Prologue 2「願い」
勇者支援部隊の期待を胸に、氷で形作られた階段を登る。
みんな見てるかな。俺はようやく辿り着いたんだよ。
まだかな……もうそろそろだよな……。
いつもなら偉業を成し遂げると、支援部隊のみんなから投げ銭が送られてくる。
しかし今日に限ってはそれがない。
別に投げ銭目的でプレイしているわけじゃないが、一種の喜びの共有みたいになっていたから、ちょっぴり寂しくも思えてくる。
仕方ない、久々にアレをやるか。
階段の途中、少し広い場所を見つけると徐に正座をする。
次に両手の小指をくっつけ、頭の上へ高く突き上げるのだ。
これで“物乞いの勇者”の完成だ。
財政難に陥った時や急な出費が発生した時にしかやらない、俺の奥義にも等しい技。
話すことのできない俺は、たまにこのポーズで支援部隊のみんなに救援を求めている。
侮ることなかれ。このポーズの効果は絶大で、これまでに幾度となく栄一(一万円札)を無詠唱で召喚してきた。
本当に支援部隊のみんなには頭が上がらない。
さぁ現れよ! えぇぇええいいいいちーーー!!
一向に付かない投げ銭エフェクト。
ぐぬぬ……こうなったらスーパーサブちゃん(千円札)でも構わん!
俺の元に顕現せよぉぉぉおおお!!!
……よし、先に進もう。
シワのくたびれを完全に形状記憶したネルシャツの襟を正し、再びゲームに集中する。
金なんかに目が眩むと碌な人間にならないからな――そう自分に言い聞かせ、俺は再び歩みを始めた。
そうこうしているうちに、階段の頂上付近まで辿り着いていた。
目線を上げると、まさしく俺が想像していた通りの創造物があった。
これがヌフラムの門。本当にあったんだ……。
幾何学模様が刻まれた純白に輝く壮大な扉。二十メートルはくだらないだろう。
自然と涙が溢れ落ちる。
四十歳にしてゲームで泣くとかダサい――なんて、最早思うまい。
鼻から口周りにかけてグチュグチュになっている俺に苛立ったのか、周りのブースの奴らが壁ドンをしまくりやがる。
人生初の壁ドンが、本当の意味での“壁にドン”とは。……まあ構やしないさ。
それはそうと、感動の瞬間とはいえ、道中いくつか不可解な点に気がついた。
ここまでの道中で一切の魔物が現れていないこと。
先ほどの洞窟内とは違い、瘴気は微塵も感じられないから当然といえば当然なのだが、普通フロアボス的な魔物はいるものだ。
腑に落ちないというか、奥歯に挟まった異物にヤキモキする――そんな感じ。
また、敢えてスルーしていたが、雑に設置された謎の人工物も見受けられる。
やたらと短い鉄線のついた起爆装置。明らかに色の違う落とし穴風の何か。しまいには魔物に似せた何か。
そのどれもが、低レベルでもクラフト可能な簡易トラップであった。
恐らく到達者を阻まんとする目的だろう。
最古参プレイヤーの俺にとって、人工トラップを躱すのなんて夜飯前だ。いや、躱す必要すらないお粗末加減。
二十五年間、一日平均ログイン時間は二十時間を優に超える。それほど勤勉にプレイしてきた俺を舐めてもらっては困る。
しかし、一番気がかりなのは門の入口に不用意に置かれた謎の羊皮紙。
そこに書かれていたのは、ここへ来る誰かへの警告と呼ぶに相応しい内容だった。
『良識ある冒険者へ。絶対にこの門を開くべからず』
意味がわからなかった。
先ほどのトラップに、不自然なほど現れない魔物。そして人の文字で書かれた警告文。
まさか他に“到達者”がいたとは、正直想像もしていなかった。
気づけば奥歯に挟まった異物はどこか胃袋の方へ消え去っていた。
ここまで来て引き下がれってのか?
――答えはNOだ。
きっと、自分の他に門に到達してほしくない嫉妬心の塊みたいなオ○ニープレイヤーの嫌がらせだろう。
俺はそれらすべての疑念を払い除け、今までの辛い経験を肩に乗せ、重い門を開けた。
光に包まれたその先は、まさしく別次元だった。
白銀の玉座が神々しく鎮座しているのだ。
ヌフラムの玉座キターーーーーーーー!!
エンディングBGMこそないものの、何をすればいいのかはすぐにわかった。
ここに腰をかければ、すべてが完了する。
俺の惨めな人生で、唯一報われる瞬間が今まさに、この時だ。
白銀の玉座には、またしても一通の手紙が置いてあった。
だが今回は先ほどの羊皮紙とは違い、この時代設定に相応しくない便箋のようなものだ。
『この偽りの玉座はヌフラムのものでは無い。天と地が返される前にこの場から………』
また例の到達者の戯言か。
正直、安直な嫉妬心には飽き飽きしている。奴がなぜヌフラムの玉座を我が物にしなかったのかは謎だ。
それに、なぜ偽りだと知り得たのか。
――だが、もうそんなことはどうだっていい。
俺はここへ来るために生まれてきたのだから。
俺が、この世界の新たな神になるのだ。
噛み締めるように目を閉じ、腰をゆっくりと玉座に近づける。
これで終わる。そして始まる。新たな世界が。
「お帰りなさいませ、造物主様。裏コードを実行されますか?」
ひぇっ。
いきなりの不意打ちメイド風ボイスに、思わず声が……出るはずもないか。
このフロアには誰もいない。というか、玉座の他に何もない。
だとすると、この機械的な声は音声プログラムだということがわかる。
そのプログラムは造物主様やら裏コードやらと、訳のわからないことを抜かしてやがる。
どんなヘッポコプログラマーが開発したのかは知らんが、まず祝福の言葉を述べんか馬鹿たれ。
全く、雰囲気ぶち壊しだよ。
しかし、この後どうすればいいんだ。
裏コードとはなんぞ? 造物主とは誰ぞ?
ちんぷんかんぷんな俺を気遣ってか、再び音声プログラムが語りかけてくる。
「意識が困惑しているようですね、ヌルエル様」
意識はしっかりしている。それに思考も良好だ。
困惑しているのは、場違いな音声プログラムが訳のわからないことを仰っているからですよ。
なぜだか心の中でツッコミが止まらない。本当に意識が困惑しているのかな?
無駄な内的問答を繰り返していると、突如脳裏に電流が走る。
思わず、膝から全身にかけて震えが加速していく。
ちょっと待て。今、ヌルエル様と言ったか?
ここは光の神ヌフラムの玉座だろ?
なぜこの音声プログラムは、闇の神ヌルエルの名を呼んだのか。
またしても音声プログラムは、俺の疑念を晴らすかのように答える。
「ここは造物主であるヌルエル様が、天と地を返すために造られた聖域です」
こいつは俺の脳波を読み取って答えているに違いない。その証拠に、俺は一言も質問していないし(そもそも物理的にできない)、そのような操作をした覚えもない。
どういう仕組みだか知らんが、こいつは確かに“天と地を返す”と言った。
例の到達者が言っていたことと、まるで同じじゃないか。
それにヌルエルの聖域だと?
それぞれの神には“聖域”と呼ばれる場所が存在する。どの神にも例外はなく。
聖域とはゲーム内でボス戦があったり、キーアイテムを手に入れたりする重要なイベントが起こる場所だ。
ここアヴァラスト洞窟、もといアヴァラスト氷山は氷の神フィニムの聖域。
聖域は互いに干渉しないよう、何十キロも離れていると王都の文献で読んだことがある。
こう見えて俺は、王都所蔵の書物を数千冊網羅しているため記憶違いはない。
そしてヌルエルの聖域は、かつて俺が最も苦戦を強いられた絶望の地〈カオス・アース〉だ。
カオス・アースは、俺たちがいる次元には存在しない。その理由は単純明解で、ヌフラムが氷愛の封印呪文で別次元に封印したからだ。
いくら何者かが封印を解いたからとはいえ、俺たちが冒険している世界に直接干渉するなんてあり得ない。仮にできたとしても、物語そのものがひっくり返ってしまう。
俺は先ほどの検証をするため、心の中で音声プログラムに問いかけた。
「それはお答えできません。ただ……」
ただ、なんだよ。勿体ぶらずに言えよ。
「神は確実に存在します。存在しない神はおりません。信じれば、望む世界が手に入ることでしょう」
まったくさっぱりだ。
かれこれ四十時間はプレイしているせいで、限界が来ているんだろう。一度休んでからもう一度やり直そう。サ終が迫っているとはいえ、まだ三十日はある。
俺はヘッドホンを外し、そのままの体勢で眠りについた。
あの音声プログラムの言葉を思い返しながら。
願わくば――勇者支援部隊のみんなと、あんな世界を駆け巡ってみたいものだ……。
「裏コードを……承認します」
俺は、そう願ってしまった。




