14.余計な一言
仕事復帰した今日、流石にいきなり戦闘とはならず簡単な見回りで一日の任務は終わってしまった。
早速部屋に戻りまた検索してみる。
それらしいところはやっぱりどこもパスワードでガチガチにガードされている。
パスワード。昨日はどれもたいしたものじゃないだろうとたかを括っていたのだが、まさかの13桁。適当に打っただけでは開かないようにされていた。とても人力では無理なレベル。
(うわ〜。まいったなあ……)
気の遠くなるような作業だ。さっさく心が折れそう。キーボードから手を離し、伸びをするとつられて大きな欠伸が出た。
なんだか、やる気が一気に削がれてしまった。どうしようかな。今日はもうやめようかな……
窓から急に風が入ってきた。カレンダーが煽られページがパタンパタンとはためく。
まるで誰かがねぇ!ちょっと!と言っているような。
(アイ……!そう、そうだった。アイだ。これはアイのためでもあるし、自分の意思でもあるんだ。諦めちゃ駄目なんだった!)
気を取り直し何か良い案はないかと模索を続けていると、ふっとパソコンの画面の端に便箋マークが着いた。
(メール……あれ、アカネさんからだ。リーダーに代理で送るように頼まれたのかな)
ミドリ達もソシキに認められ戦闘許可が下りた、との事。
まだたいして経験もないというのにいきなりの許可。慌ててミドリは宛先間違いだと返信しそうになったが、他のメンバーはもうすでに戦闘員。
つまりどう考えても許可が下りたのは間違いなくミドリとハルだった。
戦闘許可が下りた……つまり現実世界軍との戦闘の始まり。
他の造竜が今までのミドリのように建物を破壊している間に軍と応戦して防衛したり、攻撃を凌ぐ。今までは血も出なければ悲鳴も上げない無機質なコンクリートの塊が相手だった。ただサンドバッグを殴っているようなもんだった。
しかし、今度からは生身の人間が相手だ。お互い殺す気で向き合わなければならない。もちろん血も見るだろうし、悲鳴も……
(いつかこうなる日が来るとは思ってた。けど、ハルはまだ来たばかりの新人。あまりにも唐突過ぎない?何か事情でもあるのかな……)
その場でリーダーに電話をかける。
ソシキから連絡受けたのはおそらくチームの頭である彼だろうから。何か知ってるはず。
『只今、電話に出る事ができません。ご用の方は……』
駄目だ。何度かけても駄目。
メールが来たのはアカネさんから。リーダーではなかった。そしてこの音信不通。
あの日以来の嫌な感じだ。胸の奥がぞわぞわして鼓動が早鐘を打ち始める。
(リーダー……!)
気づくとミドリは自室を飛び出していた。
向かったのはリーダーの部屋。それは事務所代わりにもなっていてチームメンバーなら誰でも入れた。全員チームに入る際に部屋のパスワードを教わるからだ。
いつも座っているはずの椅子には彼はいなかった。
パソコンの画面は真っ暗で、文房具はきちんとペン立てやケースにしまわれ、書類も揃えて置かれていた。ちょっと席を外した、という訳ではなさそう。
「うん?……あ、ミドリ!久しぶり!」
彼女はアカネ。サブリーダーとしていつもリーダーの事務処理を手伝っている。秘書みたいなものだ。
今日も彼女の目の前には大量の書類の山。見ているだけで気が重くなる。
「お久しぶりです」
「元気してた?あ、もしかしてリーダー探してる感じ?ちょうどさっきソシキに呼ばれたみたいで出かけていったよ」
「ああ、よかった。いなくなったかと……」
とりあえずは無事そうでほっとする。
「どうしたの急に?何かあった?」
「急に戦闘許可下りたので、リーダーなら何か知ってるかなって」
「う〜ん……あれかな、ソシキに気に入られちゃったとか。特にハルくんとかね。ソシキって若くて活発な子やたらと採用したがるから……」
若くて活発な子。まさにハルの事だ。
ソシキに気に入られてしまったのだろうか……でも、もし気に入られていたとしたら、戦地に向かうということはいつ死んでもおかしくないという事。
なんだか変な話だ。何か裏がある。今まで募り続けていた不信感が少しずつ確信に変わっていく。
「そういえばミドリさ、なんか……なんていうか、変わったね。なんだろ、明るくなった感じがする」
「……!ほんとですか!」
ミドリはこれまでの経緯を話した。
アイの死からなんとか立ち直り、ちょっとずつ苦手な人間関係を克服しようと奮闘しているところだと。
「すご〜い!ミドリ、やるじゃん!」
「えへへ」
なんか照れ臭いけど、素直に嬉しい。
「よ〜し、私ものんびりしてる場合じゃないぞ!リーダー戻ってくる前にこの書類終わらせないと!」
そう言ってアカネは目の前の大量の書類に向き直すと、私も負けてらんない!と言って取り掛かり始めた。
集中し始めたその背中に、でもたまにはちゃんと休んでくださいね〜と小声で呟くと、静かに部屋を出た。
ドアを閉めると同時に離れたところから声がした。
「ミドリさ〜ん!」
カナだ。仕事終わりだろうか、アオイも一緒にいる。
二人とも今日はたいした怪我もなく、なんとなくその顔つきから見ても余裕だったようだ。せっかくなのでミドリは合流して三人でそれぞれの部屋まで一緒に行く事になった。
「今ですね、アオイさんと趣味の話してたんです。知ってます?アオイさん、アクセサリー作りと編み物が趣味って」
「えっ、意外!でも手先器用そうだから分かるかも」
「他の事とか忘れて手元だけに集中できるからな。たまにキミコさんに生花をもらってアクセサリーにしたりとか」
「ふふふっ。私もたまに作ってもらうんですよ〜?ほら!」
カナの耳には透明な樹脂に包まれたピンク色の花が揺れていた。イヤリングだ。
手作りとは思えないほどの精巧な出来栄え。
編み物の方も得意らしく、ミドリとぶつかったあの日はキミコさんの誕生日で手編みのバッグを渡しに行ったそうだ。
「へ〜すごい。可愛いのがお好きなんですね、女性みたいな……」
(しまった、最後の一言余計だったかも……!)
アオイさんは苦笑いしているように見えた。
なんだか急に二人との間に見えない壁が張られてしまった気がした。近いようで遥か遠くにいってしまった。
(ああ、せっかくうまく仲良くできそうだと思ったのに……ほんと馬鹿。何やってんだろ)
発言が気になってずっと考え込んでいたら、いつの間に気づいたら部屋に戻ってきていた。
あの後何を話したか全く覚えていない。ずっと上の空だったから。ただただ必死にこれ以上悪化させないようにひたすら相槌を打っていた。
(自分の発言で独りで落ち込んでいるなんて馬鹿みたい)
でも、言ったことはもう戻らない。無かった事にはならない。それにアオイさんはそこまでは気にしてなかったはずだ。多分。
でも、なんだかどうしてもモヤモヤする。
あんなに楽しくおしゃべりしてたのに、一瞬でその場の空気が変わってしまった。ついつい楽しくって調子に乗ってしまった。私の馬鹿。
(あ〜あ。なんで、あのとき言っちゃったんだろう……)
口にしないこと、黙っていることがいい事もある。もちろん、いつもそうとは限らないけど。
話す前に嫌な思いをさせないか考えるようにしないといけない。それも分かってはいるんだけど……
もうすぐ日が暮れるがなんだか気分が晴れない。このままだと悪夢を見るか、下手をすれば寝れないか……どちらにせよ最悪。
さっきから頭の中でアオイさん達との会話シーンが繰り返し流れ続けて止まらない。
録画したドラマみたいに停止ボタンがあればいいのに。いや、もう頭からこの一連の映像まとめて切り取って削除してしまいたいくらいだ。
(はあ〜やっちゃった。もうやだ……)
なんとなく手持ち無沙汰で携帯をいじるが、全く何の情報も頭に入ってこない。
(あっ、そうだ。ハルなら聞いてくれるかも)
彼の事だ。きっと今頃どうせ暇だろう。時間を持て余して踊ってるくらいだし。
ある意味ひどい話だが、この際許して欲しい。
『俺、めっちゃ腕痛いんだけど!やばくない?!』
呼び出し音ワンコールも無しに音割れ気味に彼は出てきた。そんな事知らんがな。
「またなんかやったの?」
『ドアに腕挟んでさあ……』
「相変わらず落ち着きが無いのね。前は机に膝ぶつけて、その前は開いた戸棚で頭打って……もうちょっと慎重に動きなさいって」
『それができたら苦労しね〜よ!』
(子供みたい。本当に落ち着きがないんだから……)
『あ、で?なんか用?』
「そうなの、ちょっと聞いて欲しくて……」
『あ〜。手短にしてね?』
(自分は好きなだけ喋っといて、人の話は聞かんのかい!)
思わず引っ叩きそうになったが、ぐっと堪えた。
「あのね。今日アオイさんとカナちゃんと喋ってたら、私が一言余計に言っちゃって。それで……」
『へ?気にしなきゃい~じゃん』
なんともあっさり。
「でも苦笑いされちゃったんだよ?それにすごい気まずくて」
『だから?別にい〜じゃん、どう思われたって』
「どうしても気になっちゃうのよ、こういうの」
『俺は、俺が楽しいから好きに喋ってるだけだし。合わなかったらそれまでじゃん』
「いやいや!極端すぎでしょ……」
『だって内容っつったって、そんなみんな覚えてね〜よどうせ。失言だなんだ考えないで楽しく喋ってりゃいんじゃね?』
(う〜ん、それはそれでまた別の問題がある気がするけど……)
真面目な話をするつもりがなんだか拍子抜け。色々気を張りすぎたみたいだ。
彼の図太さ、ある意味流石だ。自信に溢れていて自分がしっかりしている。どこから来たんだその自信、というのはこの際聞かないでおく。
実際彼が無神経な発言をしている場面にはよく出くわすが、もちろん本人は気にしてないし意外にもなんだかんだ周りから嫌われてはいないようだった。
(ちょっと極端すぎるところもあるけど、その姿勢は見習わないと……)
「豆腐メンタルだもんな〜ミドリ」
精神的に弱く、豆腐のようにもろく崩れるメンタル。まさにミドリの精神を指すピッタリな言葉。
図星すぎて何も返せない。
「でもさ、たった一言で嫌うようなのなんてろくな奴いね〜よ。疲れるだろそんなの。そんなのやめやめ!気にすんなって!」
言い方はあれだが、ハルなりに励ましてくれているようだ。嬉しさが胸いっぱいに込み上げてきて目が潤む。最近気持ち的に色々変化が多いせいか、涙腺がおかしくなってしまったのかもしれない。本気でそう思ってしまうくらいの勢いで涙がつーっと落ちてきた。
いつもこちらの事など微塵も気にしていないような彼だからこそ、余計にくるものがある。
(ハル、ありがとう……)
この後もしばらくおしゃべりに花が咲いた。ハル相手だと余計な気を使わずいられるので、話したい事があれもこれもと増えて収集がつかなくなってしまったのだ。
電話したのも夜だったが、ベッドに入ったのはなんと朝方、外が明るくなってからだ。
(明日が休みで良かった……)




