第十ニ話「覚悟」
「よく言った」
彼女は不気味なほど笑顔だった。
やる気を取り戻した俺は、手を伸ばし、再び魔力を練る動作に入った。
うかうかしてられない。早くここから出るんだ。
「それはもういい」
「どうしてでしょうか?」
「言っただろ? お前の魔力適性を見定めると。それを終えたのだから、もう魔力を練る必要はない」
確かに今までのは、あくまで俺の魔力を確認する作業。
しかし、その成果を得られなかったのだから、せめて初歩的な魔術を繰り出せるまでは特訓するべきなのでは?
そんな俺の向上心を打ち砕くかのように、彼女の目つきが変わる。
その視線は冬風の如く、俺の体を震わせた。
なんか怖っ。
「これより、神域魔術を習得してもらう」
いやいやいや、流石に冗談だよね?
こちとら基礎の基礎もままならない、ヨチヨチ歩きですよ。ほら、僕の手を見てよ。赤ちゃんみたいにぶるぶる震えてるよ。
少し抗ってみたが、彼女の目つきが変わることはなかった。
「無理に決まってるでしょ! 先生、今までの俺の魔術見てたでしょ!?」
彼女は表情を変えずに答える。
「いや、それがそうでもない。お前は過去に一度、神域魔術を使っている。閃光を孕んだ至高の魔術をな。神域に一度でも足を踏み入れた者は、その魔力が身体に刻み込まれる」
まじっすかー。
めっちゃ俺TUEEEEじゃん。
先生がそう仰るならそうなんでしょう。
「でもだとしたら、何で光属性の魔力も操れなかったんだ?」
「それはお前がアタシらの聖域ガルファラにいたからだ。詳しくは分からんが、あの時、お前の魔力とアタシの魔力が繋がった。そのおかげでお前は、一時的に神域魔術を扱えたというわけだ。ちなみに、お前が話せるのも風の加護によるものだ」
なるほど。
今は外界、つまり聖域と遮断された空間にいるから魔術が使えないということか。
俺が神域魔術を使えたのは、たまたま聖域内にいて、偶然、風の神の力を借りることができたから。
つまり、何もかも俺の実力ではなかったということ。
「どっちにしろ神域魔術なんか使えないじゃんか。ここでは神の力は封じられてるんだし」
俺のせいでな。
「全く、鈍い奴だ。だからソレを使うんだ」
手に持ったグアルケラスを見る。
「ただし、チャンスは一度きり。その短剣に残された加護は、魔術一発分だけだ」
「モノに宿った加護って消耗すんのか?」
「よっぽどのことがない限り、加護が無くなるということはない。加護を与えた神自身が取り上げない限りはな」
俺がグアルケラスを投げた時に、貴方は加護の力に気がついて、その一部を取り上げたってことですね。だから一発分しか残されていないんですね。
……了解、把握、承知しました。
でも、
うだうだ言っていても仕方がない。
やるしかないんだ。
絶対に一撃で決めてやる。
「なぁ、一つお願いがあるんだけど」
「何だ?」
「この空間は、外界と遮断されている。俺の予想が正しければ、外の時間は停止していると思うんだ。その証拠に腹は減らないし、眠くもならないだろ?」
「なるほど。確かに理には適ってるな」
「だからさ、俺の特訓に付き合ってください!」
腰を綺麗に九十度曲げ、頭を下げる。
彼女は承諾も、拒否もしなかった。
が、代わりに口角を上げた。
俺は風の神に稽古をつけてもらうことができた。
「もっと全力で殴りかかってこい! 腰を落として、体勢を低く! 相手の次の攻撃を予測しながら戦闘を構築しろ!」
彼女は、こと戦闘となると活き活きとしていた。
暴嵐を愛する神は、戦いには執着するが、それ以外のことには全く興味を示さない。
逆に言えば、戦いを教わるという点に関しては、彼女以上の適任者はいないだろう。
超スパルタ教育という点は耐え難いが。
「何を余計なことを考えてる! 戦場では一つのミスが大事を招く! 敵の能力や魔術を見定め、使える物は全て利用しろ!」
「ハァハァ、はい!!」
「絶対に敵を屈服させる、それだけを考えろ。仲間のことなど考えるな! その中途半端な気持ちが敗北を生む! 戦場で頼れるのは己のみだ!」
「はい!!」
「戦闘の基礎は、一に特攻、二に特攻だ。攻めて攻めて攻めまくれ!」
「はぁぁぁい!!!」
時計なんてモノはないが、恐らく何十時間、何日と経っていただろう。
俺たちは時間を忘れ、戦いに明け暮れた。
彼女の指導は的確で、俺は驚くほどのペースで成長していった。魔術に比べて、こういった戦闘の方が親しみがある分、体に馴染んだのだろう。
それでも、彼女の攻撃を完全に躱しきることはできなかった。せいぜい、一撃だけ頬を掠める程度に逸らしたのが限界だ。
そんな俺を見て彼女は、どこか愉しげに、わずかに口角を上げていた。
「師匠、ありがとうございました!」
「アタシは何もしていない。だが、よく頑張ったな」
いつになく彼女は優しかった。
その表情はどこか、悲しげなようでもあった。
「お前はここを出たらどうするつもりだ?」
「わかりません」
「そうか。なら大地の神に会うと良い。彼女は立派な神だからな。何かと助けになってくれるだろう」
そうして俺は、覚悟を決めた。
呼吸と精神を整え、グアルケラスを握る。
「もう一度言う。チャンスは一度きりだ。その短剣に残された風の加護を使って、全力で神域魔術を放て。良いか、どんなことが起きても、絶対に中断するな。迷わず全力だ」
「はい」
魔術の使い方なんてわからない。
魔力の練り方もろくに知らない。
それでも俺は、魔術を、この世界をめちゃくちゃ愛してる。
覚悟を決め、グアルケラスを右手に突き刺す。
手のひらから大量の血が溢れ出る。
そして目を瞑り、印を結ぶ。
「風は大地を駆け巡り、生命を見届ける。
水を運び、火を燃やし、光闇に立ち向かう。
嵐は彼らに試練をもたらし、進化を待つ。
相反する愛を孕み、やがて地上を制す。
我が軌跡は暴嵐なり」
右手を天高く掲げた。
嵐が吹き荒れ、延々と続く何もない空間を切り刻みながら押し広げていく。
ダメだ。全然足りない。
もっと強く、もっと激しく!
短剣を口に咥え、左手に突き刺す。
激しく揺れる右手を左手で支える。
そして、心の闇を全て曝け出す。
「壊れろぉぉぉぉおおおおおお!!」
暴風は黒く染まり、漆黒の大竜巻が天高く伸びる。
それは自身の身体をも切り裂いていった。
「(成ったな……)」
後ろを振り返ると、風の神が膝を突いていた。
初めて見る彼女の姿に、何故だか俺の心は強く締め付けられた。
「師匠!」
「構うな、続けろ!!」
「でも」
彼女は微かに笑んでいるようだった。
「本当に救いようのない馬鹿だなお前は。神は……死なん。死なないから神……なのだ…………」
言いかけた言葉が終わる前に、彼女は前方に崩れる。
「フュン……ディーニ!!!!」
黒き暴風は空間に亀裂を生じさせ、その勢いを緩めることはなく、空間ごと打ち砕く。
天は蒼く、眩い光が差し込めていた。
木々が揺れ、朝霜が頬に零れ落ちる。
ようやく、出られた……。
いつものように涙が溢れる。
それはいつもとは違う味の雫だった。
外の世界は相変わらず、俺たちの戦闘でできた凄惨な姿をしていた。
そうだ、フュンディーニはどこだ!?
辺りを見回しても、フュンディーニの姿は見当たらない。
フュンディーニ!! どこだ! いるなら返事をしろ!
畜生、なんで声が出ねぇんだよ。
それでも喉が千切れるほど、全力で彼女の名を呼んだ。
「ノックス……」
後ろの方から、声が聞こえてくる。
ったく、いるなら返事くらいしろよ。
しかしそこに立っていたのは、傷だらけのアイズだった。
彼女は顔を強張らせて口を開いた。
「その腕……」
俺の左腕は、無くなっていた。




