タイトル未定2026/04/25 08:31
しかもlightとは言ったがそれは母の事を語っていないからで離婚の理由を語ると道明寺家の話は途端にheavyになるのだ。
父はゼネコン企業の社員で現場管理をしていた、確かに現場が関東から遠いと家を空けるのだが週末には必ず帰ってきた、それでも母は寂しかったのだろうかいつしか占いにハマってしまった、最初は月に一度程、そして週一になりいつしか誰に言われたか母の部屋には占う為の道具が増え始め自ら占いを始めた、趣味程度だったのだろう別に気にもしなかった個人の趣味だ家事もちゃんと行っていた、兄も気軽に『ちょっと占ってみてよ』とか試験前には『出題問題占えないの?』とか笑って聞いていた。
しかし月日が経つとコツというのか技というのか要領を得るのだ、するとあくまで確率の占い的中率は上がってゆく、すると本人の中で何が産まれたか『私は人とは違う』そんな感覚だった、占いの範囲は家庭内からネットへ拡大される、勿論、ネット界だアンチも増えるがフォロワーも確実に増えた、この頃には母は“無敵の人”になっていた、自分の言う事が全て正しい、私の言う事を聞いていれば間違いはない、それは家庭内にフィードバックされ私達は登校前、母からのありがたいお言葉を頂くことになるのだ、兄はあんな人だちゃんと聞いて『ありがとう』と言って学校へゆく、私はといえばそんな母は鬱陶しくて朝食の場にも現れる事なく登校する日も多かった。
私は父へ相談した、しかし家を空けている負い目もあるのか『わかった母さんには言っておく』と言うばかりで一向に占いは廃れないそれどころかテナントを借りて営業を開始しようと言い出すのだ、父の収入は一戸建てを購入し家族4人何の問題もなく生活できる程の収入はあった別に母の収入など必要なかった、しかしそれでも母の占いの館は営業を開始した『これで母さんも世間の厳しさを知るだろう』と父は直ぐに廃業になると踏んでいたが予想に反し結構な人気になるのだ、こうなれば母は自分の事を“神”とでも思い始めたのか父の仕事へ口を挟み出したのだ『建築の際には私が占う』『その企業とは取引するな』『誰々は会社を裏切る』等、会社がそんな事を信用する訳もなく門前払いではあったが父の社内での風当たりは強くなっていった、だから私は言ったのだ。
それから両親の離婚は早かった、父は趣味程度にしてくれないかと母に言うが母は既に自らを神格化させている『この者は何を言ってるのじゃ』であった、父の建てた一軒家は母の物となり私は父へついて行った、兄はそれでも母が心配であったのだろう占いの館と化した父の建てた家で母と過ごす事となった、離れ離れになったが兄とは連絡は取っていた、私達に心配かけまいと気を遣っていたのかもしれない、いつも『元気にやっている、問題ない』であった。




