19.明かされる謎
目が覚めた。どうやらここはどこかの部屋のベッドの上のようだ。脇に鉢植えの大輪の花が置かれている。
体の怪我はほとんど治ってきていた。綺麗に包帯がまかれていて、かすかにつーんと傷薬の臭いがする。
(この部屋は……!)
「……キミコさん!」
「あら?目が覚めたのね?」
あの時の優しい声。私の背中を押してくれた声。
(よかった!無事だったんだ!)
上半身だけ起き上がり辺りを見回す。
「もうここには誰もいなくなってしまった……兵士にやられたの」
「……!」
「実は私とかほんの数人だけ生き延びてるんだけどね。見つからないようにどこかにこっそり身を潜めてる」
「あの兵士達は?」
「もう帰って行ったわ。気が済んだみたい」
窓の外に死骸の山が見えた。辺り一面にずっと広がっている。襲撃を受けたときのままだ。
肉は爛れてところどころ骨が見え、ハエが周りを飛んでいる。
片づける者も誰もいない。本当にもう誰もいなくなってしまった。
「そんな……それじゃあハルは……」
「ハル?ああ、あなたのチームの男の子ね。一生懸命手当てしてあげて欲しいってあなたを担いでここまで来てくれたのよ。その子だってボロボロだったのにねえ」
(ハル……!)
瀕死の私を助けてくれた。
あたりまえのように助けてくれる人がいる。仲間がいる。そうだ、もうここの私は一人じゃないんだ。
「それで、ハルはどこへ?」
「それが分からないのよ。休んでいきなさいって言ったのに目を離したらすぐ出てっちゃって」
(後で探しに行かないと。今度なんかあったら私が助けるんだから……!)
「そうそう、思い出したわ。これ、もしシノちゃんに会えたら渡してあげて欲しいの」
(なんだろこれ。布?ハンカチ?いや違うな、何だろう?)
「それ、前に頼まれてたルカちゃん人形のお洋服よ。やっと完成したの。大変だったのよ、スカートのところはお花でいっぱいにしてねって言われて」
レースをふんだんに使ったピンクの可愛らしいワンピース。
生地のぎりぎりまで色とりどりの花がたくさん刺繍されていた。
普段から花をよく見ているキミコさんだ。写真かと見間違えそうなくらい細かいところまで描かれている。まるで芸術作品のよう。
「うわっ綺麗!いいなぁ。私の分まで欲しくなっちゃう」
「ふふふ、そうかしら。う〜んそうねぇ。何かあなたにも作ってあげたいくらいだけど……でもごめんね、もう私終わりだから」
「えっ、終わり?」
「そう。私ね、寿命なの」
あっさりと言い放つキミコさん。
ほんわかしたムードから一転、冷たい空気が部屋を流れる。
彼女はもう死期が近いのだと言う。
体は都度新品に交換すれば良いのだが、魂がもうこれ以上維持できない状態らしい。
この代わり映えしない造竜としての体。永遠に続いていくと思っていた。まさか限界があるとは。
「魂って、もう一回元に戻せないんですか?!駄目なんですか?!ほら、ソシキに頼み込んでなんとか……」
「それがね、駄目みたいなの。でもそりゃそうよね。忘れそうになってたけど、本来そうだものね。一度死んだらそれで終わり。それが本来の人間であり、自然な姿だから。今までやっぱりちょっと無理してたのよ、造竜として無理矢理その寿命を延長して……」
「……」
「だから本来の形に戻るだけよ。あるべき姿へ戻る、ただそれだけ」
「そんな……」
(やっと無事会えたのに……!)
目の前が滲み、キミコさんの顔が歪んで見える。目が、頭が、顔が熱い。
キミコさんや他の人に背中を押してもらい、ようやっと前を向いて進めるようになったばかりなのに。
まだ始まったばかりでこれからだと言うのに。
「あらら、ほんとに泣き虫ねえ。ほら顔拭いて」
ティッシュを差し出され目や鼻を拭う。
あの日もこうだった。こうやってティッシュを渡されて……
最期に伝えたい事。ミドリにはたくさんあった。
まず、仲間の話。リーダーやアカネ、アオイとカナ、トウジロウにシノ……そしてハル。
みんな温かかった。それまで勝手に怖がって避けてばかりいたけど、いざ話してみるととても優しかった。
世界にとってはほんの一部分でしかないだろうけど、優しい人達がちゃんといた。
あったのだ本当に。優しい世界が。
必要としてくれる人なんて絶対いないって言ったの、どこのどなただったかしら?とキミコさんはイタズラっぽく笑っていたが、突然ふ〜と息をつくとゆっくりと目を閉じた。
「キミコさん?どうしました?」
「いいのいいの。気にしないで続けてちょうだい。ちょっと瞼が重くてね、休憩よ」
「でも、」
「大丈夫。ちゃ〜んと聞いてるわ。だから、続けてちょうだいな」
目を伏せたままそう続けるキミコさん。
(キミコさん……!)
おそらくこれが別れだ。もうすぐ旅立ってしまう。
人の死に直面している。こんな穏やかな状況で。こんな状況始めてだ。
過酷だったり急だったりそんな別ればかりだった。
ある意味一瞬ですぐ過ぎ去っていくものばかりだった。
こんな時、なんと言えばいいのだろう。
何を言えばいいのだろう。
何をすればいいのだろう。
最期なのに変わらずのんびりとしているキミコさん。
この後亡くなるなんて、まだ信じられない。これじゃまた起きておはようなんて言ってくれそうな雰囲気だ。
ミドリは話を続けた。
背中を押してくれたことの感謝の話のつもりだったが、途中でもう自分でも何言っているか分からなくなっていた。涙声でどもりつつ時々鼻をすすりながら。
話がひと段落し、ふとキミコさんを見ると穏やかな顔で眠るように瞳を閉じていた。
キミコさんはもう行ってしまったようだ。遥か遠くへ。
(キミコさん……)
喪失感に襲われ茫然としていると、廊下からけたたましい足音が近づいてきた。
聞きおぼえがあるこの音。この勢いは……
「ミドリ!」
扉を壊しそうな勢いでハルが駆けこんできた。
思い切り蹴破られたまた閉まりそうになった扉を開けてトウジロウとシノも現れた。
「ハル!トウジロウさん達も!無事だったんですね!」
言い終わらぬうちにハルが涙やらなんやらをまき散らしながら飛びついてくる。
「ミドリぃぃぃぃぃ!」
「ちょっと!やめてったら!鼻水なすりつけないの!」
ほんとは嬉しいけど。
泣きじゃくりながら喜んでいたハルは、急にその場にドッとそのままの形で倒れた。
「ハル?!ハル、しっかり!ねぇ!ねぇハ、」
ミドリが体を激しく揺すると身じろぎをした。う〜んとか言いながら。よく見ると呼吸もしている。
「あっ寝てる……」
突然の寝落ち。
「紛らわしいわね、もう!」
「まあまあ。ミドリの姿見て安心したんだろう。最近の睡眠不足もあるしな。そうだな、俺らも一旦休憩するか」
キミコさんの遺体は布をかぶせ、廊下に運び出した。
本当は土葬したかったが、兵士が戻ってくる可能性もありあまり出歩けなかった。
トウジロウはシノに勝手に出歩かないよう言いつけると横になった。すぐに寝息が聞こえたところから、相当疲れていたのだろう。
シノの方はキミコさんの死にショックを受けていたが、ルカちゃんの服を見るなりぱあっと顔を輝かせた。どこに持っていたのか、おもむろにルカちゃん人形を取り出すと早速着せて遊んでいた。
横になっているトウジロウの周りでしばらく遊んでいたが、途中でいきなり電池切れのようにこてんと寝てしまった。
ミドリはしばらく休んでいたのでさすがにもう眠れないと思っていたが、気づいたら一緒に眠りに落ちていた。
久々の安心した眠りだった。
起きたのはその翌日、昼頃だった。
トウジロウさんは先に起きていて何やら考えていたようだ。
「このまま隠れているのにも限界がある。そのうち存在を気づかれてまた襲撃される可能性もあるしな」
「それじゃどうすんのさ?」
ハルはそう言いながらまだ眠そうにあくびをしている。
「まずは何か手がかりを探そう。話はそれからだ」
「だとしたら、資料室とか……」
「ミドリ、今地下はどうなっているか知っているか?」
「えっ?」
「逃げ込んだ造竜達が一網打尽にやられて、今や死体まみれだ」
「うそ……!」
「そうだな……リーダーの部屋に行くか。あそこならアイツが何か調べて残してるかもしれない」
部屋を出ると階段や廊下の床、そこらじゅうにべっとりと黄緑色の体液が飛び散っている。
相変わらず思わず目をつぶりたくなるような光景だ。
部屋に入ると中は土の付いた足跡など侵入された跡があったが、机の上は比較的綺麗だった。
「なんかあった!」
ハルが声を上げる。
部屋の隅、棚の影に隠すように置いてあった真っ黒な箱。金庫だろうか。
ロックがかかっていてパスワードが必要だ。
「でかしたハル!開けられるか?」
パスワードが解けなかったらしく何度か鈍器でたたきつけた後はあるが、閉まったままだ。
「う〜ん。てきと~に回したけど全然駄目っぽい」
「よっぽど大切なもの……もしかしたら何か大事な手掛かりかもしれないな」
パスワードについて探し回る。
棚の裏、机の下、椅子のクッションの下……
まさかとは思いつつ枕の裏をめくる。すると……
(……あった!)
意外と簡単なところにあった。
灯台下暗し。こんなに近くにあるなんて。近すぎて兵士達も気づかなかったようだ。
折り畳まれたくしゃくしゃのメモを開くと殴り書きで新兵器について書かれていた。
新兵器とは神経を麻痺させるもので速効性のもの。主に心(つまり魂の事だろう)と器を繋ぐ人工神経に作用し分離させてしまう。
造竜はそれを食らってしまうと心と体が分離し動けなくなる。うまく体に意思が伝達できなくなるのだ。
そこを攻撃されればどれだけ強靭な造竜だろうとひとたまりもない。
攻撃しなくともそのまま放っておくと完全に分離し戻れなくなり、居所が無くなった心は消滅し主を失った体は腐る。
どのみち死ぬしかないのだ。
その兵器はソシキが現実世界側に制作を依頼していた物らしい。アイに使ったロケット砲はその試作品だった。
弾の内部に薬液が詰められていて、体に刺さった弾が体温で溶けそこから液が流れ込むという仕組みだ。
メモの最後にぎりぎり読める程度の小さな文字で何か書いてあるのにミドリは気づいた。汚れかと思ったが、数字だった。
「『0613』。トウジロウさん、これ……!」
「金庫のパスワードって事か……でかしたミドリ!」
ミドリは流行る気持ちを抑えて間違えないよう慎重に入力する。
0、次は6、そして1、最後に3……
当たりだった。金庫はぎぎぎとさび付いた音を立ててゆっくりと開いた。めったに使われていなかったようだ。
「何だろうこれ、手帳……?」
手帳が出てきた。中は彼の字でなにやらびっしり埋め尽くされている。
そこに書かれていたのは……おぞましきソシキの実態だった。




