第二十話「フードの隣人」
「二人の話、聞こえちゃったんだけど……回復魔術師を探してるの?」
屋台が立ち並ぶ雑多な場所で、よそ者が現地人に話しかけられる――それは相当危険なことだ。
もちろん、新手の詐欺という可能性もある。
ここは無視して……。
「そうなんですよ! 居場所を知ってるんですか?」
アイズは、どこまでも純粋だった。
元々、警戒心が低いわけではない。
最初に会った時なんてアンタ呼ばわりもされたし、鼻ギリギリまでホーンスピアを突きつけられたっけ。
今となっちゃかなり丸くなった。
これが彼女の本当の性格なのだろう。
一度警戒を解いてしまえば、あとは何でも受け入れてしまうのが彼女だ。
彼女のキラキラした目を見て、俺は渋々席に座り直した。
……厄介事だけはごめんだからな。
フードの人物は首を傾げて話した。
「えーっと、回復魔術師そのものは知らないんだけどさ。ちょっと不思議に思ってね」
不思議?
アイズも、その発言の意図を掴めていないようだった。
「だって君、回復魔術得意でしょ? 並大抵の怪我や傷なら治せると思うんだ。それなのに回復魔術師を探してるってことは、もっと高度な治療が必要な人がいるってことだよね。まあ、大体見当はついてるけど」
――何故、アイズが回復魔術を扱えることを知っている?
見るからに怪しい見た目と発言に、不信感が一気に膨れ上がる。
「ちょっと待て。どうしてアイズが回復魔術を使えるって分かるんだ?」
「あはは。そんなの簡単だよ」
フードの人物は、アイズの背中にいるラパンを指差した。
「その子、モフル・フェアリーだろ? 毛並みが薄緑色ってことは、回復魔力を宿してる証拠さ。しかも毛並みの柔らかさと懐き具合からして、日常的に回復魔術を扱ってるのが分かる」
さらに、その人物は続ける。
「君たちはここら辺ではあまり見ない種族だね。人種ってとこかな? 服装を見たらおおよその判断はできるからね。そこから推測すると、旅をしながら回復魔術師を探しているってこと。つまり、通常の回復じゃどうにもならない人間がいるってことだ。しかも、かなり身近にね」
そう言って、そいつは俺へ視線を向けた。
鋭い洞察力だ。
ほんの数分会話しただけで、そこまで見抜くとは。
感心すると同時に、強烈な危機感を覚える。
……これ以上コイツに関わる理由はない。
俺は勢いよく席を立ち上がった。
だが、フードの人物は俺の拒絶など意に介さず、淡々と話し続ける。
「四十五度。オアシスの平均気温さ。今のオアシスは氷龍季と火龍季のちょうど間だから、比較的涼しいんだ。とは言え、人族にとっては相当暑いだろうけど」
ヘヴゲの季節は不規則で、天空を古龍が舞う影響で季節が変動する。これを龍季と呼ぶ。
火龍が翔けば地上は灼熱に包まれ、氷龍が舞えば雹が落ちる。もちろん、複数頭の龍が天を通り過ぎることで、その影響は更に増すことになる。
偉大な賢者によると、古龍の産卵期が影響しているらしいが、それを確かめる術はないという。
さらに、その人物は続けた。
「こんな暑いのに黒い手袋をしているなんて、普通の人族なら汗びっしょりなんじゃないかな? それに料理を食べる時も外さない徹底っぷり」
そして、くすりと笑った。
「まあ、こんな暑苦しい格好してる僕が言えたことじゃないけど」
軽口を挟みつつ、そいつは続ける。
「ともかくだ、君の左手は明らかに異常。異形と言ってもいい。僕の推測では、その左腕を治療するために旅をしてる――そんなところかな」
……コイツの推理は神がかっている。
もはや推測の域を超えてさえいる。
まるで心を見透かされているみたいだ。
この人物、一体何者だ?
俺は苛立ちを抑えながら口を開く。
「素晴らしい推理だな。もはや“人の叡智”を超えてるよ。だが――あんたには関係のないことだ。行くぞアイズ」
「で、でも……」
アイズは困惑していた。
普段、俺が感情を露わにすることなんて滅多にない。せいぜい泣き喚くくらいだ。
そんな俺が露骨に拒絶を見せている。
彼女も戸惑うのは当然だった。
フードの人物へ背を向け、その場を離れようとする。
だが、またしても後ろから声が飛んできた。
「君の魂は、まるで世界そのものを拒絶しているみたいだね。問題なのは身体ではなく、むしろ君の心のようだ」
――世界を拒絶。
その言葉に、思わず足が止まる。
「どういう意味だ」
「そのままの意味さ。今の君に必要なのは、他者を受け入れ、万物を受容することだよ。否定からは、何も生まれないからね」
知ったような口を聞くな。
お前に俺の何がわかる。
俺の苦しみや辛さ、憤りや憎悪が。
「生憎、俺は二十五年間、拒絶を貫き通してきた。それはこれからも変わらない」
すると、その人物は少しだけ笑った。
「そうだ。師匠の言葉を思い出したよ」
そして、静かに告げる。
「『進化とは、変化を受け入れた先にある。変化とは、大切にしてきたものを手放すことだ』とね」
アイツの想いや気持ちを手放せるわけねぇだろ。
そんなことしたら、アイツの決意を無下にしちまう。
そんなことは絶対に出来ない。
「……んなもん戯言だ」
俺は拳を握りしめていた。
「かもしれないね。でも事実さ。少なくとも、この世界ではね」
俺は、その言葉を無視して歩き出した。
すれ違いざま、背の高い全身ローブ姿の男と肩を並べる。
男の腕は、灰色の体毛に覆われていた。
後方から、微かに会話が聞こえてくる。
「ララ様、どうかされましたか?」
「別にっ。グレガーには関係ないことさっ」




