第十話「神層世界」
俺と◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎は、しばらく"目を見つめ合わせていた"。
これは違う。そう言った意図も意味もない。
青春の味を知った気でいる俺は、これがそういう類のものではないと、すぐに理解した。
確かに◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎は美しい見た目をしているし、俺好みの女性でもある。何よりエロい。
だが、アイズとした……ち、ちう、みたいに心臓が高鳴ることはなかった。
つか、心の中でも名前を呼べねぇのかよ。
「なぁ、お前の名前、心の中でも言えなくなってるぞ」
俺は、今起きていることをありのまま伝えた。
それを聞いた彼女は、とても冷静だった。
「うむ。そのようだな。この空間はアタシの……というより、“神そのもの”を封ずる作用があるようだ」
「神そのもの?」
「あぁ。試しに他の神の名を言ってみろ」
彼女に言われるがまま、俺は他の神の名を、指を折りながら口に出した。
「大地の神が◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎で、氷の神は◻︎◻︎◻︎◻︎だろ? それから炎の神が◻︎◻︎◻︎で、他はえーっと……って、マジじゃんか! 気づいてたんなら早く言えよ!」
「言えないから気づいたのだ」
それもそうだ。恐るべし、氷愛の封印呪文。
冷静にツッコミを入れる◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎には、流石は神といった貫禄がうかがえる。
つか、封印呪文にこんな力が隠されていたなんて。
安易に魔術なんて使うもんじゃないな。
「しかし厄介だな」
彼女は珍しく悩んでいる様子だった。
「何が厄介なんだ?」
「“アレ”に変われたら、何か良い策でも思いつくと思ったんだがな」
アレに変われたら?
奥の手でも持ち合わせていたのか?
「アレとは?」
「決まっているだろ。成長を司る風の神だ」
まるで、自分が風の神ではないかのような物言いだな。
彼女の言葉の真意は、すぐに判明する。
「それはお前のことだろ?」
「いや、アタシはアレのような知性は持ち合わせていない。何故なら、アタシは暴嵐を愛する風の神だからな」
成長を司る風の神?
暴嵐を愛する風の神?
まるで風の神が二人いるような言い方だ。
彼女は続けざまに、自身について語り始めた。
「風というのは静寂と暴風、その両方の性質を併せ持つ。つまり、静と動は表裏一体なのだ。お前が最初に会った、紅茶好きの淫乱女が“成長を司る風の神”。そして、アタシが破壊的な性格をしている、お前の言うところの“暴力女”――暴嵐を愛する風の神だ」
「なんかすんません」
神への無礼をお許しください、神様。
神の目の前で、神様へ許しを乞う滑稽な男が今まで、どこにいただろうか。
ここにいるんだよ。
そんな米粒ほどの罪悪感など意にも介さぬとばかりに、◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎は説明を続けた。
「アタシらは、自身の神名を口に出すことで入れ替われる。まぁ、この空間では神名を言うことができないんだがな」
曰く、彼女は二重人格――いや、この場合は二重神格と言った方が正しいのだろう。
自身の名前を口に出すことで人格が切り替わるらしい。
自分を“妾”と呼んでいたのが、成長を司る風の神。知性に富み、淫乱な性分。
一方、“アタシ”と名乗っていたのが、今目の前にいる暴嵐を愛する風の神。破壊的な性格をしているとのことだ。自覚あんのね。
あの違和感の正体は、これだったのか。
「昔、人種にしてはそこそこ魔術を使える奴がいてな。そいつが言っていたことを思い出した。『完璧に錬成された魔術は、術者でさえも紐解く隙間がない』とな」
大賢者アルファス・ペンドラゴンのことか!
やはり、この世界のどこかにいるんだな。
魔術師の最高峰、七大君臨者の一人。
あぁ、一度会ってみたいなぁ。出来ればサインの一つでも欲しい。
……って、そんなことより今はここを出ることだけを考えるんだ。
彼女の話から推測するに、この封印呪文を解くことは出来ない。
そして、それは彼女にもどうすることも出来ない。
「てことは、ここから出られないじゃねぇか」
悪戯に時間だけが過ぎ去っていく。
何もない空間で、何もすることがない。
何十分経っただろうか。
何時間経っただろうか。
時計もないし、時間感覚がバグっていく。
爪の垢を取り、チラッと彼女を見る。
立ち上がっては腰を伸ばし、また座る。
そして彼女をチラッと見る。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎は、ただ立ち尽くしていた。
何を語ることもなく、ただそこにいるだけ。
もしかしたら、もう何日……いや何年も経っているんじゃないか?
あーもう、おかしくなるって!
あーゲームがしたい。それかドリバの炭酸飲料が飲みたい。
それからさらに時間は流れ、貧乏揺すりと頭を掻くことしかできない虚無空間の中で、俺はどんどん壊れていった。
「いっそのこと、あの時死んでいればよかった。あの時だってそうだ。成功体験が俺自身の首を絞めるなんて……。なぁ◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎、俺を殺してくれよ。頼むよ。なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ。俺が何したって言うんだクソッ。クソクソクソクソクソッ!」
こんな状況でも眉一つ動かさず、座ることもなく立ったまま、俺を無視する彼女。
流石は何百年、何千年と生きてきただけはある。
こんなこと、彼女にとっては一瞬の出来事なのだろう。
さらに長い年月が経った。
それを知り得たのは、俺が時間感覚を身につけたからではない。
頭を掻きむしった際に落ちた髪の毛を、一本ずつ並べていたからだ。
それでも、一日ごとに並べていたわけではない。
髪が抜け落ちるたび、ただ並べていただけだ。
「ここから出る方法は無いのかよ!!」
砂漠に潜む魔蟲アースクエイクワームの新鮮な内臓のように、身体をジタバタさせながら、ベヒーモスの咆哮の如き大声量で叫んだ。
どうせ誰も聞いてない。知るもんか。
すると、唐突かつ超久しぶりに彼女が口を開いた。
「あるぞ」
「あんのかい!」
んなら、もっっっと早く言え脳筋暴力神!!!




