サイドストーリー④ ダイキ 〜大切なもの〜
大輝には妻と今月で二歳になる娘がいた。
ある日、海外に一週間出張となり妻子をトーキョーに残して出掛けていった。
妻は以前から胸の違和感や息苦しさを訴えていて、出張は待ってほしいと訴えていた。
妻の両親は亡くなっており、唯一頼れるのは夫である大輝だけだったからだ。
しかし、大輝は育児のストレスだから気にするなと言って話を聞かなかった。
海外滞在最終日、ホテルを出るといきなり電話が掛かって来た。
トーキョーの警察からだ。
『ご近所の方から通報があり、お宅に伺ったところ奥さんと娘さんが倒れていまして……』
近所の人がポストに溢れた郵便物を見て不審に思い、通報したらしい。
大輝が家を出た後、妻は症状が急激に悪化し出張初日には倒れてしまった。助けを呼ぼうにもそんな気力もなく、すぐに息を引き取った。
残された娘は食事も水も与えられず衰弱死。
警察が駆けつけたときには、まだ体がほのかに暖かかったという。
今回の出張は昇進がかかっていた。
うまく昇進できれば給料も大幅に上がり、今住んでいる狭いぼろぼろのアパートから広くて新築の戸建て住宅に引っ越せる。
いずれは家族の時間を大切にしよう、そう思っていた。
それまで将来のために仕事に専念しているつもりだった。
なぜ、気づかなかったんだろう。
仕事なんかより家族の方が大事だと言うのに。
俺のせいだ。
俺が二人を殺してしまった。
あの時、俺は助けられなかった。
妻の異変に気づいていたのに、無視してしまった。あれほど必死に訴えていたのに。
彼女の気持ちを微塵も考えようとしなかった。
俺がいない間…….死ぬまでの間、彼女は相当苦しんだだろう。
警察から聞いた話だと、倒れた妻の手元に携帯が転がっており画面には俺の電話番号が表示されていたらしい。最期に俺に助けを求めようとしたが、発信ボタンを押す前に息絶えてしまったようだった。
違和感はずっと感じてはいた。
海外滞在中一度も連絡がなかったし、LINEを送っても既読にならなかったから。
それは明らかな妻からのSOSだった。
そこでまた俺は気づかないふりをした。
妻を、家族を、また蔑ろにしてしまった。
帰国後、大輝は部屋に籠るようになった。
仕事はずっと無断欠勤。会社からの電話がひっきりなしにかかってくる。海外出張の報告すらまだしていないのだ。他にやっていたプロジェクトもそのままほったらかし。当然と言えば当然だろう。
スーツケースは床に置きっぱなし、机には鞄や携帯を放り投げたまま、食欲も何かをする気力も湧かずひたすら布団でうずくまっていた。
ある日の夜、川辺へ向かった。
呼ばれているような気がしたのだ。聞き覚えのあるあの声に。
辺りは誰もおらず静まりかえっていた。水の流れは今日はゆるやかで時々波紋が生まれ揺らぐ。
しばらくそのまま水面を見つめていた大輝は、何かに引き寄せられるようにそのまま川に入っていった。
(ごめん。本当に、ごめんな……俺もそっちへ行くよ……)
そこは大人が頭まで浸かってしまう程の深さ。しかし大輝は歩き続け、そしてそのまま沈んでいった。
その後浮き上がってくる事は無かった。




