け、答えた。
「何だ、気づいていたのか」
「俺を侮るなよ」
「流石はあの方が認めるだけの実力はあるようだな」
やはりエクストラと繋がっていたか。
「しかし、どうしてお前は偽の大地の神の護衛なんかしている?」
「確かに我はあの方の護衛だ」
白状しやがったか、
「では我の方からも聞くが、何故お前は“偽”だと思っている?」
「そんなもん当たり前じゃないか。俺が戦ったのが本物で、VIP席でお前が護衛していたのが偽物ってことだ。ガキでもわかるぜ」
奴は口元を僅かに歪め、答える。
「物事を平面的に捉えるのが得意なんだな、人族というのは」
「んだと?」
「もっと柔軟に考えることだ。我らよりもその脳みそが発達しているのならな」
明らかな挑発――だが同時に、何かを悟らせようとする意図すら感じられる。
まるでララ・フーディー……いや、エクストラ本人のように。
だが、その挑発が俺を苛立たせたことに変わりはない。
「随分と偉くなったじゃねぇか!? 散々人を殺しておいて、能書き垂れる立場か? 俺は知ってんだぞ。お前が過去にどんな罪を犯したのか。どんな悪行を重ねてきたかなぁあ?」
グレガリオンは紛れもない悪党。それは事実だ。
それに闇の神とも繋がっている。
無駄なんだよ。
いくら口では良い子ちゃんぶっても、
いくら忠犬のように尻尾をフリフリしても、
いくら鋭い爪を隠したとしても、
俺は神すらも超える立場で、この世界の理を知っているのだからな。
「その通りだ……」
やっと認めたか。
「我は過去に多くの過ちを犯してきた。この手に浴びた血の量は計り知れない。我はどうしようもない野獣だった。だが、彼女と出会って変わったのだ」
罪人の戯言に過ぎない。
「彼女は言った、『人は変われる』とな」
刑務所に収監された人間は、そう言うよな。
当たり前が没収された末に辿り着く境地。
だがそれは、自発的に生まれた改心ではない。
強制的に矯正された偽りの改心だ。
「もちろんそんな言葉、戯言だと思ったさ。我はいつものように、目の前で偉そうにするその女を殺そうとした。だが、全くと言っていいほど歯が立たなかった。力だけが全てだと思っていた我は、初めて非凡なる強者と出会い、自身が凡人だと思い知らされたのだ。強者は強くなければならない。強くあり続けなければ、我は通せない」
奴の表情は、悔しさと後悔で埋め尽くされているように感じた。
「完膚無きまでに打ちのめされた。こんな自分では、仲間達を……獣人族なんて守ることは出来ないとな」
ウーズが言っていた“信念”をふと思い出した。
それがコイツの信念なのか。
「知っているか? 獣人族はその見た目や凶暴さから恐れられる存在だ。しかし同時に、蔑まれる存在でもある。我らは遥か昔から他種族に迫害され、追いやられてきた。獣人族の居場所などどこにも無いのだ」
獣人族の居場所……。
「だから我は誓った。最強の戦士となって、我らの安息の地を作り上げる、とな」
「待てよ。お前はオークスから半獣と呼ばれていただろ?」
「あぁ。我は人族にも獣人族にもなれない半端な存在。故にどちらからも蔑まれ、罵られてきた。しかしそんな我でなければ出来ないことだってあると気付かされたのだ」
「橋渡し、か……」
グレガリオンにそんな過去があったなんて。
「彼女――エクストラ・ライフ・フラワーカーテンは見放さなかった。むしろ我が長年縋ってきた“力”で理解させてくれたのだ。こんなどうしようもない我にな……」
勿論、今の話を全て信用したわけではない。だが、奴の言葉から偽りが感じられなかったのもまた確かだ。
「お前の過去はわかった。それで、大地の神の目的とは何なんだ?」
グレガリオンは僅かに躊躇した。
「それは言えない。知りたければ直接あの方に聞くことだ」
ちっ。忠犬とは思っていたが、ここまで飼い慣らされてるとはな。
やはりエクストラに聞くしかないのか。
「我もお前に確認したいことがある。お前からは我と似たものを感じる節がある。お前の師は何者だ?」
そんなこと、コイツに言う義理はない。
だが、罪人とて全てを曝け出したことに敬意を込めて俺は話すことにした。
「俺の師は……あぐっ……ぐぁ……」
突如、口のある左義手に違和感が生まれ、やがてその口は完全に閉ざした。
ララ・フーディー、大地の神の仕業か……。




