第二十一話「襲撃」
俺たちはオアシス中を歩き回っていた。
元国立競技場周辺や市街地。裏市までは流石に危険すぎて踏み込めてはいないが――目的はもちろん、回復魔術師を探すためだ。
しかし、それらしい人物は一向に見つからない。
気づけば陽も傾き始めていた。
今日動けるのも、あと一箇所が限界だろう。
「まだ探してない場所と言えば……」
元国立競技場の脇に広がる緑林地帯か。
マイナスイオンがダダ漏れの森林と、透き通る湖。
まさに“オアシス”の名に相応しい場所だった。
アイズは装備を脱ぎ捨てると、そのまま湖へ飛び込んだ。
「ノックスも入りなよー! すっごく気持ちいいよ!」
濡れた衣服が身体の曲線を際立たせ、隠れていた肉体美が露わになる。
……この暑さだ。
本音を言えば、是非とも入りたい。
だが、如何せん俺の下半身は現在進行形で大惨事になっており、それどころではない。
「あぁ、俺はちょっとやることがあるから遠慮しておく」
これは嘘じゃない。
ここへ来る途中から、妙な気配を感じていた。
平静を装ってはいたが、どうやら俺たちを尾行している連中がいる。
しかも、一人や二人じゃない。
……少なくとも十人。
厄介事は避けられそうになかった。
湖が辛うじて見える程度まで離れ、俺は人の気配がする方へ声を投げる。
「いるのは分かってる。出てこい」
観念したのか、木陰から獣人族や魔族がぞろぞろと姿を現した。
先頭にいた兜姿のオークが、大斧を肩に担ぎながら口を開く。
「俺たちに気付いていて、わざと尾行を許したのか?」
「まあな。それで、何の用だ? 金目の物なら持ってないぞ」
オアシスでは人族は少数派だ。
騒ぎになれば、不利なのはこっち。
だからこそ、わざわざ人気のない場所まで誘導した。
俺の言葉を聞き、連中は下卑た笑い声を上げた。
「そんなモンに興味はねぇよ」
……だとすると、目的は。
「肉だ!」
狼のような獣人族の男が舌なめずりする。
「人族の肉は美味ぇって聞いたことがある。裏市でも滅多に出回らねぇ高級食材だとなぁ」
周囲の連中も、よだれを垂らしながら笑う。
「そんな新鮮な肉が歩いてるんだ。そりゃ――喰うしかねぇだろ!!」
よだれを垂らした獣人族が、一斉に襲いかかってくる。
トカゲじみた爬虫類種は太い尾を唸らせ、狼型の獣人種は鋭い鉤爪で空気を裂く。
風の魔力を脚へ集中させ、その猛攻を紙一重で躱していく。
「多少は動けるみてぇだな。お前ら! 今夜は人肉祭だ! 盛大に暴れろぉ!!」
――やはりあのオークがボスか。
他の連中とは明らかに風格が違う。
重厚な鎧を纏い、その手には、人間を両断できそうな巨大な戦斧が握られていた。
その巨体からは想像もできない速度で、オークが突進してくる。
オークってこんなに俊敏だったっけ!?
――まずい。
魔術を撃つ暇がない。
オークは咆哮と共に、戦斧を俺めがけて振り下ろした。
ドズンッッ
俺は咄嗟に後退し、その場へ倒れ込んだ。
間一髪、戦斧が股下を掠めた。
ひぇぇ……危うくミニノックスが天に召されるところだった。
……って、冗談言ってる場合じゃねぇ!
「ボスが外すなんて珍しいな」
トカゲの獣人が、ぼそりと呟く。
オークは舌打ちすると、そのまま俺の顔面を蹴り飛ばした。
身体が木へ激突し、そのまま地面へ転がる。
流石はオークだ。
とんでもない脚力してやがる。
左瞼が腫れ上がり、視界に血が滲む。
……もう一発でも食らえば終わりだな。
何とか立ち上がり、右手を前へ突き出す。
「奴らを切り刻め――烈風」
風の刃が獣人族を切り裂いてゆく。
手下たちは比較的簡素な装備だったこともあり、まともにダメージを受けていた。
だが――オークだけは無傷。
魔力を練る暇がなかったとはいえ、直撃してノーダメージは異常だ。
オークは嘲笑いながら歩み寄ってくる。
「そんなチンケな魔法、この魔喰いの装備に効くわけねぇだろ」
魔喰いの装備――なるほど。
アンチ・マジック系のバフが付与された防具か。
だから烈風が通らなかった。
「そろそろお喋りは終わりだ」
オークの戦斧が赤いオーラを纏う。
攻撃強化のバフまで重ねてくるのかよ。
殺意高すぎだろ。
恐らく後方にいる魔族が支援している。
こんな野盗紛いの連中でも、連携だけはしっかりしてやがる。
迂闊だったな。
オークが地面を力強く蹴り、戦斧を振りかぶる。
「骨まで食らってやるよ」
どうする――避けるにも身体が……。
その瞬間――。
背後から飛来したホーンスピアが、大斧を強引に弾き上げた。
「大丈夫!? ノックス!」
「あぁ、助かった」
間一髪、アイズが助太刀に入ってくれた。
……だが、多勢に無勢なのは変わらない。
ここは一旦退くべきだ。
俺はアイズへ耳打ちしながら、静かに呪文を詠唱する。
「聖なる光よ、我が道を指し示せ――
閃光の輝き〈シャイニング・フレア〉」
放たれた閃光弾が、夜空へ撃ち上がる。
――奴らの目を眩ませ、その隙に逃げる!
しかし。
そんな俺の思惑を見透かしたかのように――何者かが、凄まじい速度で林の中から飛び出した。
そいつは大きく口を開き、閃光弾へ向かって魔力弾のようなものを撃ち放つ。
二つは空中で激突し――次の瞬間、跡形もなく消滅した。
……相殺された!?
やがて、ゆっくりとこちらへ歩いてくるローブ姿の大男。
顔は人間だが、右半身は灰色の剛毛で覆われている。獣人族にも、人族にも見える――奇妙な風貌をしていた。
「少し遊びが過ぎるぞ、オークス」
男が低い声で告げた瞬間、辺りが静まり返った。
畜生、こんな時に更なる加勢だなんて。
一体どうすれば……。




