サイドストーリー⑥ ハル 〜おもい〜
晴は今年からアパートで一人暮らしをしていた。
先月新人研修を終えたばかりの新米社会人だ。
テーブルの上のスマホが鳴る。
最近別れた彼女から何かLINEが来ていたようだが、面倒なので無視。
スマホをテーブルに戻すと、ふと嫌な出来事を思い出した。
あれは確か三年前……
その日、晴が朝起きると彼女が玄関の前に立っていた。待ち合わせは駅のはずだったのだが。
ちなみにその時付き合っていた彼女で、今とはまた別の人。
晴はちょうど起きたばかりだから少し待って欲しいと言った。
すると、いきなり『私が嫌いになったの?!』『じゃあ私、死ぬから!』などと剃刀を振り回しながらヒステリックに泣きじゃくり、辺りに響き渡るような大声で喚き始めてしまったのだ。かなりの騒音だっただろう。
晴自身もそのキンキンとした甲高い声に鼓膜が破れそうだった。
周りから通報されてもおかしくないレベルだったが、幸いそれは無かった。いや、あまりにも怖くて関わりたくないと思われたのかもしれない。
ともかく、もう少しで警察沙汰になるところだった。
元々メンヘラ気質の彼女で、他にも色々問題はあったのだがこれがあまりにも強烈すぎて他が霞んでしまうレベルだ。
晴は女を見る目がなかった。
というより、好みの顔というだけですぐ惚れてしまうのだ。そのせいで今まで付き合った女性は何かしら性格に問題があった。
だが、その中でも彼女は別格だった。
もう、メンヘラはこりごりだ……そう呟いていると突然チャイムが鳴った。
ドアの覗き穴から女性の姿が見える。
嫌な予感がして恐る恐るドアを開けた瞬間、ガッと隙間に日傘の先端が押し込まれる。
「……おはよう晴くん。LINE見てくれた?」
言い終わると同時に強引にドアがこじ開けられる。
触れば折れそうなほど病的に痩せている彼女の、どこにそんな力があるのか。
彼女は片手に日傘、反対の手には包丁を握りしめていた。
「ハルくん、どうして返信くれないの?」
身の危険を感じて彼女を追い出そうとするも、包丁を向けられひるんでしまう。
快晴で明るかった空が夕焼けに染まり始めた。
あれから何時間経ったのだろう。時計を見ようにも彼女の顔が目の前にあって……
包丁を突きつけられたままじりじりと追い詰められ、もう部屋の奥のベランダまで来た。
手すりの向こうは外だ。これ以上後ろに下がれない。
「ハルくん。ねぇ、ハルくん……もう一度やり直して欲しいの……」
「だから!もう興味ないっての!」
「どうして?全部好みに合わせたのに……」
「だ〜か〜ら〜!」
「ねぇ、なんで?ハルくん……」
「あぁもう!ちくしょう……!」
(せっかくこれから楽しい社会人生活が始まるって思ってたのに……!結局これかよ!)
晴はベランダの手すりを乗り越え、勢いよく飛び降りた。部屋は七階で下はコンクリートの駐車場になっていた。
ドンッという何かが地面にぶつかった音と共に、コンクリートに赤い染みがじわじわと広がっていった。




