第九話「感謝」
これまでの旅が走馬灯のようにフラッシュバックする。
走馬灯になるほどの思い出はないのだが。
まだゲームで言うところの最初のステージだし。
死んだら、元の世界に戻れたりしないかな。
……いや、それも無理か。
この世界に未練がないと言えば嘘になる。
こんなんなら、もっと楽しんでおくべきだった。
せっかく剣と魔法の世界に来たのに、魔法は一発だけ、剣は作って終わりだなんて、しょうもなさ過ぎる。
まっ、俺にはお似合いの顛末か。
むしろ、よくやった方だろ。
ようやく、アイツに会える。「よくやった」「お疲れ様」とか、温かく迎えてくれたら嬉しいな。
出来れば、喋れる状態のまま逝きたい。
アイツとの積もる話があるんだ。手話や自己紹介石を使った会話とか、興が醒める。
フュンディーニの最強の魔術が、今にも放たれようとしていた。
もう終わりなんだし、せめて武勇伝でも作って逝くか。
俺は無意識に、胸の前で手を組んだ。
「一体、何をする気だ」
それは思考した末の行動ではなかった。
自己への満足感と、この世界への愛からなる感謝だった。
善悪を凌駕し、個を超越した慈愛。
自然と頬は緩んでいた。
喜びでもなく、怒りでもない。
哀しさを抱きながら、この瞬間を楽しむ。
思考、身体、魂を感謝で満たし、印を結んだ。
「光は闇を照らし、闇は光を包み込む。
氷は炎を鎮め、炎は氷を昇華させる。
風は大地を育み、大地は風を癒す。
全ての元素は円環を保ち、やがて永劫をもたらす」
最後の印を結び終えた瞬間、フュンディーニの最大火力が放たれる。
目を瞑ると、アイツの顔が頭に浮かぶ。
待っていてくれ。もうすぐ……。
「全ての生命に祝福あれ」
掌の内側から、やわらかな光が滲み出す。
それはゆっくりと広がり、やがて辺り一帯を覆い尽くした。
そして世界そのものを包み込んだ。
音は消え、すべてが静まり返る。
ふと目を開ければ、どこまでも続く純白の世界が広がっていた。
「終わったのか、全て」
泣き虫な俺だが、不思議と涙は溢れなかった。
「天国ってのは、案外質素な場所なんだな。このあと入国手続きをして、みんなの元へ行くのか」
天使や本当の神様の登場に胸を躍らせる。
「あれ? まだ俺、喋れるじゃん! ラッキー。今度会った時にでも、あの淫乱暴力女に礼を言わないとな。あっ、でも神は死なないんだから、もう会うことはないか。つか、あんな怖い女、二度と会いたくねー」
風の神に向けて、粗末な感謝を捧げた俺。
「淫乱暴力女とは、アタシのことか?」
声のした方へ振り向く。
そこに立っていたのは――俺を死に至らしめた張本人だった。
「ぎょえーーーーー!! 幽霊亡霊悪霊退散!!!」
めちゃくちゃ走って逃げた。
「ハァハァハァ……悪夢を見てしまった。あんなセクハラバイオレンス女の顔なんか、もう二度と見たくないってのに……」
「誰がセクハラバイオレンス女だって?」
振り返ると、そこにはしっかりと奴が立っていた。
「な、な、な、何でお前がいんだよ! ここは天国だぞ! お前が行くのは地獄だろ! あっち行け、反対方向だ! 回れ右ッッ!」
「天国とか地獄というのは何だ?」
どうやら融合異世界の神に、そういった概念はないらしい。
そんなことより、何でコイツがここにいるんだよ!
死後の世界にこの女と二人きりとか、最悪過ぎるだろ。
「天国というのはですね、死後の世界でして……って、そんなのどうでもいい! なんでここにお前が居るんだって聞いてんだよ!」
「うむ。アタシにもそれはわからん」
「何でわからないんだよクソッ。それでも神かよ」
「あぁ。れっきとしたな」
もういいよ……。
俺は肩を落とし、その場に座り込んだ。
「そんなに気を落とすな」
落とすだろそりゃ。
落とさない方がおかしいんだよ。
俺はどっちかというと悲観主義者なんだ。「まっ、なんとかなるか」なんて思えない性格なんだよ。
「ここがどういう空間なのかはわからんが、一つ確かなことは、アタシらはまだ死んではいないってことだ」
「死んではいない!!!???」
思わず目を見開いた。
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
「もっとわかりやすく説明しろよ!」
「理由は二つある。
一つ、アタシが存在していること。
二つ、お前がアタシの目の前にいること。
その両方を鑑みればわかるだろ。もう忘れたのか? 神は決して死なんということを」
「とてもわかりやすい説明あんがとござんした。つか、それはお前が勝手に死なないって思い込んでるだけだろ! その前提が間違ってたら元も子もないだろ! 俺はな、ゲームの知識でお前がすでに死んでるってことを知ってんだぞ!」
奴は少し考えてから答えた。
「はて、ゲームとはなんだ?」
「はぁ、これだから素人は困る。いいか? ゲームってのはな、空想の物語を自分で操作して楽しむ遊戯のことだ。この世界はゲームが元となって作られた“融合異世界”なんだよ」
「ふむ。実に興味深い仮説だな」
仮説じゃねえよ。事実だよバカ。
そう言えばコイツ、やたらと俺の思考を読んできたくせに、今は全然干渉してこないな。
「そのゲームというのは、アタシもできるのか? 一度やってみたいものだ」
「出来るわけねぇだろ! お前はゲーム世界のキャラクターなんだよ!」
神に対してやたらと暴言をぶつけては、苛立ちを緩和させる。
今パニックってんだから仕方がない。
待てよ。今、ゲームと言ったか?
この何も無い空間は、この世界に来る前に一度訪れたことがある。
いや、正確にはプレイしたことがある。
「どうかしたのか?」
間違いない。あの場所とそっくりだ。
「どうした? 何をそんなに考え込んでいる?」
あぁ鬱陶しい。推測の邪魔だ。
「そんなに知りたかったら、お得意の読心魔術で心を読めばいいだろ」
奴は難しい顔をして答えた。
「それが出来ないんだ。さっきから試しているのだが、お前の思考が全く読めん。それに、ずっとこの空間を破壊しようと試みてもいるのだが、如何せん魔力も練れないのだ」
コイツ、そんなこと考えてたのかよ。
この期に及んで、とんでもなく破壊的な性格してんな。
そういえば、何だか口調に違和感があるというか、性格が変わったというか。
「魔力が練れないだって?」
「あぁ。どうやらこの空間には、神の力を封じる作用があるらしい」
なるほど。だから思考が読めなかったのか。
神も封印されたら、俺たち人間と同じってか。
ガッハッハ。ざまぁ見ろってんだ。
……ん?
ここが死後の世界じゃないとすると、それってつまり、俺が氷愛の封印呪文で神を封印したってことじゃね?
そんで一緒に閉じ込められたんじゃね?
つまり、全部俺のせいじゃね?
よし、このことは黙っておこう。
「さて、協力してこの空間から脱出しましょう。◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎様」
……。
……。
「あれ、俺は今なんて言った?」
「はて、お前今なんと言った?」




