22.ソシキ
「お、おい!何して……!」
膝から倒れ込むアテナの体。とっさにトウジロウが駆け寄り支える。
さっきまでの無表情は苦しそうな顔に変わり、背中を丸め腹を抱えている。
「アテナ、アテナ……!しっかり!」
ミドリも必死に声をかけ体を揺すったが、彼女の目の光はすぐに消えてしまった。あっという間の出来事だった。
まだ暖かいその体を床にそっと寝かせる。
ふと鼻にきつい臭いが流れ込んできた。今まで嗅がされた造竜の屍とは全然違う種類の臭いだ。
「何?この臭い……」
しゅ~という控えめな音と共にプラスチックが燃えるような人工的な異臭が広がっていく。
「……っ!うわ、くっさ!」
「喋るな、ハル。毒ガスかもしれんぞ」
(この臭い、どこから来てるんだろう。なんか下の方からしてる気がする……)
まさかと思いアテナを見ると、背中から見覚えのある黄緑色の液体がどくどくと溢れてきていた。
「見ろよ!背中に穴が……!」
ハルが指さした先には白い肌にぽっかり空いた穴。少しずつ溶けて大きくなっている。
「これ、そんな……いやあぁぁぁ!」
ミドリの悲鳴が部屋に響く。
アテナの体は飲みこんだ薬品によって内側からゆっくりと溶かされていた。
体が溶ける際に発生する臭い、それがさっきからの異臭の正体だった。
背中から始まったそれは次々と進行し、腹も手足も顔も……肉から骨の髄までどろどろと溶けていった。
スライムのような肉の塊になったそれは、ねばねばと糸を引きながら地面に流れ落ち、横へ横へと広がっていく。
髪も頭が溶けた事で支えを失い、まるでウィッグのように塊のまま下にべしゃりと落ちた。
顔が崩れ最後に残った二つの目玉はしばらくちょこんと塊の上に乗っていたが、流されてずぶずぶと肉のヘドロの中に埋もれていった。
アテナは私が鍵だと言っていた。
部屋にいる誰もが自分を例えて言ってるのだと思っていた。
(でもそれは比喩なんかじゃなくて、ほんとの……)
四人はその場で目を閉じそっと手を合わせた。
身勝手な人間達の支配からようやく解放された彼女。
時間も余裕もなく何もしてやれないが、せめて安らかに眠ってほしい。
床が傾いているのか、黄緑色の体液はさらさらと横に流れていき扉の方まで向かっていく。
扉の方まで届き下端が濡れて色が着いたかと思うと、扉全体がぼんやり白く光り始めた。
「えっ、扉が……光ってる……!」
「扉に触れた体液が上へ吸い上げられて発光している」
「ど〜なってんのさ、これ?」
「俺にも分からん」
目の前には次々液を吸い上げ光を強くする扉。
金属に反射した太陽光のようにギラギラとまぶしくなり、見ていられなくなったミドリは思わず顔を背けた。
(ううっ、まぶしい……!)
光が弱くなったのを感じ、前を向き直すと扉は大きく開いていた。
その向こうに大勢の人影が椅子に座りこちらを向いているのが見えた。
(あれが、彼らが……ソシキ……?)
一瞬の間に扉は開いたのだ。あっけない瞬間だった。
そしてその先は管理区……ソシキとして暗躍していた人間達が、そこにはいた。
ミドリ達と同じ、黒い髪に黒い体。
男もいれば、女もいる。年齢はパッと見ではよく分からないが少なくともお年寄りはいないようだ。
通路と同じ黒く圧迫感のある壁が高く聳え、どこまでも奥があるように見えるだだっ広い部屋。扉が無いとこれが外だと勘違いしてしまいそうなほど広い。
造竜の状態でも充分飛び回れそうなくらいだ。
黒い壁の部屋の中には巨大な丸いテーブルが中央に置かれ、放射線状に椅子が並べられている。
(ほんとだ……リーダーのメモ通り、みんな目の前にディスプレイがある。あれでずっと見ていたんだ……私達を)
念のためシノだけ下がらせ、エレベーターホールで待たせる事に。
なるべくなら幼い彼女には戦わせたくない。
「シノ、ここで待ってな……すぐに戻るからな」
その声は震えていた。
シノの頭をわしわしと撫でる。その表情を見ないようにと顔を逸らしながら。
戻って来れない事はさすがのシノももう充分わかっている。今にも泣き出しそうな顔で床の一点をじっと見つめ、拳をきつく握りしめ泣くのを耐えていた。ここで泣いてしまったらトウジロウは先に行けないし、逝けない。
しかし時間は進む。いかなる状況でも待ってはくれない。
トウジロウは名残惜しそうに手を離すと、これが最終決戦だとミドリとハルに目配せした。
体勢を直し三人揃って前を向く。
ソシキはもう目の前。
あとは……全力を尽くすだけだ。
「管理区へようこそ。よくここまで来たな」
呆然とするミドリ達にソシキの一人が近づいてきた。
他は白衣を着ているが、その一人だけ全身を黒いコートで隠し目深にフードをかぶっている。
声からして男だろうか。いかにも怪しいその風貌にトウジロウはキッと鋭い眼差しを向ける。
「まあ、そう睨むな……まず最初に面白いものを見せてやろうと思ってな」
そう言って男はコートを脱ぎ捨て、わざとらしくミドリ達の前に両手を広げて立つ。
フードの下は見覚えのある顔だった。
「みんな!俺だよ、俺!久しぶり!」
明るく笑うその表情は……リーダーそのものだった。
「な、なんだ?!ダイキなのか?!」
「トウジロウよ、ある意味正解だ。だが、不正解でもある……」
リーダーの顔のまま、男は元のトーンで話を続ける。
「何?!」
「他にあと三人いる。どうだ、答えられるかね?」
「三人!まさか貴様……!」
「ふふふ。君達に見せてやろうとわざわざ用意したのだ。パッチワークさ。まあ長持ちはしないだろうから、すぐにまた『着替える』がな」
「貴様!よくも……!」
怒りのあまり床に拳を打ち付けるトウジロウ。
その甲には黄緑色の血が滲んでいた。
「まあ、落ち着け。せっかく会えたんだ、楽しもうではないか。なあ、トウジロウよ……では、クイズを続けよう。この腕は誰だ?」
細くて程よい肉付きの柔らかい腕。
「それは、『カナ』だ」
「正解。次は……お前だミドリ。答えよ、この胴体は?」
程よく筋肉質で引き締まったその体。所々骨張っていてシャープ。
「それは……『アオイ』さん……」
「正解。では次、ハル。この足は?」
ハイヒールが似合いそうな長くてしなやかな足。
「ふざけやがって!」
「答えよ」
「人の命をなんだと思ってんだ!」
「今はクイズの途中……答えよ、ハル」
「くっ、どこまでも舐めやがって!『アカネ』さんだろ!」
「正解。そしてこの顔が、ダイキという訳だ」
ミドリは怒り、憎しみ、悲しみ……感情がもうめちゃくちゃに入り乱れ、爆発してしまいそうだった。
暑くも無いのに額には汗が伝っている。
肉体を離れ彷徨っていた魂を連れてきて、また勝手にその命を奪い、そしてさらにまだ遊ぶつもりか。
言葉は通じるようだがほんとうに人間なのだろうか。
人の心を持たない、まるでエイリアンのようだ。
他の二人も俯き、言葉を無くしてしまっているようだった。
そんなミドリ達を尻目にソシキの人間たちは口々に言う。
「しかし……あれほど攻撃を受けてまだ生き残る奴がいたのか。なかなかの能力じゃないか、棄ててしまうのはもったいないな」
「あとでデータを取っておこうか。今後の改良に役立つかもしれん」
「しかし、やはり旧型。こうして反抗してくるのも誤作動なのだろう。早めに処分しておかねば」
「そうだな。危険の芽は早めに潰しておかねばならない……さあ、来るのだ!」
声に呼ばれて頭の上に影が通ったかと思うと、ミドリ達の周りに突風が巻き起こった。
突然の強風にミドリは思わず腕で顔を覆う。
風の止み間に少しだけ薄目を開けて風の発生する方を窺うと、ぼんやりと影が見えた。
(あれは……私達と同じ、あのシルエットは……)




