第十一話「魔力適性」
「何故早く言わなかった!!」
いくら神にとって時間はほぼ無限とは言え、隣で苦しんでる人間がいるんだぞ! 手を差し伸べてやるのが神ってもんなんじゃねぇのか!?
どこの誰がコイツのことを神なんて崇めてんだよ。
ブチギレ散らかす俺に対して、彼女は冷静に答えた。
「聞かれなかったからな」
んだよ、その指示待ち人間の模範的な解答は!
そりゃ神は願われ待ちみたいなとこはあるけどよ、今は違うだろ。TPOを考えろっつんだ。
既に脳がイカれ済みの俺は、ポケットに手を突っ込んだまま、彼女にメンチを切っていた。
「近い」
そう言って彼女は、俺にデコピンをした。
気がついた時には、四〜五メートルほど吹き飛ばされていた。
脳は痺れ、視界が揺れる。軽い脳震とうを起こしたようだ。
「痛ってぇ。何すんだよ! 死んだらどうすんだ」
いくら力を封じられたとは言え、神は神。フィジカルでは到底敵わない。
俺はおでこを押さえ、痛みが落ち着くのを待った。
「殺してくれと懇願したのはお前の方だろ」
ぐうの音も出ない。
言い返す言葉も見つからず、俺はゆっくりと腰を上げ、彼女に尋ねた。
「それで、どうやってここから出るんだ? 魔術を使わずに出られる方法でもあんのか?」
「半分正解で、半分不正解だ。大地の神なら出来る可能性はあるが、アタシにはそんな芸当は無理だ」
同じ神でも、出来ることと出来ないことがあんのか。
そこは人間と同じで、得意不得意があるんだな。
ちょっと神に親近感が湧いてきたりもする。
てか大地の神ってそんなすげぇ力があったのか。
あのエロ神はエロだけが取り柄じゃなかったのか?
そんなことより、
「勿体ぶらずに言えよ」
「この神層世界は、神の力を封じる作用がある。つまりアタシは魔術を使うことが出来ない。それなら、アタシの魔力を使えばいい」
「……」
この言い回しはあれか? よく神の間柄で使われる、所謂ことわざ的な何かかな。
魔術は魔力を練ることで発動される。
さっき彼女は自分で魔力を練れないと、そう言っていた。
ははん。さてはお前もとうとう脳みそがバグってきたんだな。
俺はニヤけながら、彼女の間違いを訂正した。
「いいかい? 君はさっき自分の口で、魔力を練れない、そう仰ったのだよ。もうそんなことを忘れてしまったのかい? うんうん、わかるよ。こんな閉鎖的な空間に閉じ込められてるんだ。いくら神とて精神に異常くらいきたすよな」
盛大な煽りをかました俺を一蹴するかのように、彼女は淡々と答える。
「お前のその短剣――グアルケラスと言ったか。そいつは、アレが作り出した魔物の角から出来ているのだろう?」
「あぁ」
グアルケラスは、ベヒーモス・グアルの堅角で作った短剣だ。だがそれが何だと言うんだ。
「つまりその短剣は風の加護を受けている。微量だがアタシら、風の神のな」
「!?」
マジか。でもグアルケラスは、アルファスの家でコイツと戦った際に、投げて落としてしまった。
徐に鞘を開けると、そこには黒き短剣が収納されていた。
「なんであるんだ。お前との戦いで無くしたと思ってたのに」
「“大切なもの”かと思ってな。戯れの最中に返しておいた」
あれが戯れだったってのかよ。
あんな大量の魔法陣を展開しておいて、よく言うぜ。
グアルケラスを見ると、不思議と安堵感に包まれる。
「お前、帰ってきたんだな」
不安なこの状況でも、こんなにも心の支えになってくれるなんて。
俺はお前を作って良かったよ。チュッ。
彼女は冷ややかな目で俺を見ていた。
「お前、相当キモいぞ」
んなことお前に言われなくとも、とっくに気づいとるわ! こちとらもう手遅れなんじゃボケ。
彼女は目の色を変え、俺たちを指差した。
「それを使って、持てる最高の魔術を放て」
彼女の唐突な発言を、俺の脳はうまく処理出来ずにいた。
えっと……。
「そもそも俺、魔術なんか使えませんけど?」
静寂が俺たちの間を過ぎ去っていく。
呪文の大半は頭に入っているが、知っているのと使えるのとは、また別の話。
そもそもノクターンは剣士として育てていた。
圧倒的な火力を武器にしていたため、魔術なんてものに触れる機会は多くはなかった。
使ったのはサブクエくらいかな。それも最初から備わっている簡易的なやつだけ。
戦闘中の魔術に関しては、いつもアイツに任せっきりだったから、尚更だ。
それにヘヴゲは、中盤に差し掛かる少し前に、武の道を目指すか、魔術の道を目指すか、選択を余儀なくされる。
武の道を選べば、剣や近接戦闘が主軸となる職業に就く。一方で魔術の道を選べば、魔術師や賢者などの中・遠距離タイプの職業に就く。
また、その選択でストーリーも分岐し、剣士や武闘家は剣皇国シンソルヴァへ、魔術師たちは魔導都市ウェザルディアへと進むことになる。
彼女はしばらく考え事をした後、腕を組み、答えた。
「仕方ない。アタシがお前の魔力適性を見定めてやる」
おお。神が直々に魔術の教鞭を取ってくれるのか。
これは何とも心強い。
少年漫画ではありがちな、主人公の力の方向性が示される重要な回。
俺にも知られざる力があったりして。
さっそく俺は、手を前に伸ばし水をイメージして魔力を練った。
程なくすると、手のひらが濡れ始める。
おお! いいじゃんか。
これが水属性の魔力か!
魔術ってのは、やってみると案外簡単なんだな。
意気揚々と魔力を練り続ける。
「どうっすか先生。俺の魔術イイ感じでしょ?」
「それは、ただの手汗だ」
「え」
こんなに頑張って魔力を練ってるのに?
んじゃあ、もっと練り出せばいいんだろ。
俺は出来る限りの激流をイメージして、魔力をひたすらに練った。
ピチョンッ
手のひらから水滴がこぼれ落ちる。
「何だその、ガキのションベンみたいな魔力は」
俺には水属性の魔術の才能は無いみたいだ。
次っ!
続いて火をイメージして魔力を放出する。
手のひらの前でパチパチと弾ける火花。
これだと駄目だ。もっと、火力を上げるぞ!
俺の手を見て、彼女の目が開く。
キタか!?
「これはこれで驚きだ。こんな単純な魔力も練れんとは、やっぱりカスだなお前」
先生は案の定、スパルタであった。
だが落ち込んでる暇は無い。
ええい、次だ次っ!
それから風やら氷やらの属性の魔術を試したが、からっきしであった。
光属性に関してはそこそこ自信があったんだけどな。
自分の魔術の才能の無さに落胆する。
「次が最後だ。この属性が使えなければ、お前は魔術師としてはゴミ以下。まっ、適性があっても困るがな」
彼女の言われる通りに、目を瞑り、なけなしの魔力を捻り出す。
仄暗い暗がりをイメージしながら、心の底にあった闇を手のひらに集約させた。
「……」
「どうっすか先生? 何も見えないっすけど」
彼女は黙ったまま、口を開くことはなかった。
まっ、どうせこれも駄目だろう。
薄々は気づいていた。
俺には魔術の才能、と言うより、人としての才能がない。
俺の親曰く、俺は小学生の頃から手のかかる子だったらしい。周りの子らが普通に出来ることが、俺には出来なかった。
担任の先生曰く、俺の脳は発達が遅れていたらしい。俺だけの特別なテストでも、いつも赤点ばっかりだった。
同級生曰く、俺と遊んでてもつまらなかったらしい。次第に遊びにも誘われなくなった。
いつしかそれらは、心の奥底に溜まっていった。
俺はどうして、人と同じことが出来ないんだ。
どうして普通じゃないんだ。
そしてどんどんと、自分が嫌いになっていった。
その頃から学校にも行かなくなった。
所謂、不登校児ってやつだ。
そんな時だった。ヘヴゲと出会ったのは。
ある日、父親がゲームを買ってきたのだが、「つまらないクソゲーだ」と言って、すぐにゴミ箱に捨てた。
それを見ていた俺は、夜になってゲームソフトを拾い、父親が仕事に行ってる昼の間にやり込んだ。現実生活ではダメダメだった俺だが、ゲームの中では常に世界の中心にいた。
キャラクター達はいつも温かく迎え入れてくれて、ゲーム世界の親は常に優しく、師は俺を見離さずに稽古を付けてくれた。
一緒に旅に出る友たちは、俺を信頼してくれた。
しかし、俺は気が付かなかった。
ゲームの世界にのめり込むほど、現実の俺が死んでいってることに。
俺の心を蝕み、奥底に閉じ込めていた闇を膨張させていたことに。
しばらくして、彼女は口を開いた。
「結果を言うまでもない」
やっぱりだ。
手を下ろし、拳を握りしめる。
実際の俺なんて、何の才能も無い。
一度でも、この世界の主人公になれるかも、なんて勘違いした自分が、情けなく惨めに思える。
結局、この世界に来た時と何も変わってないじゃないか。
今だって未だに目を開けられずにいる。
現実を受け入れるのが怖いんだ。
やっぱり、なんて思っていても、心のどこかでは認めてもらいたいんだ。
パァン――
頬がじんわりする。
瞼を開けると、目の前には彼女の赤みがかった手があった。
俺の駄目さに呆れて、彼女は叩いてきたんだ。
「お前は才能がない。並大抵の人間なら、生まれてすぐにでも扱える魔術がお前には扱えない。周りからしたら、お前は切磋琢磨するに値しない落ちこぼれだろう」
わかってるさ……そんなこと。
「いいや、何もわかってない」
彼女、心が読めないんじゃ……。
「きっと、自分の気持ちなどわかるまいとでも思っているのだろう。だがな、これだけは言っておく。魔術師において最も大切なことは、才能の優劣なんかじゃない。自分がどれだけ魔術を、この世界を愛しているかだ」
今まで堪えてきたものが、こぼれ落ちる。
彼女の言葉は容赦なく、あまりにも大き過ぎた。
「いいかノックス・ファルシュ。お前が思ってる以上に、人と神に大差は無い。むしろこの世の全てが有限であるお前の方が、より世界を繊細に感じ取ることができる。風の強さを知り、水の音を聞き、火の熱を感じ取れる。光と闇、双方の利を享受することだってできる。お前はそんな世界に愛された自分を憂うと言うのか?」
彼女の言葉は、俺の心の奥底にこびりついた闇を、一瞬で吹き払った。
俺は単純な人間だ。
泣いてばかりで、すぐに立ち直っては、また落ち込む。
延々それの繰り返しだ。
だが、それでも――
「俺は……」
ようやく理解した。
彼女が何故、風の神として崇められているのかを。
「絶対に諦めません! 俺は貴方をも超える、史上最強の魔術師になってみせます!」
この短剣に誓って。




