清井 薫 Ⅳ
大師インターで降り川崎駅方面に向かう、塩浜交差点を右折するがナビには左手にはあの川崎港海底トンネルが表示されていた、国道15号で左折すると川崎警察署近辺で駐車した、ここからは徒歩で向かう外は生憎の雨であったが酷い降りではない目的地は分かっているそこに向かうだけだった。
あの日、川崎港海底トンネルで出会った2人、彼らが乗ってきた自転車だが私らの親世代にとっては自転車は宝物、そして宝物には住所名前を書込むのだ購入した二輪店で前輪泥除けに達筆な字で住所と名前を書込まれる現在では考えられないサービス、個人を特定されかねない危険な行為である、しかしそれが彼らの自転車にはあった白ペンキで住所と名前、『川崎市川崎区下並木 滝田裕二』と書いてあったと記憶している、確か刀の男は“ゆうじ”と呼ばれていた、そのゆうじが裕二と書くかはわからないし珍しくもない名前だそれに正直、何処かで盗んだ可能性もある考え様によってはかなり薄い線になる、しかし今はそれに賭けるしかないのだでなければ捜索の取っ掛かりもない白紙になってしまうのだ、あの時携帯でもあれば写真を撮り聞き込むこともできたが逆に携帯があればあの2人に出会わなかった可能性もある幸か不幸かその結果は1時間もあればわかるだろう、私は京急八丁畷駅を越え“下並木”目的地周辺に到着した。
“The下町”そんな町並みだった、狭い道路の両側には所狭しとアパートが並んでいた、高層の建築物はないが鉄筋コンクリート造の低層ワンルーム、昭和を感じさせる木造モルタル造の文化住宅、ここには今と昔が混在していた、小雨の中、下並木を散策しているとある気づいた事があった住宅の前に大きな看板が掲げてあるのだ中にはスナックの様な派手な看板もあった私は携帯を取り出すと一件の看板に書かれた名前を検索した、すると一泊料金や長期滞在歓迎などが書かれたHPがヒットした、これが流行りの民泊と言うやつかと画面をスクロールさせるとそれは少し違った“簡易宿泊所”と言うワードがやたらに目についた私は新たにブラウザを立ち上げると“簡易宿泊所”を検索した。
“簡易宿泊所”それは労働者向けのかなり安価で宿泊できる施設、部屋は6畳もない一間でエアコンはあるがバス、トイレはないそんな宿泊施設、確かに納得の一泊料金であった、ここであの2人の格好を思い出すと大柄な男はカーゴパンツに首周りにボアのついたジャケット、刀の男は薄汚れたデニムにパーカー、多分彼らはこの川崎で働く労働者なのだ、そしてこの下並木の簡易宿泊所に居を構えてるのだ、あの日は東扇島で仕事を終えここに帰る途中だったのだろうか最悪その方向から攻めれば必ずあの2人に辿り着くだろうと勝算を得て下並木散策を続けた。




