第三十話「第二試合 ノックス・ファルシュVSララ・フーディー」
第一試合が終わってすぐのことだった。
試合場は未だ第一試合の爪痕が色濃く残っており、地面は崩れ、誰のものかもわからない血や死体の肉片が散乱していた。
冷静に眺めてはいるが、やっぱり異常なことに変わりはない。
何故なら"元"国立競技場に、人の血や肉片が普通に転がっているのだから。
元とは言ったものの、その見た目は俺が知る国立競技場そのものだから何とも言い難い。
そんな異質で異常で異様な光景だが不思議とそれを受け入れてる自分もいる。
長らくヘヴンズゲートをプレイして来たからこういった風景を見慣れているのか?
まぁそれもあると思うが、人間の生存本能や適応能力がそうさせているのだと思う。
自らの命を繋ぐために、なす術がないのなら業に従うことで自身を危険な目から遠ざける。
まっこの大会に出場している時点で正反対とも言えるが、ともかくこの融合異世界を受け入れ、理に溶け込んでいってるといった感じだ。
今の若い子らは俺以上にゲームやSNSのような場所で、過激な描写に触れているだろう。
果たしてその子らがこの場にいたらどう感じるのだろうか。
俺はふと、アイズの横顔を視界の中に入れる。
君はこの現状をどう受け止めているのかな。
「どうしたのノックス? 私の顔に何かついてる?」
「いや、別に……」
彼女ならきっと、大丈夫だ。
いざとなった時は、この命に変えても彼女を守り抜く。
俺は左手を見て、そう誓った。
整備もままならない中、次の出場者がアナウンスされた。
「第二試合の対戦カードを発表致します。ノックス・ファルシュVSララ・フーディー!!」
ついに俺の出番か。
「ノックス、頑張ってねっ」
「あぁ」
ピリリとした緊張が全身を駆け巡る。
だが不思議と心臓は高鳴っていなかった。
恐怖以上に俺はこの左腕を治さないといけないのだから。そう思うと恐怖や不安といった感情は落ち着きをみせた。
対戦相手は、俺の真後ろにいる仮面の人物――ララ・フーディー。
戦闘能力はまったくの未知数。予選でもほとんど魔力を使用していない。素顔もわからない。
戦闘ではこういう相手が一番やりづらい。
いくら金メダルを取るスポーツ選手だって、相手の能力値の分析は必ずする。
ましてや命の掛け合いなら分析、スパイ、心理戦といった行為は当たり前のこと。
だから皆、観戦という名の偵察をしているのだ。
つまり試合はすでに始まっているということ。
「お手柔らかにねっ」
そう言うと、奴は上機嫌な様子で階段を降りていった。
◇
「両者、準備はよろしいでしょうか。それでは第二試合、開めッッ!!」
俺は烈風を放つため、右手を伸ばした。
俺がノクターンだった頃は、先手必勝と言わんばかりに黒剣を片手に敵の喉元へ斬りかかっていた。
攻撃は最大の防御と言うし、どうせ剣を振るうなら早いに越したことはない。そう考えていたからだ。
それに、所詮はゲーム。命がかかっていないのなら、どうにだってなる。
しかし今の状況は、当時とは違う。
真剣勝負――命の削り合いだ。
一瞬の判断ミスが命取りになる。
だからまずは距離を取り、軽い攻撃で、敵の能力を探ることにした。
「烈……」
「君は、自分と大切な人――片方しか守れないとしたら、どちらを優先する?」
それは度肝を抜くほど唐突な問いかけだった。
奴とは一度、市街地で会話したことがある。
核心を突くような言葉選びに加え、神がかった推察力でこちらの反応を探ってくる。
きっと心理戦に持ち込み、隙を突いて攻めてくる作戦なのだろう。
その手には乗らん。
まんまと作戦に乗ったと思わせて、逆に隙を突いてやる。
「もちろん俺だ! この世で一番大切なのは自分だけだからな! 他の奴なんてどうでもいい」
本心かどうかはさておき、相手の意図とは真逆の返答をし、主導権を渡さない。
「烈風!」
シュンシュンシュンシュンシュンッッ
風の刃が弧を描きながら走る。
「実に興味深い。まさに非情の権化だね」
ララはごく僅かな動作でそれをいとも簡単に躱わした。
「バカ言え。情があるから自己を尊重できるんだろうが! 自分が死んじまったら誰も救えねぇ」
「うーんなるほど。そういう考えもあるか」
奴が考え込んだ隙に、右手へ極小の魔力を込め、素早く二連の風の刃を放つ。
「おっと、危ない危ない」
ちっ、これも躱されたか。なら――
「お前ならどうするってんだ」
「考えたことも無かったよ」
「なら今考えろ」
「そうだね……」
そう言ってララは顎に手を当て顔を上に向けた。表情は見えないが、思考を巡らせているのだろう。
今度こそ。
両手に魔力を込め、烈風を即座に放つ。
奴は考え事をしながら空中で身体を捻り、二つの刃を躱わす。
「僕はそんな状況になる前に敵を倒しちゃうかな」
これもダメか。
「それでもって、自分も彼女も助けるよ」
俺とララ・フーディーは対峙した。
「傲慢だな」
「非情よりはマシさ」
ララ・フーディーは、俺の攻撃も心理戦もするりと躱し続けている。
どうにかして奴の力を引き出しつつ、ペースを乱す方法はないのか。
だったら答えは一つ。
俺の最も得意とする戦法を使うまでだ。
風を振動させ、不可視の剣を作り出し、奴の元へ踏み込む。
「おや、魔術師にしては珍しい戦闘方法だ」
剣術なら多少の心得はある。散々ゲームで扱ってきたからな。
それに、この五日間、何もしなかったわけではない。
ひたすらに剣をイメージし、ようやく作り出すことができた。
その名も――風剣〈エアリアル・カリバー〉。
その切っ先から放たれる斬撃は、烈風の上位互換。触れた瞬間、あらゆる物質を断裂させる。
それが不可視の刃から放たれれば、躱すのも難儀だろう。
また、剣の特訓も怠らなかった。
小枝から始め、模擬刀、真剣、そして風剣へとステップアップしていった。
何百回、何千回と剣を振るい、身体に馴染ませた。
今の俺の太刀筋は、剣聖のそれに近い。
受けてみろ――俺の本気を!!
「ウォォォオオオオオ!!」
シュゥゥゥンッッッ
スパァァンッッ!
ララの背後にあった石柱が両断される。
「なるほど。かなりの稽古を積んだんだね。だけど……」
来るッッ!!
ララ・フーディーは地面を蹴り、俺へ向かって加速した。
速いッ!
「ちょっと魔力が大雑把かな」
そう言って、手刀の構えのまま右手を突き出す。
俺はスレスレで手刀を避けた。
ズバッッッシュッッッ!!!
振り返ると、背後にあった石柱が大破していた。
バカな……手刀ごときで柱を破壊しただと。
奴はほとんど魔力を込めていなかった。それに、触れてすらいない。
「なんか血が騒いできちゃったよ。ちょっとだけ遊んじゃおうかな」
奴の両手に、赤色の薄い魔力膜が張り巡らされる。
同時に体勢を低くし、凄まじい速さで踏み出した。
両手から繰り出される手刀を、風剣でいなす。
カンッ、キンッ、キンキンッ、カカカンッ――。
まるで鉄と鉄がぶつかり合うような音を立て、生身の手と風の剣が激突する。
「それ、誰から教わったんだい? 君の師かい? それとも君のオリジナルかい?」
「答える義理はねぇ」
「強情だなぁ」
奴の手のオーラが緑色へ変化したかと思うと、手刀が俺の腹部へ突き刺さる。
「うぐふっ……」
強烈な痛みが襲いかかる。
「安心しなよ。殺傷性は無い。痛むとは思うけどね」
殺傷性は無いだと?
こちとら風圧を何重にも織り込んで防いだんだぞ。並の武闘家なら拳が粉砕するくらいにはな。
だが奴の手は無傷。風剣による傷すら付いていない。
こんなんじゃ埒が明かねぇ。
一気に決めるしかない。
俺は風剣を手放し、胸の前で印を結ぶ。
「良いのかい? そんな優れたモノを捨てて」
奴も俺の仕草の意味がわかっていないようだった。
ファイネから、不完全詠唱は代償を伴うと言われた。
だが、そんなもの気にしていられるか。
心の中で呪文を唱え、印を結ぶ。
「我は風に導かれし者。
風は空を裂き、無をもたらす。
風は成長を遂げ、壮大なる旋風を起こす。
四風烈華の如き、その力を我に与えよ」
大気がうねりを上げ始める。
俺の身体を起点に、巨大な竜巻が現れ、瞬く間に暴風が会場を包み込む。
「おっと、これはまずいね」
これで御託は終わりだ。
右手を前に突き出すと、俺たちを取り囲んでいた暴風が手のひらへ収束される。
今にも暴発しそうなほどのエネルギーが、右手の先へ集まっていく。
「空虚なる旋風」
幾層にも編み込まれた暴風が、ララ・フーディー目掛けて放出される。
刹那――。
奴は今までにない超速で駆けたかと思うと、左手を俺の右手へ重ね合わせた。
「それは悪手だったよ」
暴風は二つの手の中へ収まり、嵐は静寂へと変わる。
「バカな!?」
俺が今扱える最強魔術だぞ!!
それもフュンディーニ直伝の!
一体何が起こったっていうんだ!
この感覚、あの時と同じだ。
この近くの緑林でグレガリオンがそうしたように、こいつも俺の魔術を無力化した。
風に飛ばされた奴の仮面が、空中から地面へ落ちる。
「ふぅ、危なかった」
そう言って、奴は仮面に手をかける。
「危うく君、死ぬとこだったよ」
嘘だろ……。
奴の顔を見て、その正体に驚きを隠せなかった。
「お前は……」
「何だ、バレちゃったか」
ララ・フーディーは仮面を拾いながら口を開いた。
「僕は全ての事象を受容する。聖なる術も、尸なる術もね。それらは循環し、やがて無に帰る。零式魔術『白影』――本当は使うつもりじゃなかったんだけどね。まさか君が神の領域にいたとは意外だったよ」
零式魔術――
二つ+一つの術式からなる現代魔術、その後者に当たる未解明の術式。
それは魔術とは別系統の力だとされている。
しかし俺は知っている。それは聖式魔術と尸式魔術を中和した術式であり、あらゆる魔術を無力化し、さらにすり抜ける性質を持つ。
もちろん、聖式魔術と尸式魔術を完璧に習得した者のみが扱える、限りなく難解な術式。
奴とグレガリオンが使用した術は、まさに零式魔術そのものだった。
「お前の正体は、エクストラ・ライフ……」
ララは俺の言葉を遮り、手を挙げる。
「僕は棄権するよ」
「おい、どういう……」
「さっきの魔術を受けて、ほら、この通り左手が痺れちゃってさ。それじゃ、そういうことで」
「ちょっ、待て! まだ決着が……」
去り際、奴は俺の耳元で囁いた。
「僕のことは、みんなには内緒だからね。それと――“君の口”は封じさせてもらうよ」
「それじゃあバイバーイ」
そう言うと、奴は試合場を後にした。
ララ・フーディーの顔、能力、言動。
どれを取っても、間違いなく大地の神エクストラ・ライフ・フラワーカーテンだ。
それは間違いない。
だが、なぜ大会に出場している?
最初に市街地で会った時、彼女はフードの男と会話していた。
あの男の正体はグレガリオン。
そしてグレガリオンは、彼女を“ララ様”と呼んでいた。
つまり二人は主従関係にある。
グレガリオンは、大地の神の護衛をしているのは間違いないだろう。
また、二人とも零式魔術を使用していた点から見ても、何らかの特別な繋がりがあるのも事実だ。
二階のVIP席を見る。
ダボン、ウーズ、グレガリオン――そして、その横には大地の神が座っていた。
俺の考察が正しいのなら、大会側にいるのは偽の大地の神。
エクストラはその事を知っていて、グレガリオンもあえて、偽者を護衛しているということになる。
何故だ。
一体、この大会で何が起きているっていうんだ。
俺は確かめなければならない。
このヘヴゲの世界を正すために。
「だ、第二試合、ララ・フーディー選手の棄権により、勝者ノックス・ファルシュ!!」
歓声が場内に響き渡る。
だが、勝利とは到底呼べない手応えと、奴の正体を目の当たりにした俺は、戸惑いを隠せずにいた。




