第二十六話「熱き男の覚悟」
予選二種目目は、砂泳だった。
徒競走同様、二百メートルの距離を――今度は砂の中を泳いで進む。
しかも砂の温度は、地表とは比べ物にならない。六十度近い灼熱だ。
獣人族や魔族ならともかく、人族にはあまりにも過酷な競技内容だった。
幸い、人族用の防熱服が貸し出されていたものの、これがまた重い。
着込んだだけで歩くのもやっとだ。
流石にこの種目は俺たちにとって厳しすぎる。
ここは棄権するしかないか。
半ば諦めかけていた、その時だった。
(暑すぎるだ……。おでは翼と角を治しに来ただけなのに、なんでこんな目に遭うんだ……)
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
視線を向けると、そこには以前遭遇したベヒーモス・グアルの姿があった。
「すいません。ちょっとお手洗いに行ってもよろしいでしょうか?」
司会役は渋々ながらも了承してくれる。
アイズと赤井、それに仮面の人物までもが、不思議そうに首を傾げていた。
俺がベヒーモスの元へ駆け寄ると、奴は目をひん剥いて驚いていた。
(なんであなたがいるんだすか!?)
「ちょっと運動をしていてな。そんなことより、少し手伝ってもらいたいことがあるんだが」
(勘弁してくだせぇ。おではもう――)
「わかってるって。上手くいったら、角も翼も治してやるからさ」
(ほ、本当だすか!?)
「あぁ」
そう告げると、俺はベヒーモスをその場に残し、スタート位置へ戻った。
開始の合図が鳴る。
参加者たちは、死に物狂いで砂中を泳ぎ始めた。
灼熱の砂と炎天下の熱気に耐えきれず、棄権者が続出する。
そんな中――俺は手も足も動かさず、悠々と砂の中を進んでいた。
そして、そのまま難なくゴールへ辿り着く。
「ノックス、あんなに泳ぐの上手だったんだね!」
「いや、ちょっと裏技をな」
実際には、遥か前方にいるベヒーモスが、ロープで俺を引っ張っていただけだ。
つまり俺は、泳いでいる“ように見せていた”のである。
「お前、天才だな! それでご相談がありまして……」
赤井が両手をこねくり回しながら、下から覗き込んでくる。
調子の良い奴め。
だが、最初から独り占めするつもりなんてない。
ベヒーモスにも、三人ほど手伝ってくれと頼んである。
結果、俺の作戦はあっさり成功。
アイズと赤井も、無事ゴールへ辿り着くことができた。
最後の競技へ進む頃には、参加者は百人を下回っていた。
もちろん、その中にはファイネや仮面の人物の姿もある。
やがて、最後の予選競技がアナウンスされた。
「えー、次の競技が最後になります。皆様、心してお挑みください……」
赤井が肩を落とす。
「なんて俺は不甲斐ないんだ……。こんなんで本戦に行けるはずがない……」
「大丈夫ですよ! 私は赤井さんなら本戦に進めるって信じてます!」
アイズが両手を握りしめ、赤井を鼓舞する。
「本当か!? アイズちゃん、俺頑張るっす!」
二人の握られた手を見た俺は低い声で話した。
「まあ、是が非でも次の競技を一位通過しないと現状厳しいがな」
再び肩を落とす赤井であった。
そうして発表された最後の種目は――射的。
赤井の目が鋭く光る。
赤井は銃による狙撃を得意としている。
その腕前は以前、実際に見ているから間違いない。
この種目なら、上位に食い込めるはずだ。
……いや。
上位程度で満足するなよ、赤井。
お前が目指している場所は、そのさらに先なんだからな。
最後の競技は、脱落者が増えたこともあり、グループが再編された。
俺と赤井が同じ組。
アイズと仮面の人物が同じ組になっている。
そういえば、ファイネの姿が見当たらない。
さっきまでいたのに。
一体どこへ行ったんだ。
そして、競技のルール説明が始まる。
内容は――百メートル先にいる召喚獣を射抜くというものだった。仕留めた召喚獣の種類によって、獲得点数が変動するらしい。
先ほどまでの競技と違い、純粋な実力勝負。
実力さえあれば、一気に高得点を狙える競技内容となっていた。
これなら、赤井にもまだ十分チャンスはある。
ここは少し手を抜いてやるとするか。
「おい、ノックス」
「なんだ?」
赤井が、背負っていた銃へ視線を落とす。
「お前は何のために、この世界を生きる?」
珍しく真剣な顔だった。
何のために、か。
以前の俺なら、迷わず“ゲームクリアのため”と答えていただろう。
それは今でも変わらない。
俺はヌフラムの門を探し出すために、この世界にいる。
それが俺の悲願だ。
――でも。
今は、それだけじゃない。
俺は後ろを振り返る。
アイズと仮面の人物が談笑しており、こちらに気づいたアイズが笑顔で手を振ってくる。
「大切なものを守るために……かな。抽象的かもしれないけど」
アイツの想いを、勇気を。
アイズの笑顔を。
フュンディーニの意思を。
元いた世界と、ヘヴゲの世界を。
俺は――今の俺にできることを、全力でやる。
「カッケーな。まるでノクターンと肩を並べてるみたいだ」
それは俺なんだがな。言えるわけねぇけど。
「絶対に手を抜くなよ」
赤井は真っ直ぐ俺を見据えた。
「でも、それじゃ……」
「お前は知らないかもしれないが、俺が憧れたノクターンって男は、どんな時も手を抜かず、必死に自分の夢を追いかけてた。そんなカッコいい漢になりたくて、俺はここにいるんだ。ここで情けをかけられちゃ、俺は俺じゃなくなっちまう……」
やっぱり赤井正義は熱い男だ。
配信時代から、毎晩熱いコメントを送り続けてくる奴ではあったが……ここまで熱苦しいとは。
しかしお前も、自分の大切なものを守るためにここへ来たんだな、赤井。
自然と笑みが溢れる。
「わかった。全力で挑ませてもらう。手加減しないからな」
「当たり前よ!」
そんな俺たちを見て、仮面の人物が呟く。
「男って奴はさ、いつまで経っても子供だよねっ」
そうして俺と赤井は、本気の約定を交わし、それぞれの位置についた。
俺は右手を前へ突き出し、魔力を練る。
赤井はリボルバーを静かに構えていた。
「良いのか? そのデカい銃を使わなくて」
「言っとくが、銃ってのは大きさだけが全てじゃないんだぜ」
パンッ――。
開始の合図が鳴る。
視線の先には、大きさも種類も異なる召喚獣たちが大量に現れた。
俺は最大火力の風の刃を放つ。
「烈風!」
放たれた刃が、獣型の召喚獣の首元を抉る。
撃破された召喚獣は消滅し、新たな召喚獣が現れた。
――いける!
悪いな赤井。今の俺はゾーンに入ってる。
だが赤井は、まるで動じていなかった。
左手をポケットへ突っ込み、静かに目を閉じたままリボルバーを構えている。
「どうした赤井。全部倒しちまうぞ?」
しかし、赤井は反応しない。
まるで俺の挑発など耳に入っていないかのように、極限まで集中していた。
そして――目を見開く。
次の瞬間、六発の弾丸が同時に放たれた。
赤い炎を纏った弾丸は一直線に飛翔し、六体の召喚獣を正確に撃ち抜く。
しかも狙ったのは、十センチほどしかない極小の召喚獣。
脳天を、一切のズレなく貫いていた。
さらに左手で素早く弾丸を装填し、即座に次弾へ移る。
またしても、小型の召喚獣だけを正確に射抜いていく。
凄い。
さっきまで熱血バカみたいな顔してた奴とは思えない狙撃能力だ。
だが、俺も負けてられない。
次々と風刃を放つ。
「おや、あの二人なかなかやるね。特にあの赤井って人。あんな遠くの魔物を正確に射抜くなんて。僕にも出来ない神技だよ」
仮面の人物が、感心したように呟く。
俺たちは激戦を繰り広げていた。
「そこまで!」
はぁ……はぁ……。
「ゼェ……ゼェ……」
額から大量の汗が滴り落ちる。
「結果は明日、コロシアムにて発表いたします!」
俺と赤井は息を荒げながら、拳を突き合わせた。
そこに言葉なんてものは必要なかった。
◇
そして翌日。
俺たちは、運命の結果発表を聞きに、コロシアムに集まっていた。




