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みどりの世界  作者: あさぎ
【第二のゲーム】ディストピアの世界 〜再生のミドリ〜
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18.再び生きる

 


 気づくとミドリはオフィスチェアに座っていた。

 椅子の背面や座面のクッションが平たく硬いちゃっちい椅子。ずっと座っていると痛くなるからとクッションを買ってきてそれを乗せて座っていた。


(この椅子、懐かしいなあ。私があの会社で働いていた頃の……)


 ふと隣の席を見ると知っている顔が。


(えっうそでしょ、ナナがいる!じゃあここは……)


 ミドリは過去の中にいた。社内の風景は全てあの時の記憶そのもの。そのままだ。




 ミドリがとある小さな会社で事務員をしていた頃、そこではもう一人事務員がいた。それが『ナナ』ことヨシダ ナナだ。同期入社で同い年の女性。

 人見知りで暗く特に社内には仲の良い人はいなかったミドリとは対照的にナナはおしゃべりで明るくみんなに好かれていた。


 そこは小さな会社だったがノルマが厳しくギスギスしていた。いつも怒鳴り声が響いているようなところだった。

 ミドリも緊張からしょっちゅうミスをしては怒られていた。


 この日は二人で資料作成に追われていて、時計を見たらもう11時を過ぎていた。


(あ〜あ。帰ったら日付が変わる……)


 入力が終わり、確認していると資料のミスに気づいてしまった。二人で手分けしてやっていたのだが、ナナの入力した箇所に間違いがあった。

「ナナ、これ違っちゃってるっぽいよ……」

「えっうそ?!うわ、ほんとだやばっ!」

「まずいよねこれ、どうしよう……」

「う〜ん。こんな時間だけど……とりあえず私、上司に報告してくる!」

「えっいいよ、それなら私も一緒に……」

「いいのいいの!私のミスなんだし!」

 そう言うと彼女は隣の部屋の上司に報告しに行った。


 その後しばらくすると彼女は戻ってきた。カンカンに怒った上司と共に。

 上司はなぜかミドリに詰め寄ってきて、怒鳴り始める。

「おいテメェ!ふざけんなよ!また間違えやがって!」


(え?え?どういう事?)


 なぜかミドリの失敗にされている。なんて報告したんだろう、彼女は。

「も、申し訳ありません……!」


(えっなんで?私のせい……?!)


 ミドリは泣きそうになるのを必死で堪える。


 周囲を見ると、当の本人ナナは資料の修正を始めていた。

わざとらしく声を上げてあたふたと。まるでミドリの間違いの尻拭いをさせられているかのような振る舞い。周りもそんなナナを慰めたり励ましたり……

 ミドリは上司の説教が終わるなりトイレに駆け込んだ。理不尽に涙が抑えきれなかった。


(あんなの濡れ衣じゃない、私じゃないのに。どうして……なんで……)


 その後なんとか修正を終えたが、あれからナナはミドリに一言も何も言わなかった。業務が終わるなり他の社員達とわいわいおしゃべりしながら賑やかに帰っていった。

 ミドリはというと、一人でとぼとぼと暗い夜道を帰って行った。


 ミドリの周りの人間はいつもこうだ。職場もそうだし、普段の付き合いも。


 ある意味賢い生き方なのかもしれないが。うまく利用するだけ利用して都合悪いとすぐ逃げる。

 口がうまくて、調子のいい事を言うのでミドリも思わず仲良くなれたような錯覚を起こすが、結局ただの戦略。

 そういうミドリの周りはそういう世界だった。味方なんて一人もいなかった。


 家に着くなり、カバンを投げ捨てそのままベッドに突っ伏す。


(あ〜あ、毎日しんどいなあ)


 楽しそうに笑いながら帰っていったナナの顔が浮かんでくる。


(ナナはいいな……今日だって怒られなかったし。私は怒られたのに、なんでナナは……いつもそうだ)


 この世界は理不尽ばかり。苦しみばかり。

 また明日が来るのかと思うと吐き気がする。


 ミドリはおもむろに押し入れを開け太く白いロープを取り出した。ホームセンターで買っておいたやつだ。いつか限界が来たら、使おうと思っていたもの。


(もう駄目だ、手詰まり。もうどうしようもないよ……)


 ミドリはクローゼットにそのロープを掛けると首をかけ、目を閉じて静かにぶら下がる。


 首は痛いし息は苦しいし、何よりなんだか気持ち悪い。あっという間とよく言われる割には長く感じた。


 死ぬ時なんて一瞬とは言うものの、その一瞬に至るまでが長いのかもしれない。


 遅れてやっと来たもうろうとした景色にほっとしながら、意識をふっと手放す。

 目の前の暗闇が広がってきてミドリの体をふわっと包み込んだ。安寧の闇。




(これで、今度こそ終わりかな……)




 しかしまた目を覚ましてしまった。

 何もなくだだっ広くて薄暗い空間に突っ立って。どう言う事だろう。まだ生きている。

 首の痛みや気持ち悪い感覚がなんとなくまだ残っていて背中がぞわぞわしている。


 周りは黒い霧がかかっていてよく見えない。

 肌を触れる空気が上に向かって流れていく。まるで自分の体が落ちていっているような感覚。


(今見たのは……何だったんだろう、走馬灯?)


 思い出したく無い過去をまた見てしまった。


 一度忘れたはずの負の感情が心の奥底から湧き上がり、今にも体から溢れてしまいそう。


(この世界は地獄だ……辛い事、苦しい事ばかり……)


 大粒の雫が目から一粒、また一粒と零れ落ちていった。




「泣かないで……」

 頭の上から声がした。

 誰かが落ちて……いや、降りてきている。背中に白い大きな鳥の羽が生えている不思議な男。


 ふわりと着地し金色の柔らかそうな長髪を靡かせながら、こちらに手を差し伸べてくる。

「それ以上一人で抱えて苦しまないで……」

「えっ誰……?」

「私は貴女を見守る者……貴女を助ける者です」

「助ける者?ほんとに?」

 ミドリはばっと顔を上げる。目の前には緑色の目をした穏やかで優しい表情の青年。純白の羽根を散らしながら羽ばたき、ふわふわと浮いていた。

「本当です」

「じゃあ助けてよ!こんな世界、さっさと終わらせてよ!もう、やめてよ!」

 ミドリは差し出された手を振り払い、勢いよく立ち上がると青年に詰め寄った。

「前の世界じゃ完全に独りぼっち!何やっても駄目だし、生きてても苦しいだけ!だから死んだ!そうよ、逃げたの!」

 ミドリの今にも泣き出しそうなか細い声が周りに反響していく。青年は悲しそうな顔をするだけで何も答えない。

「でも今度は、今度こそはって頑張って!せっかくチームのみんなとやっと仲良くなれたのに!せっかく頑張ったのに、みんないなくなった!一番仲良かったアイだって死んじゃったし、ハルはどこかに行ってしまった!死んだはずの私はまだ死ねてないし!結局またあの時と同じ!また独りぼっち!」

 一息に言い終わるとミドリは体の力が抜け、その場にへたり込んだ。まるで全力で走った後のように息が上がり、肩が忙しなく動く。


「さっきから無言じゃない、なんとか言いなさいよ」

「一人は辛いですよね」

「ああそうよ!なによ、子供っぽいって?!どこの誰だか知らないけど、なんの悩みも無さそうなあんたには分からないでしょうね!この苦しみは!」

「……ですが、何かお忘れではないでしょうか?」

「は?何がよ!」

「貴女は一人ではない、という事です」

「独りぼっちになってるじゃない、こうやって死んで!やり直したくもないのに!また同じ展開!私はただ終わりたいだけなのに!」

「私は秘密裏に貴女の過去を拝見しました。その手段は人に口外できないものなのでお伝えできませんが……それで私は貴女の良い面も悪い面も知りました」

「何よ突然……」

「私は貴女が好きです」


 南国の海のような青みがかった緑色の瞳にはミドリの姿がはっきりと映っていた。


「はあ?!急に何言って……!」

 動揺するミドリ。姿勢を合わせるように青年はゆっくりとしゃがみ込む。動くたび羽がふわっと周りに舞う。

「貴女の性格、個性……それを見て嫌う者ももちろんいるでしょう。それを利用するような輩もいるでしょう……しかし全てが全てそうとは限らない。それを好意的に捉える者もいるはずです。そう、私のように」

「はっ、蓼食う虫も好き好きって事?変な人ねあなた」

「いえ、私だけではないのです。私はあくまでその内の一人。他にもまだまだいるはず」

「だから、なんだっていうのよ?こうやって今苦しんでるじゃない私……いくら慰めの言葉もらったって何にもならないのよ」

「貴女の過去の苦しみは私が全て引き受けます。堕ちて後は朽ちるだけのこの身……完全に消えて無くなってしまう前にこの身にその闇を収めましょう。今の私にはもう以前のように浄化の力はありません。ですが、吸収するくらいなら……」

 そう言って両手を広げると、男が身に纏っていた白い布の服に黒い染みが広がっていった。下の方から、絵の具を垂らしたようにじんわりと真っ黒に染まっていく。


 男は話を続けた。

「だから、貴女は前を向いて進んでください。私の他にもたくさん貴女の味方になる人がいます。必ず、世界のどこかに」

「……」

 どこかで聞いた話だ。またここで聞くとは。


「ただただ前向きに生きる、 それだけでいい。いつか貴女が幸せになれる世界に出会えるはず。だから、その日がくるまで……お願いです。どうか生きて、生き続けてください」

「何よ、何なのよ……」

「いきなり言われても信じられないでしょうけど……でも、私は本気です」

「つまりまだ生きろって事?!もう疲れたの私は!これ以上頑張れって言われたって……もう無理よ!」

「私が貴女を守ります、この体が朽ちようとも。だから大丈夫」

「本当に?」

「ええ。私がいます。だから……どうか、泣かないで」

「……っ……」


 ミドリの涙はダムから溢れた濁流のようにどっと溢れていった。

 男は泣き崩れる彼女の体を起こし、そっと抱き寄せた。子供をあやすかの様に背中をポンポンとさすりながら。




「落ち着いたようですね。さあ、そろそろ戻りましょう……元の場所へ。貴女を待っている人がいますよ」


 気づいたら上から光が降り注いでいた。なんとなく優しく暖かい風も吹いている。さっきとは違う雰囲気。


 その男は優しくミドリを抱きかかえると強く二、三度羽ばたき飛び上がった。



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