第十六話「尸式魔術」
「プアちゃんはどうしてここに来たのかな?」
アイズが優しく尋ねる。
「ぷあは、さばくの中心でお遊戯たいかいがあるから、それに参加しにきたんだよ〜」
赤井の顔が一瞬引き締まる。
「プアと言ったな。お前、オアシスを目指してるのか?」
「おあしす? おいしす? それおいしーの?」
「食いもんじゃねぇ。砂漠の幻楽園オアシスのことだ!」
「ぷあ、難しいことはわかんなーい」
なんだこの、絶妙に話が噛み合わない感じは。
お遊戯大会とは何だ? コイツの発言をまともに受け取っていいのか疑問が残る。
と、その時、地を揺らしながら双頭のアースクエイクワームズが跳ね起きる。
死んでなかったのか!?
アイズは剣を、赤井は銃を、俺は右手を前に突き出し、臨戦体勢に入る。
赤井が弾丸を放ち黒煙が立ち込める。
その隙にアイズが乱撃を浴びせる。
唯一俺だけが躊躇していた。
さっきの感じ、魔術は発動できそうだ。だが、ファイネの言う「不完全詠唱は代償を伴う」という話が本当なら……。
魔蟲は二人の攻撃を受けても全く動じず、硬い身体を器用に使い反撃する。
攻撃を躊躇う俺を見て、プア・ファイネが動く。
猛進する魔蟲に対して、彼女は手をかざした。
「プアちゃん!?」
「!?」
アイズと赤井の表情が強張る。
しかしファイネは余裕の笑みを浮かべ、魔蟲に触れる。
「蟲さんつかまーえた」
途端に動きを停止させ、その場に硬直するアースクエイクワームズ。
「じゃ〜次は、ぷあの番ね」
そう言うと、彼女は毒々しい魔力を身に纏った。
身体の至る所に黒い紋章が浮かび上がっている。
あれはまさか……。
「あーぶらかたぶらー、ちちんぷいっ」
謎の詠唱を唱えたあと、彼女は人差し指を魔蟲の体に、ちょんっと触れさせた。
「ギィィィィイイイイイ」
途端に、アースクエイクワームズはその場に倒れ、絶命した。
「お遊び、かんりょ〜っと」
ファイネは振り返ってはニッコリと笑った。
何だよコイツ……。
まるで猛毒を持つ蛇にでも睨まれてるみたいだ。
その毒牙を突きつけられているような――薄気味の悪さ。
じわじわと迫る恐怖とは違う、本能を直接刺激するような危険を、彼女から感じた。
俺はこの術を知っている。
当時廃校舎で、よくアイツに聞かされたのを覚えている。
曰く、魔術は二つ+一つの術式から構成されると。
そして目の前でプア・ファイネが使った術式が前者の内の一つだ。
聖式魔術と相反する――尸式魔術。
俺たちが使う魔術は聖式魔術と呼ばれており、プラスの魔力を用いて魔術を生み出す術式である。
現代魔術の実に九割がこれに当たる。
そのため、聖式が省略され、単に魔術と呼ばれることが多い。また、魔法と称されることもある。
一方で、マイナスの魔力を用いて魔術を生み出すのが尸式魔術。あるいは呪術とも呼ばれる。
主に高位の魔獣や魔族が扱う術式で、聖式魔術とは異なり、死に至らしめる性質を持つ極めて強力な魔術だ。
しかし、その使用は困難で、人種で完璧に扱える者は一割にも満たない。
特徴的なのが尸式魔術使用時は、身体に独自の紋章が浮かび上がる。
彼女の身体に浮かび上がった紋章は、間違いなく尸式魔術のそれだった。
ファイネは尸式魔術を扱える数少ない人種ということなのか。
いや、そもそも人種と決まったわけでもない。
「えーっと、何のお話してたっけ? そうだ! おゆーぎ大会で優勝したら、パラステル産のシャコイルカのぱふぇが食べれるんだ〜。ぷあ、それが食べたいんだ〜」
歳のせいか、近頃の若者は何を言ってんのかさっぱりわからん。
よだれを滝のように流す彼女。魔術さえ使わなかったら間違いなく歳相応の幼い女の子であることに違いない。
「それじゃぁ、ぷあはもう行くね〜。あっそうそう、お兄ちゃん、おもちろい身体してるねー」
やかましいわボケぇええ!!
身体不自由者に言って良いことと悪いことがあんだろ!
「ひっとつのうっつわーに、ふったつのたまちぃ〜♪
ひっとつのうっつわーに、ふったつのたまちぃ♪」
ファイネは鼻歌を歌いながら走り去っていった。
現実世界では殆ど子供と接してこなかったため知らなかったが、子供の発言というものは、あまりにも鋭利でとても純粋なんだと、思い知らされる砂漠の夕暮れ時であった。
「行ってしまいましたね」
「あ、あぁ。何だったんだ?」
俺よりは間違いなく世間を理解しているであろう二人も、彼女の扱いにはお手上げ状態であった。
とりあえず、あんな得体の知れない奴には関わらないのが吉だ。
俺たちには俺たちのやるべきことがある。
今はこの腕を治し、大地の神に会うのが最優先。
「ところで赤井さんは、何で砂漠にいるのですか?」
アイズが赤井に尋ねる。
「そりゃあ、“ヘヴリンピック”に出るためっすよ!」
「へぶりん……ぴっく?」
ヘヴリンピックって……あぁ、アレのことか!
「四年に一度開催される武術と魔術の祭典っすよ。今回はオアシスで開催されるんすけど、場所がわからなくて困ってたんす」
ゲーム内では限定アイテムや特殊なキャラが手に入るイベントだったな。
もちろん俺は全てのヘヴリンピックに出場済みで、武術の各種目すべて一位を取っている。
「確か私たちもオアシスを目指しているんだったよね?」
俺はコクリと頷いた。
「おお! それじゃあ一緒に向かおうぜ!」
おいおい、どうやって向かう気だよ。
俺も行き方は知らんぞ。
ゲームでは闇雲に歩くか、ワープアイテムを使えば行けるが、そんな便利アイテム、この世界には無いだろう。
「そういえばまだ自己紹介が済んでなかったな。俺は赤井正……じゃなくて、レッドジャスティスだ。よろしくっす」
今さら名前隠しても遅ぇんだよ。
レッドジャスティス? どこかで聞いたことがあるな。
「私はアイズで、こっちがノックス。それからこの子がラパン。よろしく」
「もきゅう〜」
「それにしても兄ちゃん、やけに物静かだな」
「え、えっと……ノックスは無口なんだよ、ね?」
流れるようなフォロー、感謝致す。
俺は首を縦に振った。
「無口か。まるでノクターン・ザ・ライトニングみてぇだな」
コイツ、俺を知ってんのか!?




