第十八話「砂漠を駆ける」
人が声を発する仕組みさえ理解してしまえば、“口”を作ること自体はそう難しくない。
あとは喉をそれっぽく形成し、風の魔力で振動させれば――簡易的な“喋る口”の完成だ。
俺とパラサイトハンドは、神経を通じて意識が繋がっている。
だからこそ、普通の口として十分に機能する。
……もっとも。
現実の俺は、喋れるようになるために、ありとあらゆる方法を試してきた。
声を出すため、あの手この手で足掻き続けた。
まあ、全部ダメだったんだけど。
心理的なトラウマってやつに効く薬は、この世に存在しないらしい。
俺の場合、時間の経過を待つしかなかった。
二十五年待っても改善の兆しすら見えないのだ。
きっと、この先も期待はできないだろう。
だから、アイズと赤井が起きる少し前――俺は自分の喉を、風の魔力で強制的に振動させてみた。
パラサイトハンドにできたのなら、俺の喉でも可能かもしれない。
そんな淡い期待があった。
もちろん、結果は駄目だ。
うんともすんとも言わない。
この融合異世界は、現実の要素までしっかり引き継いでいる。元より“不良品”だったものを、都合よく直してくれるほど甘くはない。
アイズが席を外している間、俺は赤井とこの融合異世界について情報交換をしていた。
赤井は、剣皇国シンソルヴァの隣に位置する鍛冶職人の街“カフェナ”で目を覚ましたらしい。
そして、たまたま立ち寄った鍛冶屋に依頼し、リボルバーや火縄銃を作らせたのだという。
カフェナは、世界一の武器輸出量を誇る街だ。世界中の武器の八割がここで作られている。
銃を再現できたというのも納得だった。
暇を持て余していた赤井は、“ヘヴリンピック開催”の張り紙を目にし、オアシスを目指して旅に出たらしい。
とりあえず、俺たち以外にも人間がいる。
それが分かっただけでも少し安心できた。
俺は素性がバレないよう注意しつつ、“ノクターン・ザ・ライトニング”について、それとなく尋ねてみた。
すると赤井は、モデルガン専門店でアルバイトをしていた際、動画配信サイトで偶然俺のサイレントライブ配信を目にしたのだと語った。
寡黙に、淡々と敵を倒していくその姿に憧れ、自分も“ヘヴンズゲート”を始めたらしい。
……もっとも、中盤あたりで挫折したようだが。
しかし欠陥ばかりの俺だが、誰かを突き動かす原動力になっていたとは。
なんだか嬉しいもんだな。
アイズは戻ってくるや否や、俺の左義手をジロジロと奇異な目で見ていた。
「本当に喋れるんだね。ねぇノックス、これどういう仕組みなの? 腹話術か何か?」
あのなぁ、普通に話すことのできない奴が、どうやって腹話術をするというのだ。
たまにアイズは突拍子もない発言をする。
「それよりだ。オアシスへの行き方は未だ不明。どうにかして行く方法を探さなくてはならない」
俺たちは具体策が見つからないまま、ぼーっと砂漠を眺めていた。
「あっ、自分オアシス見えてきたかもっす」
「バカ、それは幻だ」
「私も大きなナイトプールが見えてきたよ〜」
「アホ、日中だからそれはナイトと思うぞ」
三人して暑さにやられていくのがわかる。
実際、無意識に洒落が出てくるのだから、ややまずい状況だ。
それに、そろそろ貴重な水分も底をつく。
どうにか策を考えなければ。
すると、珍しくラパンが俺に話しかけてくる。
「もきゅーもきゅ、もきゅっきゅ」
「こんな所にベヒーモス・グアルなんかいるわけ……」
ラパンの言葉を理解できているあたり、限界が近いのだろう。
パラサイトハンドに魔力を吸われ続けているのも大きい。
すると、前方約五百メートルほど先に、ベヒーモスらしき姿が見えてくる。
半信半疑だった俺は、二人に尋ねる。
「おいお前ら、あれが見えるか?」
まず最初に答えたのはアイズだった。
「えっと……プールで水浴びしてるベヒーモスかな」
異様なシチュエーションだが、彼女にも一応ベヒーモスが見えているらしい。
続いて赤井が答える。
「あのベヒーモス、右の翼と角に怪我してるっぽいっすね。古龍種にでもやられたんすかね」
「やっぱりそう見えるかー……って、お前らにもしっかり見えてるんだな!」
俺たちの話し声に気が付いたのか、ベヒーモスが猛進してくる。
まずい、こんなところで体力を使ってたまるか。
急いで荷物を抱え出す。
ベヒーモスは目前まで来たところで急ブレーキをかけた。そして、俺を見て硬直した。
(や、やばい……あの時の最強魔術師だす)
あ?
だからなんで魔物の心の声が聞こえるんだ?
そういえばコイツ、俺とアイズを襲ってきたあの時のベビーモス・グアルじゃんか。
(なんとか隙を見て逃げるだす)
ベヒーモスはゆっくりと方向を変え、猛スピードで――。
「逃すかぁ!!」
風の魔力を足に留め、疾風の如き速さでベヒーモスを捕まえる。
(やめてくれだ。おではもう、アンタみたいな魔術師と戦いたくねぇだ)
「何でお前がここにいるんだ?」
この状況が普通ではないことはわかっている。
それでも俺はベヒーモスと会話を続けた。
(砂漠の楽園に、傷を治してくれるお方がいるだ。おではそこへ行く途中なんだす。仲間達の間ではそのお方は有名で、種族問わず、傷や心を癒してくれるんだす)
まさか、このベヒーモス、オアシスに向かっていたのか。
これはラッキーだ。コイツについていけば辿り着けるかもしれない!
「なぁ、ちょっと付き合ってくれないか?」
(な、なにをだすか……)
砂漠を颯爽と駆ける、翼竜化したベヒーモス・グアル。
それは、この場には似つかわしくない光景だった。
さらに、その背中に乗る三人の冒険者と一匹の魔物もまた異様であった。
(アニキ、もう少しで見えてくるだす)
「アイズ、赤井、ラパン、もうすぐ着くってよ」
思わず息を呑んだ。
視線の先に飛び込んできたのは、広大な森と巨大な湖。
そして、その隣には――今なお管理の行き届いた国立競技場がそびえ立っていた。
周囲からは煙が立ち昇り、どこか食欲をそそる香りが風に乗って漂ってくる。
きっと祭りの出店でも並んでいるのだろう。
「すげぇっすね」
「もう早くシャワー入りたい」
「もきゅーー!」
俺たちは、ようやく辿り着いたのだ。
砂漠の幻楽園――オアシスへ。




