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場当たり  作者: 真鍋
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庄崎 Ⅲ

 人生最古の記憶、色々とは想い出せるが時系列に整列させろと言えばそれは難しい、私の場合浮かぶのは小さなテーブルの周りを走りまわっている、海で浜辺に打ち上げられた海藻を拾っている、諸々あるがそれを歴史順に並べるのは無理である多分1歳以上、動き回っているのでそれは分かる、しかしそれ以前の記憶は妄想か幻想か確かな記憶として定着しない、世の中には産道を出た瞬間や子宮内での記憶があると言う連中もいるが多分私と同じだ後付けの幻想だ確かな記憶ではない。


 であるから、もしその確かな記憶か幻想か曖昧な時期に両親が別人に入れ替わったとすれば後々、その両親が自分の親ではないと知覚できるだろうか無論、戸籍などの公的な文書は改竄(かいざん)されているものとしてだ、まず無理だろう、そもそもそんな事をして何の意味があると言う話ではあるが、笑える、だったらその時期に両親が他界していれば両親の記憶などあったとしても幻想とも言えよう大体、オスとメスなくして子孫を持てようか最低でもメスは必要だ、生い立ちを極秘とされているが全く必要性を感じない記憶がないだけでこんな私であるが少なくとも母親はいるはずだ。


 ただ生い立ちは極秘で構わないが本当の名前だけは教えて貰いたいものだ『庄崎』と言うのも名無しだと表での仕事に差し支えると勝手に付けられた苗字、必要ないからと名前はないのだ『必要に迫られた時は適当に勝手に名乗れ』と指示されている、一応(きた)るべき時の為に『サラ』と考えてはいるが確かに使う事はなさそうであった。


 『この欠けたピースが埋まらなければ本当の私ではない』と言う(てい)にはしている、別に必要はないがこう言った組織では“恭順”は示さなければならない、まぁ薄々気付いてる者も居るだろうがあくまで態度は態度である、しかし最近ふと思う事がある恭順とは言うが強がりではないか、実際は親への強い執着があるのではと、私も普通ならば親と呼ばれる世代である、多分、子を持ち親になる事などないとは思うが時の流れがそれを強く教えていた。

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