24.頬に残る余韻
《ハル!》
遠くを飛ぶ彼に手を振りながら叫ぶ。
すぐに気づいたようで、ハルは振り向いて空中で方向転換する。
《こっち!こっち!》
次々と飛んでくる光線をリズミカルに避け、滑るように滑空する黒い竜。
見ていて気持ちいいくらいの飛行。まだ余裕がありそうな感じだ。
飛んだままミドリの頭上に留まり、その長い首を下に伸ばす。
丸く黄色い瞳がまじまじとこちらを見つめる。
《ハル、耳貸して》
《ん?お、おう?》
顔を近づけ、小声で囁く。
《あのね、ハル……この戦い、アテナ相手じゃ勝ち目がない。だから、ソシキの人を狙うの》
《お、なるほど!司令塔を潰そうって訳か、さっすが!頭い〜!》
《でもそれにはアテナの邪魔が入る、必ず》
ミドリはばっと羽を広げた。
ハルが少し後ろに飛び退き離れたのを見ると、強く羽ばたき上昇する。
《だから、私が行く。行って彼らを仕留める。ハルは続けてアテナの相手をして。少しでも時間を稼いで欲しいの》
《おっけ〜!任しとけって!》
アテナは先ほどまでいた位置のまま羽や尻尾を伸ばし床に座って休んでいた。
ソシキ達とはだいぶ離れた位置だ。
戦い続けていて気持ちが昂ってきているのだろう。興奮し、自分が相手だとばかり思っている……これは好都合。
こちらが見ているのに気づくと尻尾の先を高く上げ、手招きのようにゆったりと振った。
(いつでもいらっしゃい、そういう意味ね。相手が二体になろうが問題ないと……)
ミドリはハルの後ろについてアテナの方へ飛んでいく。あたかも一緒にアテナに挑んでいくかのように。
(でも残念、私の相手は……!)
アテナがおもむろに飛び上がりハルと向き合うのを見届けると、部屋の隅で固まるソシキ達の方へ全速力で引き返す。
ミドリにとっては初めての戦闘だ。人間相手の。
相手はあのコンクリートの塊のようなただの物質などではないのだ。悲鳴もあげるし、傷つけば血も出る。
正直、怖い。
自分が人を殺すのかと思うと足が、腕が、羽が、すくみ上がって止まってしまいそうになる。
いくら相手が極悪人とはいえその命を奪うのは、ミドリにとってはただただ恐怖でしかなかった。
でもやらねばならない。
(こんなこと、ほんとはしたくない……だからこそきちんと終わらせないと、ここで)
これが最初で最後。これできっちり終わらせるんだ。
キッと目を尖らせ目の前を見据えると、首を反り勢いをつけて高温の炎を吹きかける。
蜘蛛の子を散らすように逃げ回り慌てるソシキの人達。
悲鳴をあげてアテナの名をしきりに呼ぶ。
アテナが目にも止まらぬ速さで飛んでくるも、炎は勢いよく広がり彼らの着ていた白衣まで燃え移っていた。ますます甲高い悲鳴があがる。
次々と周りを飲み込み広がっていく炎。
部屋には火災感知の非常ブザーが鳴り響いていたがいきなり止まり、突然ふっと部屋の明かりが消え辺りは薄暗くなった。
丸く小さな青い光と黄色い光がたまに瞬きをしながら空中にぽつんぽつんと浮いている。
ソシキ達の方からは管制システムがどうの、電源がどうの……などとヒソヒソ言う声が聞こえた。
これは、好都合。造竜は暗闇でも目が見えるのだ。
暗くなり前が見えなくなったソシキ達はその場に立ち止まってじっとしている。一網打尽のチャンスだ。
ソシキ達が固まっているところを狙い、火炎を吹きかける。
ソシキ達は突然の猛火を頭から浴び、断末魔を上げながらただただ焼かれていく。
《よし、ここでもう一発!》
流れに乗り、ミドリは間髪入れずに次の一撃を放った。
が、
《っ……?!》
発した炎の軌道が不自然にそれた。
ほんのわずかなズレだが、ソシキには当たらず頭上すれすれを通り抜けていった。
その接近にばっと音の方を向くと光線がこちら目掛けて飛んでくる。
その下に潜り込むようにかわすと目の前にアテナの顔が。
(しまった、読まれた!避け……られない!)
そして視界の外から白く鋭い爪が振り下ろされ、黄緑色が散る。
痛みのあまり思わず瞼を閉じる。再び目を開くと目の前には反対の手。黄緑色がさらに飛び散った。
(……っ!痛っ!)
なんとか痛みを堪え、後ろに下がりながら体勢を直す。
(ハル、ハルは……?)
まさかと思い床の上を見ると、床に倒れている黒い竜の姿があった。
立ちあがろうと何度も両腕や両足に力を込めるも、すぐにバランスを崩してまた倒れてしまう。
《……ハル?!そんな……!》
ミドリがソシキ達に数発炎を浴びせているたった数分の間に、ハルは手足を切り裂かれ致命傷を負っていた。
(あのハルでも駄目……やっぱり私達が相手するには強すぎた……!)
《……ミドリ!危ない!》
突然ハルは力を振り絞り叫ぶ。
(えっ……?いきなり視界が白くなって……なんだろう……はっ!まさか!)
これはアテナの光線だ。眩しい光の柱。
鼻のすぐ先まで来ている。
(もう駄目……!)
背中を丸め羽で体を覆い目をキツく瞑る。
まさにその身にぶつかると思ったその瞬間、
ドーンと何かが壁に衝突する音がした。
ハルだ。ミドリを庇おうとして、光線を受けその衝撃で吹き飛ばされたのだ。
焦って防御壁を身の回りに展開したが、その光は無残にも壁を軽々打ち破り彼の体を貫いていった。
壁まで飛んでいきぶつかったハルの体。壁にめり込み無数のひび割れを作ると下に引き摺られるようにずるずると滑っていき、最後はドサッと床に落ちた。
力が抜け、造竜化が解けていく。
「ぐっ……痛ってえ!」
ミドリは全力で羽を動かし、痛がるハルの元へ。
今までこんな猛スピードで飛んだことがなかった。でも今は不思議と飛ぶことができた。
《ハル!そんな……!》
「痛てえ!超痛え〜よ……!これもう、やばいかも……俺、駄目かも……」
ハルの体から溢れる、大量の黄緑色。トウジロウの時と同じ……
《そんな……!》
「俺、また死ぬのかな……」
彼はこのまま死ぬだろう。手当もろくにできないこの状況だ。
しかしミドリは答えられなかった。
どこか遠くを見ながらハルは言う。
「じゃあさ、次とかあんのかな……もしあったら……生まれ変わったら……また、会えるのかな……」
《い、嫌だよ!死んじゃ、嫌!嫌だよそんなの……!》
いつも大人しかったミドリの突然の感情の乱れに、ハルは一瞬目を見開いたがそのまま続ける。
「だよな……まだ喋り足りないもんな……へへっ」
おどけた顔をするハル。
《君のおしゃべりの相手はもう結構。もう充分よ》
「え〜っ」
《何が『え〜っ』よ……もう。馬鹿ね……》
いつも通りの会話のノリのはずなのに声が震える。
ふいにハルの瞳が急にどこかを向いた。
視線の先にはアテナ。
どうやらソシキ達の方に戻り急いで消火を手伝っているようだ。
ハルが瀕死になりもうこちらには有効打がない、アテナはそう踏んだのだろう。だから戻ってソシキを手伝っている。
実際、その通りだ。
前に会った時にその動きを見ていたのだろう。アテナとなんとかやりあえるレベルのハルとほぼ戦力外のミドリ。
ミドリ一人だけ残ってもたいした脅威にはならない。
ソシキ達はいつの間にか懐中電灯をどこからか持ち出していた。薄暗い中手元を照らしながら、布を振り回したり消化器を吹きかけたりと慌ただしく動き回っている。
アテナもこちらをたまに警戒しつつも大きく羽ばたき風を送っていた。
部屋中に広がっていた炎は徐々に勢いを失い、治まってきている。
ハルは視線を戻すと言った。
「ミドリ、あのさ。いきなり悪いけどさ……人型に戻ってくんない?今ならあっちもあっちでかかりきりだろうから……」
《えっいいけど……なんで?》
一応これでも戦闘中だ。
ただでさえ能力不足だというのに、造竜化を解いてしまったら強靭な鱗の守りも無くなり、それこそ一瞬でやられてしまう。
ためらうミドリにハルは続けて言う。
「お願い。ほんとに、最期のお願いだから……」
今まで見たことのない切ない顔。
戸惑いつつも言われるがまま造竜化を解除した。
ハルは震える腕で体を支え、なんとか上半身だけ起き上がる。
「駄目よ、あんまり動いちゃ。じっとしてて……」
ミドリはさっとその場にしゃがみ込み立て膝になると、手を伸ばして彼をしっかりと抱き留めた。
自分より少し大きいその体。抱えるとずっしりと重い。
「ミドリ……」
最期の力を振り絞りその手を伸ばすハル。
そしてミドリの顔を引き寄せると、その頬に軽く唇を当てた。
「……っ?!」
あまりに突然の行為……いや好意に驚きを隠せないミドリ。彼の方に問いただすような視線を送る。
しかし彼は何も言わずに満足そうに微笑むとそのまま瞳をゆっくりと閉じた。
だらんと腕が落ち、より重くなった体がぐったりとミドリの腕に寄りかかった。




