タイトル未定2026/04/19 18:10
ここでようやく自分の置かれた状況が理解できた、私が乗る電車は車両前方を下にして直立しているのだ、ならば先程の男性は飛んでいたのではなく落下、つまり人の壁ならぬ人溜まりへ落ちていったのだ、改めて惨状を理解すると背筋に冷たいものを感じたがパニックに陥る事はなく先ずは自分の置かれた状況を懸念すべきであると辺りを見渡した、勿怪の幸いで足元には長椅子の側面部がありそこへ立つ事が出来た都民1千4百万人の中でもここへ立ったのは私くらいなもんであろうと誇らしげでもあったが窮屈な姿勢から解放されただけで根本的解決には至っていない、多分これ程の大事故だレスキュー隊が30分も経たずに現れるとは思うがこの状況から脱出できない私ではないのだ、車両内はそこら中ホールドだらけでV5グレード以下、しかし、しかしだ私の中の偽善者が囁く“自分だけ逃げて良いのか?”と、まだ意識のある者も多い、今救助すれば助かる命も多いかもしれないし多少の救護知識もある、気持ちは揺らいでいたが身体は動いていた私は網棚を握るととりあえず車両中央扉迄降りてゆき長椅子の端まで来ると吊革の下がる天井を走る鉄棒に飛び付いた、チョークがない為右手が掴み損ない危うく落下しそうになったが咄嗟に左手で吊革を掴んだ、吊革が全体重を支えれるか不安はあるが私は身体を振り右手を思い切り伸ばすと長椅子の手摺を掴んだ、続いて懸垂で上半身を持ち上げ長椅子端部側面へよじ登った、ここで私は手をシェイクさせた、クライミング歴は長いがスーツ姿で挑むなど皆無、乳酸は全身の筋肉を疲労させていた。
両掌をブルブルと振りながらふと気付いた事があった下半身が妙に涼しいのだ不覚としか言いようが無い、いや私の中の偽善者が煽るだけ煽ると思考を奪われていたのだ私はパンツスーツではなくタイトスカートであった、ずり上がったスカートからはチラではなくモロ、下ではそれどころではないだろうが私はスカートの裾を引っ張り頬を赤く染め何もなかった様に平静を装った、気を取り直し私は眼下を見た3メートル程下に人溜まりがある車両の長さなど知る由もないが相当数の人が層をなしているならば最下層の人は多分もう、私は顔を振った今は救える人だけでもと私は網棚を掴みそこまで降りて行った、そこでは既に動ける者は自分が踏み付けている物が人である事を忘れそこ這いだしていた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けたが返事はなかった当然だろう、私は無駄を承知で上層部から重なる人を剥がしていった上層部の人達は落下のショックを幸か不幸か人肉のクッションがそれを防ぎ意識が朦朧としてるだけで声を掛けると覚醒して立ち上がる者も多かった、しかしこの場所にはその者達を逃す場所がなかった立ち上がろうとも足元には人々の背中や腹、頭を踏み付けている者もいた私はダメ元で網棚を上り長椅子の端部まで上がる事を提案した、数名はそれに従い登っていく者もいたが大半はその場に立ち尽くし呆然とするだけ私は声を掛けつつ上層を剥がし続けたすると見覚えのあるTシャツの背中が目に飛び込んできた図らずしてそのTシャツは血で染まっていた、そしてその背中は膨らむ事も萎む事もない背中に耳を当てるも無音、心肺停止状態と言うやつであった急ぎ仰向けにすると折り重なった人と密着状態であったが為に吐血が口の周りに纏わりついて赤茶色のマットリップを塗った様で不気味だった、生死を分つ重要な行為とは知っているが正直なところ人工呼吸は勘弁してもらいたい私は起き上がる人を呼び止め介助を頼んだが相手にもされない当たり前と言えば当たり前であろう皆、我が身可愛さで必死なのだそして私の中の悪魔がそっと囁く。
『オタクなんか放っておけ、死んだところで誰も悲しむまい推しですらな、はっははは』
と、なかなかリアリティに満ちた事を言うのだ、10万歩譲って人工呼吸を施しそれでダメだった時、今後生き続けていく私のダメージは果たして誰が癒してくれるのか私は頭を掻きむしったそして意を決して顔を上げるとそのオタクはスッと立ち上がっているのだ、そしてズリ落ちたチノパンをたくし上げベルトを締め直すと私へ吐き捨てるように言った。
「何、おばさん?」
人間の価値は機能性や生産性だけでは語れない無論、見た目は言わずもがなである多様なのだ、しかしこれだけは言える少なくともコイツの足元にはコイツ以上の価値を持つ人がほとんどだ、いやコイツ以下の者はいない断言する、だから今すぐ死ね。




