サイドストーリー③ アカネ 〜返して〜
朱音は彼氏と同棲していた。
付き合ってもう七年になり、そろそろ結婚を考えていた。
ある日朱音が家に帰ると、女がいた。
寝室からいそいそと出て来て笑顔で『お邪魔してますぅ』と言った。
仕事終わりでくずれたメイクとボロボロ肌の朱音と違って、シミ一つないピチピチの若い綺麗な子だった。まだ学生らしい。
ここ最近彼はやけに残業が多いなぁとは思っていたが、まさか女だとは思っていなかった。
しかもよりによって同棲している家に上げるなんて。
その後、彼を問い詰めたがはぐらかされるばかりで謝罪は一切無かった。友達からはそんな男別れなさいとか散々言われたが、未だずるずると時間だけが経っていた。
朱音はその事を許した訳ではない。しかし、これ以上話を切り出せないでいた。別れたくないという思いの方が強かったから。
彼の方は、それをいい事にまだその女とこそこそ逢瀬を楽しんでいるようだ。
それからちょうど一週間が経った今日。
いつもと変わらない日常。
いつも通り仕事を終わらせ、会社を出て駅まで向かう。
今日は電車が遅れているようだった。少し時間があったので、たまにはいつも通る大通りから一本脇に入ってみる。ちょっとした散策だ。
そこは閑静な住宅街だった。歩いていると時々どこかの家から赤ちゃんの泣き声や子供のはしゃぎ声が聞こえてきてくる。
朱音は瞼の裏にじわじわと熱いものが込み上げてきたが、無理矢理瞬きをして抑える。
まだ会社の近くだ。同僚や上司がまだこの辺にいるかもしれない。涙目の酷い顔なんてとてもじゃないが見せられない。
暖かい家庭。それが朱音の望んでいた将来だった。
朱音は幼い頃から父親から暴力、母親から暴言を受けながら育った。両親同士も仲が悪く、一緒に何かをするところを見たことがなかった。
家族旅行なんて夢のまた夢だった。
そんな家庭で育った彼女は周りの話やテレビ等で暖かい家庭を知り、徐々に憧れを抱いていった。
優しい夫と自分、そして可愛い子供。
リビングに集まって談笑したり、食事をしたり、一緒にどこかへ出かけたり……
しかしそれは相手ありきだ。
相手の同意が無ければ結婚も出産もできない。
結婚するなら彼がよかった。
笑うと目が無くなって顔がクシャクシャになるあの彼が。
風邪で高熱を出して寝込んだ時にずっと看病してくれた彼が。
面白いギャグを言ったりしていつも私を笑わせてくれた彼が。
思わずドキッとしてしまうくらい仕事中の真剣な顔がかっこいい彼が。
でも彼はもう、私を見ていない。
(幸せになってみたかったな……彼と)
朱音は電車のホームに着くと、そこから飛び降りた。




