21.失敗作
リーダーの手帳によるとここ居住区とラボとは地下にある隠し通路で繋がっている。
そのうえ管理区はなんとラボの真下、さらに地中の深いところにあるというのだ。
地上にあるとばかり思っていた。どうりで誰も気づかないわけだ。
ソシキのいる管理区に向かうため、四人は地下へ降りていった。
床が見えなくなるほどぎっしりと死体が敷き詰められ重なり合っていた。蝿がたかり、蛆が湧き……
散々嗅がされたこの腐臭。未だ鼻が慣れない。
どこも部屋のドアは銃弾で穴だらけになり向こう側が見えてしまっている。カナが絵を描いていたあの小部屋も資料室も逃げ込んだ人々の死体で埋まっていた。
「壁に四角く亀裂が入ってる箇所……ここか。壁なんてそうそう見ないからな。どうりで誰も気づかなかった訳だ」
トウジロウとハルの二人がかりで壁に体を押しつけ強く押す。が、なかなかびくともしない。
「ほんとにここなの?動かねえじゃん」
「いや、ここのはずだ。他に亀裂は見当たらない。仕方ない、押して駄目なら……だな」
「そうだな、分かった!」
「手をかけるところがないからやりずらいな、だがそうも言ってられん。じゃあハル、いくぞ……せ〜の!」
「押して駄目なら……もっと押す!おりゃぁぁ!」
「「えっ」」
トウジロウとミドリの声がハモる。
(えっ。押して駄目なら引く、じゃなかったっけ?あ、やっぱり。トウジロウさん困っちゃってる……)
「ふんぬぬぬ!」
手が止まってしまったトウジロウそっちのけで全体重をかけて力いっぱい押すハル。しかし、やはりびくともしない。
「なんだ硬ってえな、ちょっと休憩っと……」
寄りかかって休もうと壁に背を向けたその瞬間、ミシッと小さく音がした。
「うおっ?!」
驚いて飛び退くハルの後ろで大きな亀裂が入っていき、一瞬でガラガラと崩れていった。
危機一髪。危ないところだった。
衝撃で舞い上がった土煙が落ち着くと、そこには綺麗にくり抜かれたかのような四角い穴が現れた。
「あっぶね〜。あのまま一緒に倒れるとこだった」
「すごい、人一人がギリギリ通れる穴……まるであらかじめ計算されてるような……」
「ああ。気味が悪いな……これじゃあなんだか向こうから手招きされてるみたいだ。でもここしか通路がないんなら仕方ない。行くぞ」
そこから通路が続き、奥に進んでいくと徐々に居住区とは別の素材の黒い壁になっていく。
青く点滅する筋の入った硬く艶のある黒い壁。時々ウィーンという何かの駆動音が聞こえてくる。
無言でもくもくと歩き奥を目指す。
どこまであるのだろう、この通路は。どこまでも変わらない景色。
どれだけ時間が経ったのか。どれくらい移動したのか。歩き続け、もはや分からなくなっていた。
少しずつ疲弊し、足元がふらついてくる。
ミドリは後ろを歩くハルに何度も踵を踏まれた。
幼いシノには相当キツいようで、もう二回も転んでしまった。幸い怪我には至らなかったが、今はトウジロウが背負っている。
そのトウジロウも息が上がっていて、体力に自信があるとは言っていたのだがそろそろ流石に苦しそうだ。見ていて心苦しい。
ミドリは疲れから足元ばかり見ていたのだが、ふと顔を上げ前を見た。変わらず黒い壁が奥へ奥へ続いている。
(うわっ、まだまだ先がある。いったいどこまであるんだろうこの通路……)
先を見たところで疲れが余計に増しただけだった。
ため息をつき、また視線を足下に戻すとふいにどこかから声が聞こえた。
「えっ?」
「どうした、ミドリ?」
「トウジロウさん、何か声がしませんでした?」
「声……?ここは誰もいないはずだが」
「でもほんとに声が聞こえた気がして……ほら、ハルも聞こえたでしょ?」
「ん〜?いや何にも?」
(まさか幻聴?疲れてるから?いや、それにしてははっきり聞こえた気がする)
「……ち……」
「えっ?」
「こっち」
「……!」
やっぱり。
やっぱり声がした。さっきの声だ。
他の三人にも聞こえたようだ。それぞれ辺りをキョロキョロ見回している。幻聴じゃなかった。
声のした方を見ると、白いワンピースを着た短髪の少女が通路の真ん中でこちらに向かって手招きしていた。
喋り方は幼いが、背丈はミドリと同じくらいで、大人とも子供とも言えない不思議な雰囲気を纏っている。
そこだけ通路が二股になっていて、ミドリ達の通路の延長とそこから横に枝分かれしている細い道があった。
その横の道の先に少女はいた。
しかし今まで歩いていて見えなかったはずだ。
声と共にいきなり現れたような道。
あっけに取られ立ち止まっていると再び呼びかけられる。
「こっちこっち。こっちだよ」
「あなたは……?」
「わたし?アテナ」
アテナ。あの時の白い造竜の名前と同じ。
しかしなんだか話し方が違う。あの落ち着いた声とはまるで人が違うような……
「わたしはたくさんいるアテナのうちの一人だけど、『失敗作』なの」
「えっ?大勢いるの?」
「うん、コピーがいっぱいいるよ。みんな仲良しだよ。それで、その中でわたしは失敗作なの。アテナタイプの失敗作。たまに機械の製造エラーでわたしみたいなのが生まれるんだって」
「……」
「本当ならちゃんと魂が体にくっついて昔の記憶とか知識とか取り戻すんだけど、わたしは駄目だったの。何も思い出せなくて」
彼女は陶器のようにのっぺりとした白い肌をしていた。髪に、瞳、まつ毛まで……まるで作り物のように真っ白だ。
言葉に多少の起伏はあるものの、その顔は常に無表情で余計に人形のように見える。
何を考えているのか分からない上に、生命のもつみずみずしさや活気のようなものが全く感じられない。
「だからわたしね、もうすぐ『処分』されるの。でもマスターはそんな私に最期のお仕事をくれた。これからお客さんが来るから道案内してあげてって。とても大事な仕事なんだよって、このわたしに任せてもらえたの。わたしだけのお仕事。うれしいな」
少しだけ口角を上げ明るい声でそう続けるアテナ。
嬉しそうにしながら、ワンピースのポケットをしきりに触っている。中に何か入っているのだろうか。
「それじゃあ今まで全て向こうの思惑通りに動いていたって訳?そんな……」
「どうやらそういう事らしいぞ、ミドリ。仕方ない……嬢ちゃん、道案内頼むぞ」
「はい。『トウジロウさん』」
「なっ……?!」
「さっきマスターに教えてもらったの、ここの全員の名前」
「なるほど。用意周到、ってか」
彼女に案内され、細い通路を進んでいく。また代わり映えのない景色が続くかと思いきや、あっさりすぐに突き当たりに出た。
そこにはなにやら両開きの金属の扉があった。全体は壁に埋まっていて見れないが、エレベーターのようだ。
「乗って。これで下に降りれば管理区はすぐ目の前だよ」
アテナが指をかざすとエレベーターの操作盤が点灯する。指紋認証だろうか。
そのまま手慣れた動きで『管理区』と書かれたボタンを押す。もう一つ何も書かれていないボタンがあり尋ねたが、それはアテナも知らないようだった。
扉が閉まるなり、すぐに体がふわっと浮くようななんとも言えない感覚がくる。アテナが言った通りエレベーターは下に降りていっていた。
疲れから、ハルやシノはもちろんトウジロウまでエレベーター内の壁や備え付けられた手摺に寄りかかりぐったりしている。
ミドリも寄りかかったまま、目の前にあった操作盤の階数表示が変わっていくのをぼーっと見つめていた。
階数表示は最初B1から始まり、ゆっくりと数字が大きくなっていった。
(B10……B50……B100……ときて、まだ止まる気配がない。どこまであるのこれ……)
立ったままうとうとと居眠りをし始めたハル。この状況下で寝れるとはある意味流石。
反対に不安そうな顔でそわそわと落ち着かないシノ。トウジロウが手を握り時々さすってあげている。
「わ、わ、わっ……きゃあ!」
エレベーターが急に大きく揺れ、シノが悲鳴を上げた。
さらにひときわ大きく揺れると、ぴたりと治まりエレベーターは止まった。
階数表示はB666。見た事もない階数だ。
ここは地下何メートルなんだろう。
ゆっくりとエレベーターの扉が横に引いていき、視界が開ける。
目の前は小部屋になっていた。エレベーターホールのようなものだろうか。さらに奥にまた扉がついている。
壁と同じ黒で取っ手がなく、引き戸なのか左側の壁の方にレールが伸びていっている。
扉は押しても引いても開かず、カチャカチャと中で何かが引っかかる音がするだけだった。
どうやら鍵がかかっているようだが、鍵穴が無い。
「えっ、どうしよう」
ミドリはトウジロウの方を見るが、彼も分からず焦っているようだ。
「俺にも全く分からん……ああ、くそ!もう目の前だってのに!」
「駄目じゃん。あ、じゃあいっちょ蹴っとばしてみるとか?ちょっとだけ疲れ取れたし、俺いけるよ?」
足を後ろに引き、力を込めるハル。
「待って。でもそれで壊れて開かなくなったらどうするのよ、ハル」
「でもそしたら、もう駄目じゃん。開かねえじゃん。まじかよ……」
ざわつくミドリ達をよそに、アテナは何やらためらってずっと下を向いていたが、決心がついたようでふいにこちらを向いて言った。
「……今開けるね、待ってて。わたしが鍵だから」
ワンピースのポケットから香水のような小瓶を取り出す。中には何やら透明な液体が入っている。
「おい待て!まさか、火炎瓶か……?!」
「ううん、違うよ。爆発はしないから安心して。ちょっと待っててね……すぐ終わるから」
そう言うとアテナはふたを開け勢いよく液体を飲み込んだ。
中身が無くなった小瓶はアテナの手から滑り落ちていく。
床にぶつかりコツンと軽い音を立てた後、カラカラ……とどこかへ転がっていった。




