第二十三話「開会式」
「すいませんでした!!!」
俺は起きるなり風呂場の前で、勢いよく土下座していた。
シャワーを終えたアイズが、タオル姿でこちらへ現れる。
え、え、えろい……。
だが不思議なことに、その姿を見ても下半身は落ち着いていた。
「どうしたのノックス? そんなにかしこまって」
どうもこうもない。
俺たちは昨日――その、してしまったのだ。
生まれて初めての行為を。
正直、記憶はかなり曖昧だ。
ネット掲示板では、
『人生最高の瞬間』
『この快楽のために生きてる』
『いっそ死んでもいいくらい気持ちいい』
などと散々語られていたが……。
百聞は一見に如かずとは、まさにこのことだった。
いや、一見しても分からないことだらけだったぞ!?
恐らく三回はことに及んだと思う。止まることなく、ひたすらに。まるで獣人族じゃないか……。
そもそも俺はちゃんと出来ていたのだろうか。
今の彼女は普段とまるで変わらない。
「昨日のことは何も覚えてません。だからノックスも、いつも通りにすればいいんだよ。ねっ、ラパン」
そう言って、彼女はラパンを撫でる。
「もきゅ〜?」
「なぁ、どうして君はそんなに強いんだ?」
アイズは俺の隣へ腰を下ろした。
「全然、強くなんかないよ」
そう答えた彼女は、少しだけ寂しそうに笑う。
「今でもさ、魔物とか怖い人を見ると膝が震えるし、剣だって上手く振れなくなるんだ。ちゃんとしなきゃって思えば思うほど、理想の自分から遠ざかってる気がしてさ」
彼女はラパンを撫でながら、ぽつりと続けた。
「私ね、寝たきりのお兄ちゃんがいるの」
初めて聞く身の上話だった。
考えてみれば、まだ出会って一ヶ月ほどしか経っていない。知らなくて当然と言えば当然か。
「お医者さんが言うには、交通事故に遭ってからずっと意識が戻らないんだって」
視線を落としたまま、小さく笑う彼女。
「私ね学校終わりにお兄ちゃんのところへ行ってさ、今日あったこととか、色々話してたんだ。でも、それくらいしか私に出来ることがなくて……」
次第に声を震わせていく。
「時々ね、私が代わってあげられたら良かったのにって思うんだ」
俯いた彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
その表情は後悔にも似ている。
「……お前のお兄さんは、そんなこと望んでないと思うぞ」
俺はゆっくりと言葉を続ける。
「俺は独りっ子だから、兄妹ってのは分からない。でも、妹に不幸になってほしい兄なんていないと思う」
少なくとも俺なら――。
「元気で、笑っててほしいって思うからな」
「ノックス……」
「アイズ……」
彼女の肩へそっと手を置き、唇を尖らせた。
「さてと! 今日も人探し、気合い入れて行こうね!」
彼女は急に立ち上がり、元気よく拳を突き上げた。
……俺の勇気を返してください。
「ねぇノックス。朝起きてから外に出た?」
昨日の夜から一歩も外へ出ていない。
というかトイレにすら行っていない。
俺はずっとベッドの上にいたのだから。
彼女の体温や匂いを感じていたかった――なんて、口が裂けても言えないが。
「いや?」
入口へ視線を向けると、扉がわずかに開いていた。
……!? 盗み見!? 覗きか!?
こんなボロ宿だ。変態の一人や二人いてもおかしくない。
クソッ……誰かがアイズのあられもない姿を見ていたというのか!
許せん! 俺のアイズをよくも!
……いやいや待て。一回そういうことをしたくらいで、なに彼氏面してんだ俺。
めちゃキモじゃねぇか。
「そんな考え込んで、何か気になることでもあった?」
いかん、ここは一先ず冷静になれ。
「べ、びょっ、べつに……」
今のキョドり具合は、どう見ても怪しいだろ。
目まで泳いでるし。
落ち着くんだ俺。
「あ、そういえばさっき物音がして、一回外に出たかもな……あはっあははは……」
苦し紛れに、変態を庇ってしまった。
「なら良かったぁ。一晩中扉開けっぱなしだったのかと思って、ちょっとヒヤヒヤしたよ。じゃ、髪乾かしたら出発しようね」
そう言って、アイズは再び風呂場へ戻っていく。
一体誰なんだ、覗いていた奴は。
こうなったら絶対に犯人を見つけ出して、とっちめてやる!
『サブクエスト“覗き魔”を捕まえろ!』
――開始だ!
◇
中央通りは、昨日以上の人だかりになっていた。
通行人たちの話によると、今日はヘヴリンピックの開会式らしい。
俺たちは、会場となる元国立競技場へ向かうことにした。
あそこなら多くの種族が集まる。
回復魔術師を探すには丁度いい。
それに赤井にも応援くらいはしてやらないとだからな。
もちろん、ついでだが。
「すげぇ数だな……」
まるで本物のオリンピック会場だ。
様々な種族の猛者たちが、一堂に集結している。
「これ、みんな出場者なのかな?」
「恐らくな」
アイズも驚いたように周囲を見回していた。
俺たちも人混みに紛れながら赤井を探し始める。
「やあ。君たちも来てたんだね」
後ろを振り向くと、昨日のフードの人物が立っていた。
今日はフードではなく、屋台で売っている妙なお面を被っている。
そんな物被っていてもその嫌味ったらしい声で一発で分かったがな。
「昨日は随分と激しい夜だったらしいね」
激しい夜……?
「お、おい……何のことだヨ……。ま、まさかオマエが、はれんちスケベ覗き魔だったのか!?」
もはや、しどろもどろなのは気にしない。
自白とはいい度胸だ覗き魔が!!
「の、覗き見なんてしてないよ!? そこら中で噂になってるんだ。君たちがオークスを殺したってね……」
辺りを見回すと、獣人族の戦士たちが俺たちを睨みつけていた。
……あぁ、そっちか。
昨日の緑林地帯で起きた騒動のことを言ってるのか。
あっぶねぇ……完全に勘違いした。
「あまり派手な動きはしない方がいいよ。じゃ、僕はこれで。仲間だと思われるのも嫌だからね」
そう言い残し人混みの中へ消えていった。
どうやら奴は覗き魔ではなさそうだ。
すると今度は、別方向から甲高い声が飛んでくる。
「おにーちゃんたち、またハッスルしにきたのー?」
ハッスル?
まさか、真犯人のお出ましか!?
振り返ると、四頭身ほどの子供が決めポーズを取っていた。
「あら、プアちゃん。どうしてこんなところに?」
そこにいたのは、自称正義の味方――プア・ファイネだった。
アイズがしゃがみ込み、目線を合わせる。
「ぷあちゃんは、お遊戯をしに来たのです!」
そう言って、ファイネはさらにポーズを変え、ドヤ顔を決める。
……はいはい。
俺とアイズは慣れた手つきで拍手した。
「ガキがこんな危ねぇ場所に来るんじゃねぇよ」
「誰がガキだこのこのこのー!! ぶちころすぞこのやろー!!」
ファイネが腕をぶんぶん振り回す。
俺はその頭を押さえつけた。
アイズは優しく頭を撫でる。
「ごめんねプアちゃん。お遊戯大会、頑張ってね」
「うん! ぷあちゃん、おねーちゃん好き!」
そう言って、ファイネは鼻歌混じりに人混みへ消えていった。
……コイツも覗き魔ではなさそうだな。
その時、
ドンッ――――!!
会場正面の壇上から、巨大な太鼓の音が鳴り響いた。
「これより、ヘヴリンピック開会式を執り行います! 皆様、盛大な拍手でお迎えください!」
司会者の声が響き渡る。
「我らが――
大地の神エクストラ・ライフ・フラワーカーテン様のご入場です!!」
会場が、一瞬で静まり返る。
そして壇上の奥から、コツ、コツ、と足音を鳴らしながら現れたのは――。
円環を司る大地の神であった。




