第十三話「風の友は去りぬ」
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失った左腕から焼けつくような痛みが全身を駆け巡る。
歯と歯を軋ませ、もがき苦しむ俺を、アイズはなす術なく見下ろしていた。
うぐぁっ、ぐっ、あぁ、ゔぉぇ・・・
声が出ないことが、こんなにも辛いなんて。
今の今まで忘れていた。
のたうち回る俺に手をかざすアイズ。
その手は物凄く震えていた。
回復魔術は必ず対象を必要とする。
誰を回復させるか、何を回復するか。
それを定めなければ、魔術は発動しない。
手が震えるのも無理はない。
彼女からしたら、治癒するべき対象が無いのだから。
彼女は俺の無い左腕を見て、目を背けた。
それでも声を震わせながら、呪文を詠唱し続ける。
彼女の精一杯の声は、どんどんと遠のいていった。
白目を剥き、口元から粘液をこぼしながら、俺の意識は途絶えた。
目を覚ましたのはアルファスの家だった。
入口側の壁は無く、食器棚の下には割れた食器が散乱している。
穴の空いた天井からは雨水がこぼれ落ちてくる。
もはや家と呼ぶには、あまりにも見るに堪えない姿をしていた。
かつて入口があった方向から足音が聞こえてくる。
俺はなんとなく目を瞑った。
この足音はアイズか。
彼女は俺の枕元付近にあった椅子に腰をかけて、徐に語り始めた。
「ねぇノックス。今日はさ、この辺りの森を探索してきたんだよ。そしたらグリズリーの親子に遭遇しちゃって、ずーっと追っかけられたんだ。逃げるのに必死で食糧は落とすし、本当大変な目に遭ったよ」
子連れの魔物を殺さないとか、どんだけ平和ボケしてんだか。彼女らしいっちゃ彼女らしいがな。
「昨日なんて、隣の村に包帯を取りに行ったら、家の中にこーんなに大きな紫色のカエルがいたんだよ。ビックリして腰抜かしちゃったよ」
わざわざ俺のために危険を冒してまで、包帯を取ってきてくれたのか。
つか隣の村まで一日半はかかるだろ。
彼女には迷惑を掛けっぱなしだ。まだ一つしか借りを返してないってのに。
彼女は声を震わせ、ベッドにもたれかかった。
「ノックス……早く目を覚まして。またこの世界のお話を聞かせてよ。お兄ちゃんみたいに私を置いて行かないで……」
俺は重たい身体を起き上がらせて、彼女の頭に腕を置いた。
ごめんなアイズ。独りにさせちまって。
「ノッ……クス」
彼女は顔を上げ、抱きついてきた。
その目に涙を浮かべて。
痛い!! まだ相当な病人だぞ。
嬉しさと痛みが入り混じる、昼下がりであった。
◇
よく晴れた心地の良い天気。
出発には申し分のない日だ。
清々しい春風や水のせせらぎを感じながら、俺たちは川辺を歩いていた。
あれから三日が経ち、俺とアイズは再び旅を始めた。
腕の痛みは、彼女の献身的な回復魔術のおかげで、だいぶマシになった。
毎日六時間もの回復魔術を施してくれたのだそうだ。
また、回復魔法だけでは補いきれない包帯や薬草、食糧を探しに出てくれた。
言葉にならない程の感謝を、彼女にはしっぱなしだ。
ようやく歩けるようになった頃、俺はアルファスの家付近でフュンディーニの痕跡を探した。
しかし、彼女を見つけることは出来なかった。
その場に立ち止まり、振り返っては遠く離れたアルファスの家を見つめる。
「ノックス、急に立ち止まってどうかしたの? まだ腕が痛む?」
俺は顔を横に振った。
彼女ならきっと大丈夫だ。
何故なら、神は決して死なないのだから。
そうだろ、フュンディーニ。
三時間程歩き、ようやく俺がこの世界に来て目を覚ました中央通りまで戻ってきていた。
こうして見ると、とても懐かしく感じる。
ずっと寝ていたせいで足腰が弱っているのか、この程度の移動でも結構な疲労が溜まる。
今日はこの辺にしよう。
明日は砂漠を抜けなければならない。
俺たちは倒壊の心配がなさそうな廃墟ビルに入った。
幸い、ビル内に龍種や魔物の姿は見当たらない。
フュンディーニがいなくなったことで、加護も失われたのだろう。
魔物たちは、もはやガルファラに留まる理由を失い、大陸中へ散っていったに違いない。
――不幸中の幸い、というやつか。
すると、建物の奥から物音がする。
アイズが剣を構える。彼女の表情、姿勢、魔力から、その成長度合いが見てわかる。
物陰からひょこりと姿を現したのは、縦に長く伸びた耳と、ふわふわの白い毛並みを持つ魔物――モフリーだった。
この辺りでは比較的珍しい、害のない魔物だ。
「もきゅ……」
「どうしたの? ひとり? 家族はいないの?」
彼女は徐にポーチからパンを取り出して、モフリーに与えた。
俺たちの食糧はギリギリだって言うのに。
モフリーは基本的に群れで行動する。
そうでないとなると、仲間とはぐれたか。
野生の魔物は基本的に人には懐かない。
それこそテイマースキルでもない限り容易ではない。
「もきゅもきゅもきゅ〜」
相当腹が減ってたのか、モフリーはアイズが差し出したパンを一生懸命に頬張った。
そんな光景を見ていると、突然俺の腹が大きな咆哮を上げた。
「ぐるるるるるぅ……」
俺は何故だか口からよだれが垂れていた。
モフリーは途端に食べるのを止め、彼女の後ろに隠れて警戒し出す。
彼女は俺とモフリーを交互に見て、断言した。
「ぜっっったいに駄目だからね。この子は食べ物じゃありません! 私が面倒みます。ねっラパン」
「もきゅう」
ラパン? それがコイツの名前か。
まっ、そこまで言われたら仕方がない。
俺はラパンが食べ残したパンくずを口に放り込み、そのまま眠りにつく。
彼女たちと俺との間には、簡素な仕切りが立てられていた。どうにも、寝ている間にラパンを食べないように、だそう。
安心しろ。俺はそこまで野蛮ではない。
ないのだが……。
どうにもこうにも、最近俺の息子の様子がおかしい。
喉の奥が刺激を求め、腰回りが勝手に動き出す。
気がつくと右手は下半身に伸びている。
この世界にもあるんだな、ムラムラする感覚が。
仕切りの隙間から、アイズたちのいる女子部屋をそっと覗く。
装備を外した彼女は、薄手の衣服一枚という無防備な格好だった。横向きでラパンを抱きかかえており、その体勢がいい具合に胸を押し上げている。
えっと、絶景かな。
背徳感と欲情が入り乱れる。
気がつくと、膨れ上がった下半身に手が伸びていた。
ハァ、今すぐこの城門を突破したい。
そんな妄想をしながら手を上下していると、その振動で足元にあった瓦礫が割れる。
やべっ!?
急いで横になり、目を瞑る。
バレてないよな?
こんな生殺しの生活、いつまで続くんだか。




