16.絶望の再来
それは突然だった。
早朝、ミドリは朝日が登り切る前に耳をつん裂くような大音量のサイレンに起こされる。
『緊急事態発生!緊急事態発生!侵入者の反応を確認、至急対処に当たってください。場所はエントランス。繰り返します……』
(えっ?えっ?!何?なんなの?!)
携帯もバイブがひっきりなしになっている。画面には『緊急速報!現実世界軍襲撃!』と出ている。
速報の文章を要約すると、時空の狭間を抜け現実世界の人間達が襲撃してきているようだ。おそらくあの新兵器を持って。
窓から下の階の喧騒が聞こえてくる。
(人の声と、これは銃声……?!)
悲鳴と呻き声とけたたましい銃声。
扉を開け足音を忍ばせて廊下に出ると、鼻につんと来るようなきつい臭いが広がっていた。昨日エントランスで散々嗅いだ造竜の体液の臭い。今日はさらに多量の強い臭い。鼻が曲がりそうだ。
強い吐き気にミドリはその場に座り込む。口を押さえ、呼吸を整えながら目だけ動かし様子を伺う。
どうやら現実世界軍の人間……兵士達は片っ端から部屋の扉を開けては見つけ次第射殺しているようだ。
手にしているのはあの新兵器のたぐいなのだろうが、随分と小型化されていた。肩に担ぐほどの重量と大きさだったあの兵器は、今や片手で軽々持てるハンドガンに形を変えていた。研究の成果、というべきか。
なすすべも無くやられ、造竜達の骸がそこかしこにどんどん積みあがってきている。
まるで今までの自分達と立場が逆転してしまった。
造竜はほぼ全滅。仲間を助けようとの思いでどんどん兵士の前に現れては餌食になってしまった。芋づる式だ。向こうからしたら数匹倒したらただ待ってるだけで良かった。こんなに楽な事はない。
何時間にもわたり襲撃を受け続け、残ったのはもうミドリのチームだけになってしまった。
それぞれの部屋にいられなくなったミドリ達はリーダーの部屋に身を寄せ合っていた。なぜかその部屋の周りはまだ兵士達が来ていなかったのだ。
しかしこれも時間の問題だろう、そう長くはもたない。足音や銃声が徐々に近づいてきている。
「まだ戻ってこないのか、アイツは!」
静かな部屋に声が響く。アオイは待てど暮らせど帰ってこないリーダーにいら立っている。
「まさかとは思うが、ソシキに向かって行ったんじゃないだろうな!」
「そこまで考えも無しに突っ込むなんてしないわ、彼は!」
アカネがキッとにらみながら反論する。緊迫した状況が続き、疲労や睡眠不足からなんとなく気が立っているようだ。
「そういう奴だっただろ?ずっと近くにいて、分からないのか?」
「思い付きで動いてるように見えてるけど、でもいつも彼なりに考えはあった!無茶なことはしない人よ!」
「ダイキはおそらく管理区に向かって行った。ソシキに直談判するために。あいつはこのチームのリーダーだ。俺たちより先にソシキから新兵器について何か連絡があったんだろう」
ふいにトウジロウが呟いた。あぐらをかき真ん中にシノを座らせながら。ダイキはリーダーの名前だ。
「『アイ』だ。覚えているか?いや忘れるはずもない。チームの仲間だった彼女を殺したあの兵器と同じ、そんなのを聞いてダイキが黙っていられるはずがない。ソシキはあれから何も対策なんて練っていなかった……ダイキがどれほど危険性を訴えようともな。それで今回痺れを切らした訳だ」
「やっぱり!アイツ勝手に一人で行きやがって!」
言葉が終わるより先にアオイは走り出す。
「アオイさん!どこへ行かれるんです?」
「カナ、少しここで待っていてくれないか?大丈夫だ。すぐ戻るから……」
「そんな!アオイさん!待ってください!」
カナが必死に引き止めたが、立ち止まる素振りも見せない。彼は何と言われても意思を変えるつもりなどないのだろう。
「アオイ!待ちなさい!私がリーダーよ!出動は許可していないわ!ちょっと!どこ行くの!」
「みんな、そこで待っていてくれ!すぐ戻る!」
アオイは走り去って行った。勢い良く閉めたドアが跳ねる。
「アオイさん……」
「カナ……ごめんなさい彼を止められなくて」
「そんな、アカネさんが謝る事じゃないです!それに……ごめんなさい」
「えっ?」
「私も行きます。彼は私の大事なパートナー。黙って待つわけにはいかないので」
「駄目よ、あなたも許可なく行くつもり?」
「……ほんとにほんとに、ごめんなさい!」
「カナ!」
アカネの制止の手を振り切りカナまでも走り去っていった。
足音はすぐに聞こえなくなった。
部屋に残されたのはミドリ、アカネ、トウジロウ、シノ、ハルの五人。
「ははっ、ほんと駄目ね私。誰一人引き止められないなんて」
アカネはミドリの隣に腰を下ろし項垂れる。
「ねえミドリ」
「……」
「やっぱりね、私も彼らについて行こうと思うの」
「アカネさん?!」
「おかしな話よね。さんざん人の事止めておきながら」
「そんな……」
「でもこのままここで敵に怯えながら、戻るか分からない仲間をずっと待ち続けるなんて……どこかで気がおかしくなってしまいそうで。それなら、」
「死ぬつもりか?」
トウジロウの低い声。強く迫るような威圧感のある声。
「いずれここも襲撃される。その貴重な戦力が減るのは困るんでな」
アカネは勢いよくばっと顔を上げ、間髪入れずに言い返す。
「違う!そんな事言ってないでしょう!彼らを連れ戻すだけよ!今ならまだ間に合う!」
「一人でか?」
「そうよ!何か?!」
「それなら俺達と一緒に行けばいい話だろう、何も一人で行くことはない。違うか?」
アカネはまた座り込んで下を向いてしまった。
(アカネさんは薄々気づいていた。アオイさん達はただじゃ帰ってこれないって。だから彼女も行こうとした。苦しむ仲間を放っておけなかったから。止められないとしてもせめてその痛みを分かち合いたかった……その先が死だとしても)
トウジロウはおもむろにしゃがみ、足元に置いた何かを引っ張り出す。風呂敷に包まれた何か。結び目を解こうとするが、しっかりときつく結ばれていてなかなか開かない。
(トウジロウさんはアカネさんを引き止めようとしてああ言った。乱暴な言い方だけど。昔、何か言っては奥さんを怒らせてよく喧嘩してたっていうし、そういうの苦手なんだろうな……トウジロウさんは。アカネさんも素直じゃなくて。二人ともとっても優しくて、とっても不器用……)
「これは昨日俺が預かった物だ」
トウジロウが見せたのは、アオイの物らしき携帯と財布、手帳。
いつも肌身離さず持ち歩いているはずの貴重品だった。つまり。
「最初から今日はソシキに向かうつもりだったんだ。仲間の仇を撃つってな」
「預けて行くなんてまさか……」
「そのまさかだミドリ。素性の知れない奴が相手だ。生きて帰れるとは限らない」
「うそでしょ!そんな……!」
アカネの悲鳴のような声。静かな部屋に響く甲高い音。
ソシキの元に行ったら生きて帰れないという事。そしてソシキに立ち向かっていったらしいリーダー、もといアカネの長年のパートナー。長年苦楽を共にしたかけがえの無い人。
アカネを絶望させるには充分すぎる情報だった。
「待ってたのに!いつか絶対帰ってくるって信じて!無理やり思い込んで!」
アカネはこちらを見ようとしないまま続ける。下を向いた顔を伝って涙が下にぽたぽたと零れ落ちる。
「でも、もう帰ってこないなんて……嫌よ!そんなの嫌!」
「アカネ、聞け。彼らの犠牲は仕方がない。いまさら足掻いたって無駄だ。だから俺達は他の手を考えるんだ、少しでも生き延びるために」
「じゃあ何か良い案があるっていうの?」
「いや……」
「でしょう?!もう無理なのよ私達!」
「おい!アカネ!」
「アカネさん!待って!」
アカネまで部屋を飛び出して行ってしまった。
リーダーはチームのみんなを守ろうとしていた。だから直接ソシキを止めようとわざわざたった一人で行った。
でも、その思いは叶わなかった。
その意に反して、結局こんな形になってしまった。みんな、バラバラになってしまった。
「カナちゃん……」
「二人とも止められなかった……俺の失態だ」
「『二人とも』?」
「ああ、カナとアカネ。ダイキやアオイと違って二人ともそもそも計画してなかった訳だ。止められたはずだ……うまく引き止めていれば」
「……」
「二人ともそれぞれ相方とは長い付き合いだ。それなりに情があったんだろう。……そういえば、さっきからずっと無言じゃねえかハル?どうした?らしくない」
ハル部屋の端に立ったまま黙り込み固まっている。かすかに体が震えている。
「おい、ハル。聞いているのか」
「お、お、俺、死ぬの……?」
「だからこれから対策を練るって言っただろう?」
「また死ぬの?やだよ!殺されるなんてもっとやだ!怖いじゃん!痛いじゃん!」
「落ち着けハル!」
「そんで、またなんか生き返ったりすんの?また次は別の世界に飛ぶの?もうなんなんだよ!」
「落ち着け!お前は混乱しているだけだ!」
「何度も何度も痛い思いしてさ!もういやだよ、こんなの!」
ハルも部屋を飛び出して行く。
「待って!ハル!」
彼まで失うなんて、耐えられない。ミドリもドアを乱暴に潜り抜け彼を追う。




