第十四話「三人目の転移者」
砂嵐が行く手と視界を遮る中、俺たちは延々と続く砂漠を突き進んでいた。
目指すは、砂漠の幻楽園“オアシス”。
オアシスというのは、砂漠の遭難者が見る幻だと言われているが、ことヘヴゲにおいては実際に存在するエリアの一つだ。
オアシスは砂漠地帯にあるのだが、出現場所は気まぐれで、まさに運頼み。
俺たちがオアシスを目指している理由は二つある。
一つは、この左腕を治すためだ。
ゲーム内には怪我を治療する方法がいくつも存在する。
魔導都市の最高位回復術師に依頼する方法。あるいは、海底都市パラステルの秘宝“人魚の涙”を使う方法など。
剣と魔法の世界だけあって、治療手段自体は決して少なくない。
その中でも、ガルファラ渓谷から最も近く、なおかつ安全に向かえるのがオアシスだった。
意外にも、オアシス出身の回復魔術師は少なくない。様々な種族が混在する土地だからこそ、独自の医療魔術が発展しているのだろう。
もっとも、手負いの冒険者を抱えたまま砂漠を抜けるのは、多少なりとも不安がつきまとう。
とはいえ、べらぼうに難易度が高いというわけでもない。
二つ目は、フュンディーニが残した言葉だ。
「大地の神に会うと良い。彼女は立派な神だから、何かと助けになってくれるだろう」
彼女はそう言った。
確かに困った時は神頼みとは言うが、如何せん、その神がやや特殊な神なのが気後れする。
オアシスが大地の神の聖域というわけではないが、彼女はオアシスを好んでいるため、遭遇率は高い。
砂嵐が止んだところで、またしても俺の下半身が膨れ上がってくる。
「ノックスーー! 砂嵐止んだね!!」
俺より遥か先にいるアイズが手を振ってくる。
前屈みでその場に立ち尽くす俺を見て、彼女は首を傾げた。
「どうかしたのー? 早くこっちにおいでよー! 凄い眺めだよーー!」
おっ、おう。
下から見る彼女の胸もまた、さぞ良い眺めなのだがな。
砂丘から見下ろす景色はどこまでも雄大だった。
遺跡や神殿といった古代建造物が並ぶ中、その場にはあまりにも不釣り合いな電波塔が何本も突き立っている。
電波塔同士は、辛うじて電線で繋がれていた。
果たして、この世界にも電気は流れているのだろうか。
しかし、オアシスらしき場所は見当たらない。
すると、魔物らしき声が聞こえてくる。
「ケテェェエエエ!!」
ラパンも毛を逆立て、警戒している。
徐に鞘に手をかける。
しまった。グアルケラスは神層世界で粉々になったんだった。
左腕もこの有様だ。呪文印を結ぶことも出来ない。
今の俺に戦闘は不可能だった。
アイズが俺の前に立ち、手を伸ばす。
「戦闘は任せてよね、ノックス」
彼女は本当に頼もしい。
反面、自分が情けなく感じる。
魔物のような声はどんどん近づいてくる。
「助けてぇぇぇええええ!!!」
そこにいたのは、赤いバンダナを巻き、鉄製の何かを背負った二十代半ばくらいの男だった。
なんだありゃ。
一体何から逃げて――。
突如、地響きが鳴り、砂嵐が吹き荒れる。
砂中から姿を現したのは大型魔蟲アースクエイクワーム。
目は無く、ミミズのようにうねうねした体。
真ん丸の口には数え切れないほどの牙がある。
何よりも恐怖を覚えるのが、その馬鹿デカい図体。
全長は四〜五十メートルはあるだろうか。
ひ弱な叫び声を上げてきた男が、俺とアイズの後ろに身を隠した。
「何ですか!? この薄気味悪い魔物」
「そそそそ、そいつは……砂漠の掃除屋、アースクエイクワームだ!」
砂漠の掃除屋? 男の言葉が引っかかる。
「ここは任せて下さい!」
アイズは颯爽と飛び上がり、剣を振るった。
コイツは図体の割に、体表は意外と柔らかい。
だがしかし――。
切り裂かれた体から紫色の体液が飛散する。
彼女はモロに体液を浴び、その場に倒れ落ちた。
アイズ!!
膝を震わせる男の胸ぐらを掴み、お前のせいだ! と言わんばかりに魔蟲を指差す。
「な、なんだよ……」
さらに、男が背負っている銃のようなものを指差し、魔蟲を指差す。
「わ、わかったよ……やりゃいいんだろ! オラァァァアアア! かかってこいや!」
俺の気迫に怖気づいたのかはさておき、男は背負っていた銃を乱暴に構え、そのまま引き金を引いた。
銃口から無数の鉛玉が吐き出される。
男が銃を乱射している隙に、俺はアイズの元へ駆け寄った。
アイズ、大丈夫か?
駄目だ、意識がない。
毒性の体液のせいか、彼女の装備や衣服は見るも無惨に溶け落ちていた。
急いで彼女のバッグから水を取り出し、粘液が付いた部位を洗い流す。
ムクッ。
……違うぞ。絶対に今じゃないぞ、“ミニノックス”。
下を向くと、見逃しようもないほどギンギンに逆立っていた。
……違うんだよ。不可抗力なんだ。俺のせいではないんだ。
ムククッ。
心の中で否定をしながら、粘液を洗い流す。
ムクムクッ!
しかし身体はとても正直で、否定すればするほど、ミニノックスは活き活きとしてくる。
見たこともないくらい大きなテントを張る下半身。
男子として、お手上げである。
ご、褒美……なんて別に思ってないからな。
(少し思ってます……いや、だいぶ)
「もう限界なんすけど! 剣士の姐さん、目ぇ覚ましやしたかーー!?」
お前は黙ってひたすら鉛玉をぶち込んでろ! と、言わんばかりに魔蟲を指差す。
「ガンガン撃とうぜ! ってか。こちとら魔弾の装填に時間がかかるってのによ」
男は流暢にタバコを咥え、人差し指を突き立てると、指先から炎を出した。
男の背中に、アースクエイクワームの大きな口が迫りかかる。
まずい! あのバカ気づいてない!
必死に後ろを指差すが、銃弾の補充か何かで気が付く様子がない。
アイズもまだ目を覚ましそうにないし……。
クソッ、どうする!?
すると男の銃から、カチャッと音が鳴る。
「紅蓮式魔導火縄銃“紅”――魔弾装填完了」
そう呟くと、男は座ったままの体勢で肩に銃を担いだ。
その刹那、アースクエイクワームが男に喰らいつく。
避けろ!!
「紅に染まりやがれ。糞虫が」
ドギュゥゥーーーーーーンンッ!!
大爆煙が彼らを包み込む。
悍ましい奇声を上げ、その場に倒れるアースクエイクワーム。
す、凄ぇ……。
魔術にしては、呪文を唱えている様子はなかった。
銃から放たれた超高火力の攻撃は、俺の魔術への知識では到底理解出来ないものだった。
アースクエイクワームの傍ら、煤まみれの男もまた、その場で気を失っていた。
あの男、捨て身過ぎるだろ。
でも、そのおかげで難を逃れることができた。
アイズはというと、未だに目を覚まさない。
俺も回復魔術の一つでも学んでおくべきだった。
何も出来ずにいる俺の横で、ラパンが小さな声で鳴く。
「もきゅぅ……」
唐突にラパンの毛並みが薄緑色に変化する。
そのままアイズの身体を、小さな舌でぺろぺろと舐め始めた。
ラパンの奴、何をしてんだ?
俺を構いもせず、ひたすら彼女の身体を舐め続けるラパンを観察していると、次第にアイズの身体が薄緑色のオーラに包まれていく。
このオーラ……回復魔術か!
そうか、モフリーは、自分たちが生息する環境に応じた魔力を得る習性を持っている。
暴風が吹き荒れる地では風の魔力を、
灼熱の火山地帯では炎の魔力を。
それでもモフリーは低級魔獣。
冒険者たちは気にも留めない。
ラパンはずっとアイズと共に行動していた。
毎晩、俺に回復魔術を施す彼女の姿を見て、こいつは回復魔力を獲得したのだろう。
正式名称、妖精魔獣モフル・フェアリー。
フェアリー種というだけあって、回復魔術との相性は抜群だ。
みるみる内にアイズの身体が癒えていくのがわかる。
そう時間はかからずに、彼女の身体は元通りになっていた。
「あれ、私、気を失っていたの?」
あぁ、ラパンがお前を治してくれたんだ。
俺は心の中でアイズに語りかけた。
彼女はラパンを見て、にっこりと笑い、頭を撫でる。
「貴方が治してくれたのね。ありがとうラパン」
「もきゅ〜〜」
こんな短期間で魔物を飼い慣らすなんて、彼女の冒険者としての才能は目を見張るものがある。
間違いなく俺だったら難しかっただろう。
彼女は、何の算段もなく、自身の内面から滲み出る愛の力でやってのけた。そして、それに応えるかのようにラパンは、彼女を癒した。
君は間違いなく、最高の冒険者になるだろう。
「おーーい。俺を忘れんなよー! この赤井正義をよー!」
煤まみれの男がこっちに向かって走って来る。
やはり、アイツは三人目の転移者か。




