第二十九話「第一試合 レッドジャスティスVSクワイラス・ヘルショップ」
俺たちは五日間の特訓を終え、コロシアムに集まっていた。
「これよりヘヴリンピック本戦を行います!!」
『ウォォォオオオオオ!!』
司会役が登壇し、開会宣言と同時に、地面が揺らぐほどの歓声が響き渡る。
ついに、この日が来た。
何が何でも優勝し、大地の神の加護を手に入れる。
「本戦へ進出した出場者の皆様には、トーナメント形式による“殺し合い”を行っていただきます。どちらかの戦闘不能、あるいは死亡が確認された時点で試合終了。なお、制限時間は無制限とします。そして――」
「いいから早く始めろよ。ノロマが」
二階席で豪華な料理を下品な作法で貪っていたダボンが、苛立たしげに怒鳴った。
ったく、少しくらい黙って待てっつうの。
「し、失礼致しました! それでは早速、本戦第一試合を開始します!」
誰が誰と戦うのかは事前に知らされておらず、試合直前に発表される形式らしい。
これが、めちゃくちゃ心臓に悪い。
自分の番がいつ来るかわからないせいで、気持ちを落ち着かせる暇がないのだ。
「第一試合――クワイラス・ヘルショップVSレッドジャスティス!!」
周囲から様々な歓声が飛ぶ。
「やっちまえー!」
「ぶっ殺せぇぇぇ!!」
不謹慎極まりないが、この世界の連中にとっては、これこそが最高の娯楽なのだろう。
そう思うと、なんとも複雑な気分になる。
「それでは――試合開始!!」
司会の掛け声と共に、ヘヴリンピック本戦の幕が上がった。
赤井とクワイラス・ヘルショップが対峙する。
赤井は、いつになく真剣な表情で相手を睨みつけていた。
一方のヘルショップは、頭に生えた角を撫でながら退屈そうに欠伸をしている。
あの見た目――間違いなく魔族だ。
獣人にも角持ちはいるが、あの禍々しく曲がった角と、人間めいた気品を漂わせる立ち振る舞いは、どこか不吉だった。
だが、それ以上に気になるものがある。
ヘルショップの背後に置かれた、巨大な黒い箱。
いや、あれは棺桶か?
しかも三つもある。
「おい! 何だよアレ! 自分だけ卑怯だろ! 審判、反則じゃねぇのか!?」
赤井が司会に猛抗議する。
お前も火縄銃やリボルバー持ち込んでるだろ、と仲間ながら心の中でツッコんでしまった。
「いいえ。ルール違反ではありません」
すると、ヘルショップが静かに口を開いた。
「俺の初戦の相手が人族とはな。随分と舐められたものだ」
「んだとコラァ!!」
「人族というのは、どいつもこいつも口先だけは立派なものだ。所詮は我々魔族の劣等種族に過ぎん」
露骨な挑発。
赤井は今にもブチ切れそうな顔で懐に手を伸ばした。
「誰が劣等種だコラァァァアアア!!」
怒声と共に、リボルバーを相手へ向ける。
「先手必勝ォ! 根性全開リボルバー六連射撃ぃぃぃいいいい!!」
バンバンバンバンバンバンッッッ!!
六発の銃弾が、全てヘルショップへ命中する。
紫色の血を噴き出しながら、ヘルショップは地面へ倒れ込んだ。
「赤井さん凄い!」
あれをまともに食らえば、いくら魔族でも致命傷は避けられないだろう。
観客の大半は、赤井の高速射撃を目で追うことすらできていなかった。
一見、怒り任せに乱射したように見えたが、実際は違う。
両膝関節、心臓、頭部、腹部、陰部――全て正確に撃ち抜いている。
やはり赤井の銃の腕前は本物だ。
赤井はゆっくりと倒れた相手へ近づいていく。
「魔族も大したことねぇじゃねぇか、バーーカ!」
――刹那。
ヘルショップの左小指が、ピクリと動いた。
「赤井! 罠だ!!」
「なにぃ!?」
ズゴッ、ボガッ。
ズゴッ、ボガッ。
地面を突き破り、腐敗した腕が無数に現れる。
「ククククククッ……実に愉快だ。相手の分析もせずに突っ込んでくるとは、そしてお前の言動はとても、不愉快だよ」
地中から這い出てきたのは、十体の動く死体だった。
頭部のないもの。
右腕を失ったもの。
左脚が千切れたもの。
どれも腐臭を撒き散らす異形ばかりだ。
「我に仕える死者たちよ。愚者を喰い殺せ! 死者たちの宴」
『ゥォオオオ……ヴゥゥゥウ……』
「ヒェェェェェェェェ!! 助けてぇぇぇぇ!!」
赤井は情けない悲鳴を上げながら、会場を逃げ回る。
時折、背後へ向けて発砲するが、先ほどのような精密さはない。
恐らく、ヘルショップが扱うのは尸式魔術。
死者を従属させるネクロマンサーだ。
最悪の相性だな。
赤井は狙撃手。
遠距離から敵を撃ち抜くことや、手数で圧倒するのは得意だ。
だが、死者には銃弾が効かない。
しかも弾数には限りがある。
無駄撃ちは、そのまま自分の首を絞めることになる。
「赤井さん、大丈夫でしょうか……」
「かなりまずい状況だ」
長期戦になればなるほど、赤井が不利になる。
その間にもヘルショップは死体を増やし続けていた。
あっという間に試合場は死体で埋め尽くされ、会場中に腐敗臭が漂い始める。
赤井が歯を食いしばった。
「クソッ……もうコイツの出番か」
背負っていた火縄銃を地面へ突き立て、革ジャケットを脱ぎ捨てる。
その身体には、弾丸を収納したベルトが肩から斜めに二本掛けられていた。
さらに腰へ手を回し、折り畳み式のグレネードランチャーを掴む。
「喰らえ、聖炎弾!!」
ドギュゥゥゥンッ!!
ボガァァァァン!!
ドギュゥゥゥンッ!!
ボガァァァァン!!
ドギュゥゥゥンッ!!
ボガァァァァン!!
爆炎が光を放ちながら会場を包み込む。
聖炎弾を受けた死体たちは、肉片となって爆散していった。
「チッ……人族如きが。まぁいい、そろそろ遊びは終わりだ」
ヘルショップは黒い棺桶へ手をかけ、巻き付いていた鎖を引き千切った。
「死魂転生」
棺桶の蓋が開き、地を這う煙の中から現れたのは――。
ウーズに殺されたはずの、ゾラ・ワグナー、バーモンド・ミシェル、そしてベシェル・トーチだった。
「うげっ……マジかよ」
赤井が困惑するのも無理もない。
他の死体と違い、三人はほとんど生者と変わらぬ姿をしていたのだから。
その時、背後から声がした。
「ん〜、あれは禁忌だね」
振り向くと、仮面の人物――ララ・フーディーが立っていた。
「いつの間に?」
「最初からいたさ」
まぁ、それはそうか。
本戦出場者なら対戦相手候補の偵察くらい当然する。
観客席には他の参加者たちも集まっており、真剣な目で試合を見ていた。
見当たらないのは、プア・ファイネくらいか。
「禁忌って?」
俺が尋ねると、ララは肩をすくめた。
「尸式魔術で死体を操るだけでも十分タチが悪い。でも、アレはその中でも最悪級だよ」
「どういう意味だ?」
「君、死体を蘇らせたことある?」
「あるわけねぇだろ!!」
善良な一般市民は死体と無縁なんだよ!
お前らの基準で話すな!
「蘇生魔術で重要なのは“鮮度”なんだ。死後間もない死体ほど、命令への反応がいい。僕の見立てだと、あの三人……死んでから数時間も経ってない」
「それって……」
アイズが顔を歪める。
「あぁ。クワイラス・ヘルショップが試合直前に殺したってことさ」
背筋が凍る。
ゾラたちはウーズに殺されたと思っていた。
だが実際には、まだ辛うじて生きていたのだ。
ヘルショップはそれを回収し、棺桶へ閉じ込め、試合直前に殺害した。
全て、自分の傀儡にするために。
腹の底が煮えくり返る。
そこまでして勝ちたいのかよ……。
赤井の聖炎弾は、蘇った三人には通用しなかった。
ゾラ・ワグナーが風魔術を、
バーモンド・ミシェルが水魔術を、
ベシェル・トーチが火魔術を放ち、赤井を追い詰める。
「死体は新鮮なほど良く働く。生きてる奴らと違って従順でなァ!! 最高だぜ!!」
ヘルショップが狂ったように笑う。
「すぐにお前も仲間入りさせてやるよォォォォォ!!」
三人が一斉に赤井へ迫った。
「赤井!! 避けろ!!」
だが、赤井は動かない。
「諦めたか。所詮は劣等種――」
ヘルショップが嘲笑を浮かべる。
アイズは目を閉じていた。
クソッ……死ぬんじゃねぇぞ……!
「赤井ぃぃぃぃいいいい!!!!」
その瞬間。
赤井が三人の心臓へ向け、弾丸を撃ち込んだ。
「無駄だと言っているだろうが」
ヘルショップの言う通り、本来なら死体に弾丸は効かない。
だが――。
三人の動きはピタリと止まった。
「なっ……!?」
呻き声を漏らしながら、その場で硬直する。
「お前ら! 何をしている! 殺せ! 命令だ!!」
赤井は俯いたまま、静かに答えた。
「もう、ソイツらはお前の言うことを聞かねぇよ」
「ど、どういうことだ!?」
ヘルショップの顔から余裕が消える。
何が起きた……?
「ふふっ。やっぱり面白いね、あの人」
「わかったのか?」
「死体たちの心臓を見てみなよ」
ララに言われ、俺は三人の胸元を凝視する。
すると、心臓部分で朱色のスライムのようなものが蠢いていた。
「あれは……パラサイト・スライム!?」
パラサイト・スライム
依代の心臓部へ寄生し、擬似心臓として機能する寄生魔物。蓄えた魔力を放出することで、宿主を強化・蘇生する性質を持つ。
死体たちの心臓は、試合開始時点で既に止まっていた。
つまり――。
「赤井はパラサイト・スライムを使って、擬似的な心臓を作ったのか!」
赤井が叫ぶ。
「お前らの魂は……まだ消えちゃいねぇ!!」
その叫びに呼応するように、三人の瞳に光が戻る。
彼らの怒りはヘルショップへ向けられていた。
「お、おい……冗談だろ……?」
抜け殻のような声でヘルショップが赤井に語りかける。
「なぁ、悪かったって。許してくれよ」
「俺れに許しを乞うのはお門違いじゃねえか? お前を裁くのは俺ではなく、コイツらだ」
三人は全力で魔術を練り上げ、同時にヘルショップへ強烈な一撃を叩き込む。
「うぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!」
白目を剥き、ヘルショップは地面へ倒れ伏した。
同時に、動く死体たちもその場に崩れ落ちる。
司会が呆然とした顔で叫ぶ。
「こ、これはまさかの大逆転!! 第一試合――勝者、レッドジャスティス!!」
『ウォォォオオオオオ!!』
『ジャスティス!!』
『ジャスティス!!』
『ジャスティス!!』
会場中をジャスティスコールが包み込む。
だが、赤井は笑っていなかった。
「ありがとう……レッドジャスティス」
「お前のおかげで……俺たちの魂は救われた」
「応援してるからな……」
徐々に三人の瞳から光が消えていく。
赤井は拳を震わせながら言った。
「お前らの無念は、絶対に無駄にしねぇ。このレッドジャスティスが、あの野郎に一発お見舞いしてやる。だから安心して逝け……」
「頼んだぜ……レッド……ジャスティス……」
三人は静かに崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「クソォォォォォォォォォ……!!」
赤井もまた膝をつき、悔しさを吐き出すように雄叫びを上げた。




