17.アテナ
廊下を抜け、エントランスを突っ切り建物を出る。
外は肉の腐るようなすえた臭いと体液の生臭い臭いが混ざり合い充満していた。足元には人の亡骸がごろごろと転がっている。
(ハル、お願い!止まって!ねえ!お願い……!)
願いも虚しくハルが足を止める気配は全く無い。
(どこまで行くつもりよ!もう!)
どこまで走っていき、とうとう時空の狭間のある岩場まで来てしまった。辺り一面まるでペンキで塗ったかのように黄緑色。
ミドリは地面を見ずに走り続けた。一瞬でも下を見たらあまりの惨さに立ち止まってしまいそうだから。
この世界への入り口である時空の狭間は人間の目では認識できない、そして新兵器にやられた造竜達が帰ってきてから侵攻が始まった……その二つが意味する事。
つまり、現実世界の兵士達は兵器で傷つき逃げ帰ろうとする造竜を追ってここから侵入してきたのだ。侵入口を見つけるためにわざと攻撃した可能性もある。
そして、その後ここを防衛しようと集まってきた多くの造竜達と戦い、そして……
(ハル……!これ以上は……!)
これ以上は危険。また奴らが来てしまったら。他の造竜と同様に対抗手段が全く無い今、それは『終わり』だ。
ふとどこからか視線を感じ、立ち止まる。
(どこなのか分かんないけど見られている……いや、狙われてる)
虎視眈々と狙いを定めるような視線。殺意の篭ったピリピリとした視線。
この一瞬でハルの姿ははるか向こうに遠ざかってしまった。
(今はそれどころじゃないのに……!)
焦る気持ちを抑えて後ろを振り返ると、目の前を眩しい光の束が通る。さっと後ろに飛び退き間一髪のところで避けた。
「……!」
さっきまでいたところの地面は湯気が立っていた。焦げたのかちりちりと音がする。
立て続けにまた二発、三発。身をよじりなんとかかわす。土の焦げた臭いがあたりに充満した。
(これも新兵器?いや、なんか違う。まさか造竜……?)
何かが羽ばたく音がして、ぬっと頭上に影がかかる。周囲を覆い隠すような大きな影。見上げるとそれは白い竜だった。ミドリ達と色違いのような、純白の竜。
澄んだ海のような青い瞳がすぐ上からこちらを見ていた。
(どこかで見たような……そうだ、あの時の……!)
ハルと訓練したあの日に、遠くの方を飛んでいた白く大きな鳥。あれは見間違いなどでは無かった。造竜だった。
「あなたは……?」
《私はアテナ。全てを壊す者》
「アテナ……」
《あなた達『旧型造竜』を始末する、それが私の仕事》
「旧型……?どういう事?あなたも、もしかして造竜?」
《質問に答えてやる義務はない》
「造竜なら、なんで!どうしてここを襲うの?同じ仲間でしょう?!」
《……》
「アテナ!」
《……了解》
誰かと通信しているようだ。
《対象を、『破壊』します……》
口を開け、何やら力を溜め始めた目の前の造竜。向こうは見えない誰かが補佐をしているこの状況、複数対ミドリ一人。勝ち目はほとんどない。
逃げようと首元のチョーカーに手をやるが、焦りで手が滑ってうまく金具が外れない。
(まずい、こっちが圧倒的に不利……!)
気づいたときには一筋のまっすぐな光線がミドリの体を貫いていた。
悲鳴を上げる間もなかった。
意識を失ったミドリの体は光線の衝撃で軽く跳ねるとそのまま地面に倒れていった。
土には彼女の体液がどくどくと流れ染み込んでいく。目は開いたまま、手も首に添えたまま、まるで時が止まったかのように。
《いかがなさいますか、マスター?……はい、はい。ここでとどめを。了解しました》
ミドリの体を握りつぶそうと、白い鱗を煌めかせ手のひらを翳す。
あと少しでその指が触れるという瞬間、燃え盛る炎に遮られ思わず手を引っ込める。
《……?!何者?!まだ他に造竜がいたのか?!》
動揺したアテナは光線を乱射するが、相手はそれを器用に潜り抜けていく。地面が焦げ煙が燻る。
黒い竜。ミドリと同じ旧型の造竜だ。体の大きさからおそらく雄型。
黄色と青の瞳、お互い鋭い視線が交差する。
白き竜と黒き竜。新と旧。似て非なるもの。
旧型の造竜はアテナの隙をつき、ミドリを抱えると加速してそこから飛び立っていった。




