第十五話「正義の味方プア・ファイネ」
男は、赤井正義と名乗った。
赤いバンダナを身につけ、背中には猟銃のような武器を背負っている。この世界に銃器の類は存在しない。つまり、この赤井正義を名乗る男が作り出したということだ。
また、赤井はアースクエイクワームのことを“砂漠の掃除屋”といっていた。砂漠の掃除屋というのは、ヘヴゲ内で期間限定配信されたダウンロードクエストの名称。そんなマニアックなDLCを知っている奴なんて、そうはいない。
「どうしたんすか? そんな難しい顔して」
つまり、赤井正義はヘヴゲをプレイしたことがあるということだ。
この男から何か手がかりを聞き出せれば、わかるかもしれない。
――何故、俺たちが融合異世界に連れてこられたのかを。
「赤井正義さんと言いましたか。先ほどは魔物を倒していただき、ありがとうございます」
アイズが丁寧に頭を下げる。
アイズよ、お礼も何も、魔蟲を連れてきたのはコイツなんだぞ。頭を下げる筋合いはない。
「ノックスも頭を下げて」
嫌だ。絶対に頭を下げるものか。
「ほら、意地張ってないで」
意地じゃねぇよ。俺は礼の安売りはしない性分なんだよ。
「俺のために喧嘩しないでくだせぇ。あんたらのサポートがなかったら、あんな魔物倒せなかったっすから」
お前のための喧嘩じゃねぇ。尊厳を保つための主張なんだ。
「それより、お二人は何でまた、こんな砂漠にいるんすか?」
「それは……」
アイズは言葉を詰まらせ、俺の方を見る。
そういえば、彼女に詳しい経緯を説明していなかった。Gペン無き今、俺たちのコミュニケーション手段はだいぶ限られている。これはどうにかせねばな。
オアシスへ向かう理由を説明するため、砂の上に絵を描く。
だが、さらさらと崩れる砂に線を描くのは思った以上に難しく、少し手こずってしまう。
そうして悪戦苦闘していると、二人と一匹がどこか慌てた様子を見せていることに気がつく。
お前らな、そんな急かすなよ。こちとら片腕がねぇんだぞ。
「お、おい……後ろ」
「ノックス、今は動かないでね……」
「も、もきゅきゅ……」
立ち上がって腰に手を当てる。
よし! これで完成っと。
肩に、ヌチャァ、と粘性の液体が垂れる。
触れてみるとかなりネバネバしていて、何よりめちゃ臭い。
二人と一匹の顔が蒼白になり、震える指で上の方を指していた。
何をそんなに驚いて……。
上を見ると、アースクエイクワームが口を広げ、今にも俺を丸呑みにしようとしていた。
しかも頭は二つに分かれているじゃねぇか……。
えっと……逃げろぉぉおおおおおお!!
三人と一匹で全力疾走する。
あれはさっきの魔蟲の上位種、双頭のアースクエイクワームズ。こんな時に進化したってのかよ。
先ほどよりも牙は鋭く、体はゴツゴツとした硬い岩で覆われている。
赤井は走りながら懐から拳銃を取り出し、魔蟲に照準を合わせる。
「根性全開リボルバーの鉛玉を食いやがれ!!」
一斉に放たれた六発の弾丸は、黒き炎を纏いながら一直線に進む。
目標に着弾すると、小規模な爆風を起こした。
「チッ、なんて硬さだ」
奴はびくともしていない。体表に鎧のように張り巡らされた岩が、攻撃を阻んでいる。
クソッ、なんて図体してやがる!
何か良い策はないのか。
ふと、フュンディーニの言葉を思い出す。
『神域に一度でも足を踏み入れた者は、その魔力が身体に刻み込まれる』
俺は、赤井やアイズのように魔力の才能がない。神層世界では、魔力を練るのにも苦戦した。
その場に立ち止まり、左腕を奴に向ける。
「ノックス、何を!?」
「死ぬぞ坊主!!」
死んだらフュンディーニに殺されるな。
場違いな笑みが溢れる。
物凄い速さで迫り来る双頭のアースクエイクワームズ。
恐怖から左腕が震え出す。
怖気づくな。
目を瞑り、あの時の感覚をイメージする。
風は大地を駆け巡り、生命を見届ける。
水を運び、火を燃やし、光闇に立ち向かう。
嵐は彼らに試練をもたらし、進化を待つ。
相反する愛を孕み、やがて地上を制す。
砂を巻き込みながら暴風が周囲を取り囲む。
そして、失った左腕の先に、強大な風の魔力が集まっていく。
これなら、いける!!
我が軌跡は暴……。
その瞬間、空が光り、謎の飛行物体が俺たち目掛けて落ちてくる。
「ひーろー、けんざーーん!」
そう言って、ソレはアースクエイクワームズの右頭部に突っ込んだ。
「……」
「……」
「……」
「……もきゅ?」
俺たちは口を開け、呆然と立ち尽くしていた。
砂埃が落ち着くと、そこにいたのは、少女というより四頭身ほどの幼女だった。
「今、なんか降ってきたっすよね?」
「え、ええ。何か人のようなものが……」
「もきゅきゅきゅ」
倒れた魔蟲の上で、ドヤ顔で決めポーズをしている幼女。
時折こちらをチラチラと見ては、ポーズを変えている。
腰まで伸びた薄ピンク色の髪に、同じ色の瞳。細身だが幼さが残るむちっとした褐色肌。
何故か上半身に衣服は着ておらず、代わりなのか胸元に包帯のようなものを巻いている。そして限りなく短いショートパンツ。
明らかな変態ファッションだ。
いや、このご時世だ。人を外見で判断してはならぬ。
何だコイツ。さっきからチラチラとこっちの反応を確認してくる。
アイズが拍手をし出す。つられて赤井も手を叩く。終いにはラパンも短い手を器用に叩いている。
その幼女は一瞬顔を緩めたかと思えば、再度顔を引き締めて、俺の方を見た。
いや、俺は無理だろ! この通り、腕が無いんだぞ。
どんだけ承認欲求高いんだよ、このチビ。
それでもポーズをやめないので、左手があるのを想定して、空を叩く。
すると幼女はニンマリと笑顔になり、空中で一回転して俺たちの目の前に着地した。
お前は誰だ?
そう思う前に、幼女自ら名乗りを上げた。
「じゃくしゃのために、今日もセカイを駆け回る、せいぎのミカタ! プア・ファイネ様だじぇ!」
プア・ファイネと名乗る幼女は、また腰に手を当ててポーズを決め込んだ。
そしてまたまたこちらの反応をうかがっている。
だからどんだけ承認欲求高いんだよ!
一通り拍手を済ませた後、アイズが頭を下げる。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「構わん。それが、せいぎのミカタのおしごとだからな」
つか何だよ、正義の味方ってよ。
「あっ、ぽーずぽーずっと」
ファイネがポーズを取る前に全員で拍手する。
彼女は満更でもない様子だ。単純過ぎだろ。
今度は何かを思い出したかのように、口を開いた。
「えーっと、まじゅちゅの不完全詠唱は、それ相応のだいしょーを伴うのです。特に、扱うまじゅちゅが強大であればあるほど、それはもう怖ーーいことがおこるのです。だじぇ」
俺は気が付いてるぞ。
お前、要所要所でカンペを見ていたな。バレてるからな。
口笛を吹きながらクシャクシャにした紙をポイ捨てするファイネ。
そのまま足で砂の中に追いやっている。
それよりファイネは、魔術の不完全詠唱はそれ相応の代償を伴う、そう言ったな。
彼女の登場のタイミングからして、恐らく俺の発動しようとした魔術を止めに入ったのか。
しかもあの高さから落ちてきて無事だなんて。魔蟲はこの有様だってのに。
とりあえず敵では無さそうだが、このプア・ファイネという人物、一体何者なんだ?




