第十九話「幻の楽園オアシス」
オアシスは、四年に一度の祭典ヘヴリンピックが開催されることもあり、かなりの賑わいを見せていた。
獣人族や人族はもちろん、ほとんど魔物に近い種族までもが入り乱れている。
また、多種族共生が成り立っている極めて珍しいエリアでもある。
成り立っているというのは、それ以上でもそれ以下でもなく、あくまで共に生きているということ、それだけだ。
市街地の先には、広大な敷地を有する元国立競技場がそびえ立っている。
当たり前だがゲームでは実装されていなかった場所。やはりこの世界は、現実世界の延長線上に存在しているのだと実感する。
ここで行われる競技が、ゲームと同じ種目だといいのだが。
「赤井さん、あんな別れ方で良かったのかな……」
アイズが下を向きながら呟く。
オアシスへ入る前、俺たちは赤井に別れを告げられた。
曰く、「ここから先は俺個人の戦いっす。お前らとは、いずれやり合うかもしれない。情が移る前に、俺はここで身を引かせてもらう」と。
俺は赤井の気持ちを尊重した。
奴は、ああ見えてかなり熱い男だ。
一度口にした言葉は曲げないだろう。
それに、考えたくはないが、赤井の言う通り、ヘヴリンピックでは殺し合いのような事態に発展する可能性もある。
だから、ここで別れるのは、あながち間違った選択ではない――というのが俺の考えだ。
まあ、そもそも俺とアイズは、ヘヴリンピックに出るなんて一言も言ってないんだけどな。
別れ際、赤井から世話になった礼として通気性の良い黒い手袋を貰った。
パラサイトハンドを剥き出しのまま歩くのは、精神的にかなりキツかったのでありがたい。
右手専用なのはいただけないが。
肩を落とすアイズへ、俺は左義手を向け話しかける。
「心配すんな。ここにいれば、会おうと思えばいつでも会える。開催前にまた会いに行けばいい」
「うん、そうだね! なにも一生の別れってわけじゃないもんね」
良かった。少しは元気を取り戻してくれたようだ。
彼女の助けがなければ、回復魔術師は見つからない。俺は何としても、この左腕を治さなければならない。
もうこれ以上、身体の欠陥が増えるのはごめんだから。
ぐるるるる……。
安堵したせいか、アイズの腹が鳴った。
「えっと、これは……その、今朝から何も食べてなくて……」
「まずは腹ごしらえだな」
俺たちは、出店が立ち並ぶ中央通りへ向かった。
◇
やはり、すごい人混みだ。
両側には所狭しと屋台が並んでいる。
右手側には、何の魔物かも分からない肉がずらりと並んでいる。直火でこんがり焼かれた肉からはとても香ばしい匂いが漂ってくる。
左義手側には海鮮系の屋台が多かった。
魚のような魔物のほとんどに、“パラステル産”と書かれている。
刺身、串焼き、煮物――並ぶ料理は、俺の元いた世界と大差ない。
「ねぇノックス! ご飯の前にアレやってみようよ!」
アイズが指差したのは、射的のような屋台だった。
「いいか。俺たちは遊びに来たんじゃないんだぞ」
俺たちは回復術師を探しに来たのだ。
油を売っている場合じゃない。
アイズは露骨にしょんぼりした顔をする。
……そういえば、彼女にはここ最近ずっと無理をさせていた。
回復魔術だけじゃない。
年頃の女の子に砂漠横断なんて、普通に考えてキツかっただろう。
いつも彼女には世話になりっぱなしだ。
この楽園にいる間くらいは、好きなことをさせてやろう。
俺は屋台の受付に銅貨を置いた。
「ばあさん、一回やらせてくれ」
トカゲのような顔をした店主が、申し訳なさそうに答える。
「悪いね坊っちゃん。さっき薄ピンク髪の嬢ちゃんが景品ほとんど持っていっちまってさ。もう一個しか残ってないんだよ」
薄ピンク髪の嬢ちゃん――。
俺が知る限り、そんな見た目の奴は一人しかいない。
自称“正義の味方”、プア・ファイネ。
やはりアイツもここへ来ていたのか。
お遊戯大会というのは、屋台の出店のことか。
またアイズを落ち込ませるわけにはいかない。
「あぁ、それでいい」
唯一残っていた景品は、翠色の卵のような物体だった。
……これ、この女店主の産んだ卵じゃないよな?
頼むから違っていてくれ。
そんな俺の不安をよそに、店主は淡々とルール説明を始めた。
「十メートル先の景品を地面に落とせば獲得だよ! ただし、割ったら失格だから気を付けな!」
射的なんて人生で一度もやったことがない。
だが、ここは彼女を喜ばせるためにも成功させなければ。
集中しろノックス。
お前なら、これくらい朝飯前だろ。
右手を前に突き出し、魔力を込める。
風が掌の前に集まり、球体を形成していく。
もっと小さく。
もっと鋭く。
威力を凝縮しろ。
やがて、風の魔力で形成された球体が完成する。
神層世界では上手くいかなかったが、今なら魔力を制御できる。
これもフュンディーニの特訓のおかげだな。
風の神へ感謝しつつ、球体へ推進力を与えるイメージを描く。
「今だ!」
球体は一直線に飛んでいった。
俺の魔力操作を見て、店主とアイズが目を見開く。
球体は台座を撃ち抜き、卵を宙へ弾き上げた。
「筋は良い。だが甘いね。幼卵が割れたら失格だよ」
あぁ、分かってるさ。
何も考えなしに放ったわけじゃない。
俺は即座に球体を破裂させた。
圧縮されていた風の魔力が解放され、小さな竜巻が生まれる。
それは卵を優しく包み込み、そのままこちらへ引き寄せた。
「おめでとう! まさかこんなあっさり成功させるなんてねぇ。やるじゃないか坊っちゃん」
フュンディーニの特訓に比べれば、この程度どうってことない。
しかし、この卵は一体何の魔物の卵なんだ?
卵を見つめていると、店主が補足してくれた。
「その幼卵は裏市で交換した品さ。何の魔物かは分からないけど、珍しい代物らしいよ」
とりあえず大事に取っておこう。
最悪、目玉焼きにして食えばいい。
そんなことを考えていたら、俺の腹まで鳴り始めた。
そろそろ昼飯にするか。
昼過ぎになると、中央通りの人混みは多少落ち着いていた。
俺たちは比較的人間でも食べやすそうな店を選び、料理を注文する。
アイズは海鮮焼きそばのような料理を。
俺は野菜カレーっぽい料理を選んだ。
カレーなら馴染みがあると思ったのだが、皿の中では見たこともない色や形の野菜がドロドロに煮込まれている。
さすが屋台。
具材の大きさも火の通り具合もバラバラだ。恐らく継ぎ足しで煮込んでいるのだろう。
見た目通り、味も食感も最悪だった。
これなら俺の方が上手く作れる自信がある。
「でも、ノックスがお金持ってて良かったよ」
「お前な、俺が金持ってなかったらどうする気だったんだよ。無銭飲食で牢屋行きとか絶対に嫌だぞ。無銭飲食じゃなくても嫌だけどな」
オアシス到着後、俺はすぐにアースクエイクワームの牙を換金所へ持ち込んだ。
牙十本で銀貨一枚と銅貨五枚。
そこそこの稼ぎにはなった。
今後は、換金できそうな素材は回収しておくべきだな。
アイズが海鮮焼きそば的な何かを啜りながら尋ねる。
「回復魔術師ってどこにいるのかな? こんな賑やかな場所にいるイメージないんだけど」
確かに、その通りだ。
ゲームでは“オアシス出身の回復魔術師が多い”という設定はあったが、具体的な居場所までは分からない。
回復魔術師で最も多い種族はエルフ族。
彼らは静寂と清浄を好む。
こんな騒がしい場所にはまず近寄らないだろう。
次いで人族、獣人族といったところか。
そういえば人族もあまり見かけない。まぁこの環境だ。それにたどり着くのが困難な場所でもある。少ないのも無理もない。
獣人族は一番良く見かける。しかしそれ故に回復魔術師かどうかを見極めるのはほぼ不可能。
まずは、それっぽい種族へ聞き込みするしかない。
「とりあえず、エルフ族を見かけたら片っ端から声をかけよう」
昼を過ぎたあたりから、ガラの悪そうな獣人族や魔族が増えてきた気がする。
「それと〜。大地の神様ってどんな方なんだろう?」
「円環を司る大地の神、エクストラ・ライフ・フラワーカーテン。万物を受容し、生命を循環させる存在。だがその本性は、色欲に溺れたハレンチスケベ女だ。それはもう、フュンディーニとは比べ物にならないほどにな」
隣席でラーメンらしきものを食べていた、全身ローブ姿の人物が盛大にスープを吹き出す。
「良かったらこれ、どうぞ」
アイズが即座にハンカチを差し出す。
他人にハンカチを貸すなんて優しい子だ。
彼女は、種族間の隔たりなんて本気で気にしていないのだろう。
「あ、ありがとう……」
ローブの人物はフードを深く被り直し、小さく頭を下げた。
……こんな暑いのにフードか。
オアシスの平均気温は四十度近い。
日除けと言われれば納得できなくもないが、他にそんな格好をしている奴はいない。
獣人族や魔族は熱耐性が高いから、なおさらだ。
少し妙には思うが、種族が多い場所だ。
余計な詮索はやめておこう。
「困った時はお互い様ですもんね」
アイズはにっこり笑った。
人は空腹には抗えない生き物だ。
見た目がどうであれ、俺たちは料理をあっという間に平らげた。
そして、回復術師を探すため席を立つ。
「あ、あの……」
隣の席にいたローブ姿の人物が立ち上がり、俺たちを呼び止めた。




