サイドストーリー⑦ シノ 〜いらないわたし〜
志乃はトーキョーの私立小学校に通う小学生だ。
父親は嘉多舞家の長男で嘉多舞財閥のトップだ。家は大きな屋敷で中に古い倉や鯉の泳ぐ池があり、祖父母と一緒に住んでいる。
今日は学校は休み。
志乃は自分の部屋で静かに本を読んでいたが、突然部屋の襖が空きヒステリックな声が飛び込んでくる。
「志乃!昨日のテスト、国語も算数も99点じゃない!何よこれ!」
志乃の母親、理恵子だ。
テストが満点じゃなかった事に腹を立てている。
「……」
「そうやってすぐ黙る!もう、ほんとにどうしようもない子ね!」
吐き捨てるように言うと、ピシャリと乱暴に襖を閉めて去っていった。これが志乃の日常だった。
志乃は再び本を読み始める。
しばらくすると、今度は遠くの方から母親と祖母の声が聞こえてくる。廊下で何やら話をしているようだ。
「ちょっと理恵子さん!また聞き苦しい声を出して!親子揃って嘉多舞家の家格を落とすような事はやめて欲しいものだわ……」
「お義母さん……」
「そもそも、あなたがちゃんと男の子を産んでいればこんな事にならなかったのよ。跡継ぎがいなくなる事もなかった……あぁ嘆かわしい。それに……」
祖母の話は続いている。
散々言われた母親はこの後またヒステリックに怒り出すのだろう。これもいつも通りだ。
話が終わらないうちにと、志乃はこっそり庭に出て離れの小部屋に向かう。
しかし、すぐに自分を呼ぶ声がした。
「志乃、来なさい!志乃!」
この声は母親だ。
「……」
「あんたのせいよ!あんたのせいで!私は……!」
「あんたが男だったら!私はあんなにあの糞ババアに長々ネチネチ嫌味言われる事はなかったのに!毎日毎日毎日毎日毎日毎日!もう気が狂いそうよ!」
「……」
「私の人生狂ったのはあんたなんかが産まれたからよ!ほんと、産むんじゃなかった……!」
言い終わるなり、理恵子はその場にガクンと膝をつくと泣き崩れた。
志乃は無表情でしばらく見つめていたが、何も言わずに離れへ向かった。
離れの小屋の中には、狭い部屋を埋め尽くすようないくつもの本棚に机と椅子が一つずつある。
昔は祖父がここで本を読んでいたらしい。目が悪くなり本を読まなくなった今はほとんど使われていない。
志乃は机の引き出しに隠しておいた太い縄を取り出し、輪にして本棚に括りつける。
縄が思った以上に固く、それでも無理矢理引っ張り続けたら手が真っ赤になってしまった。
痛みを逃そうと二、三回軽く手を振り椅子の上に乗ると、その紐を首にかけた。
(お母さんはわたしがきらい。男の子じゃないから。テストで満点取っても何点取っても怒られる。わたしのだめなところさがして怒る)
(お父さんはわたしと話そうともしない。まるでいない子みたい)
(おばあさんも、おじいさんもわたしがきらい。いつもわたしを見てため息をつく)
(学校には友達いない。放課後は家でお勉強しなきゃいけなくて一緒に遊べないから)
(わたしはいらない子)
(だれもわたしを必要としてない。いらない)
(わたしもこんなわたし……いらない)
シノは椅子を蹴った。
倒れた椅子の音が部屋の中で響いていた。




