12.かくれんぼ
時空の狭間をくぐると、リーダーが仁王立ちしていた。
「あの世界は危険だと最初に連絡しただろう!敵がどこに潜んでいるか分からない、だから長居してはいけないと決まりが出来たというのに!特にミドリ、お前は身をもって知っているだろう?!」
全くもってその通りだった。ミドリは反論できずに下を向いて黙っていた。
「余計な滞在は危険……そう言ったはずだ!」
「『余計な』?!はぁ?!ふざけんな!猫一匹すら助けちゃいけないってのか?!」
ハルがすかさず反論する。
「当たり前だ!お前達の命の方が大事に決まっているだろう?!その猫だって向こうが仕掛けた罠かもしれない!」
「そうだとしても!弱ってたら助けるだろ?!当たり前だろ?!」
「お前の当たり前なんて知ったことか。それより自分達の命の方が大事なんだぞ!」
「じゃあ今回猫だったけど、それが人でも同じ事言えるのかよ?!」
「そうだ」
「はっ、アンタそれでも人間かよ……!」
そう吐き捨てるとハルはどこかへ走り去ってしまった。
二人きりになってしまったミドリも思わずその場に耐えきれず逃げ出してしまった。
きっとあの行動にはハルなりの正義があったのだろう。彼にとって譲れない信念があるのだろう。
かといって、今回は命の危険があり自分達の身を守らねばならなかった。リーダーも仲間を失いたくない一心で一言、ああも冷たく言い放ったのだろう。
ミドリが部屋に戻るとリーダーから電話があった。ルールが守れないようでは仕事を任せられないと一週間自室で待機するよう言われてしまった。
彼の優しさが身に染みる。普通は規則破りなどしたら、休みどころかチームを追放されてしまう。
明日の仕事の予定が無くなりだらだらと夜更かししながら、ミドリはぼんやり今日の出来事を思い出していた。
現実世界はもはや簡単に行ける場所では無くなった。危険で死と隣り合わせの恐ろしい場所になってしまった。たかが猫一匹すら助けられなくなったこの状況。すっかりおかしくなってしまった。
ソシキは今どうしているんだろう。ふと、思い出す。
彼らは全てを知っているはずだった。全てをあらかじめ把握しているはずだった。毎回の仕事内容だって、現地を調べてある程度状況をシュミレーションし吟味された内容のはず。
なのに。あの日なぜ不意打ちされてしまったのだろう。
アイという造竜一体の喪失。戦闘の才能が全くない者は売店店員や居住区の清掃員などに割り当てられるこの世界、現実世界に出撃するという事はつまりそれなりに戦える者として認識されているはずだ。
そんな戦力を失って、ソシキからしても痛手なはずだ。
ならば、なぜ。
ハルに言われた言葉。あながち的外れではないのかもしれない。
なぜ、ソシキは姿を見せないのか。建物の破壊は何のためにやっているのか。隠し事ばかりのブラックボックス、それがソシキ。造竜達を統べる者。
(なんだろう、この違和感……)
今までなら何も考えず疑問も持たずそのまま従っていた。いつも誰かに着いていくだけだった私。
でも、今の私は違う。自分の意思で動くんだ。私は私の意思で動くんだ。何かがおかしい。隠されている何かがある。
アイのためにも、ハルのためにも、そして私のためにも……真実を知りたい。
そういえば資料室が地下にあったはずだ。
真夜中の暗い階段を足音を立てないように静かに降りていった。
地下に降りると、どこかからツーンとした油の匂いがした。
それは資料室の隣の部屋からだった。
恐る恐るドアノブ手をかける。うっかり力を入れすぎて微かに音が溢れた瞬間、中から声がした。
「えっ?!あっ、ちょ、ちょっと待ってください!どかしますから!」
(この声、カナだ。何してるんだろうここで)
何か作業中だったみたいでドアの前で待つことに。
その後カナに呼ばれて中に入ると、そこは物置部屋のようだった。段ボールが脇に綺麗に積み上げてある。
カナは絵の具まみれのエプロンに身を包んでいた。その狭い部屋でキャンバスを立てて油絵を描いていたようだ。
「ごめんねいきなり、まさか絵を描いてたとは思わなくて……」
「いえいえ、私の方こそ誰も来ないので油断しちゃって」
キャンバスの隣にバケツが置いてあり、なみなみと油が入っていた。
なるほど。だからあんなに油の臭いがしたのか。それなら納得。
「でもここ、誰も来なくて良いんですよ。静かで。誰からも絵を馬鹿にされないし、ここなら本来の自分でいられる……」
(あれ?カナの顔が一瞬翳った気が……気のせいかな)
その後も立ち話に花を咲かせていると、部屋の入り口の方から視線を感じた。
見ると、扉の隙間から幼い女の子が覗き込んでいた。
彼女はシノ。確か聞いた話だと年齢は小学生くらい。
チーム最年少だが彼女も立派な戦闘員だ。しかし力がまだうまく使いこなせていないのでたまに暴走してしまう。だから実際は彼女のパートナー、トウジロウさんが彼女を庇いつつほぼ一人で戦っているらしい。
カナに別れを告げるとシノと二人で部屋を後にした。もう遅い時間だ、彼女を部屋へ連れて行かないといけない。
「シノちゃん、お部屋戻ろう?そろそろ寝ないと明日お仕事あるでしょう?」
シノは首を横に振った。
「ううん、明日はお仕事ないよ」
「そう。でもあまり遅くまでいちゃ駄目よ」
「眠くないもん。寝れないよ」
「えっと。じゃあ本読んであげ、」
「やだ。遊びたいの。かくれんぼしよ?」
かくれんぼ。まさかこんな夜中に。
返事に困っているとシノは廊下の途中でぴたりと立ち止まってしまった。
細い腕を組み、口をへの字にしている。小さい仁王立ち。いいよと言うまでここを離れないつもりだろう。
(お〜い、保護者さ〜ん。もとい、トウジロウさ〜ん。シノちゃん脱走してますよ〜ていうか助けて〜)
スーパーとかの迷子放送を大音量で流したいくらいだった。お連れ様がお待ちです……
しかし待ってみてもトウジロウは現れない。
仕方なく眠気が来るまでかくれんぼの相手をする事になった。こんな夜中にかくれんぼとは、なかなか新鮮ではある。
「ミドリ?いくよ〜?い〜ち、に〜い、」
いきなり隠れる側になってしまったミドリは慌てて影を探す。かくれんぼなんて本当に何年ぶりだろう。隠れ場所の探し方すら忘れたレベル。
「……し〜ち、は〜ち、」
(やばいやばいやばい、ここ全然障害物無いじゃん……!しょうがない、階段の影だ!)
「お?」
「あっ、」
オールバックのいかつい顔の男性がちょうど階段を降りてくるところに出くわした。
「トウジロウさん!」
やっと彼女の保護者が現れホッとする。待ってましたと言わんばかりに駆け寄るミドリ。
「どうした?何かあったのか?」
シノに付き合ってかくれんぼしている事を伝える。
話を聞くなりいかつい顔がみるみるげんなりしていった。最後には土下座でもしそうな勢いで申し訳なさそうに謝られてしまった。
「すまない、本当にすまない。シノ……あいつはほんとになぁ」
「いえいえ」
「あいつ、今日は仕事ないからって長々夕方まで昼寝しててやばいなあとは思ってたんだよ……」
「すっかり目が冴えちゃったのね」
「夜だし、こっちは寝ようとしてんのに遊んで遊んでって押しかけてきて……うるさいから、とにかく眠くなくても布団に入ってろ!って言って部屋まで行って布団かけてやったのにさ」
「逃げ出してきちゃった、と。大変ですね……」
なんだか子育てみたいだ。まるでお父さん。その気苦労は計り知れない。
(ほんと、お疲れ様です……)
「そういや、なんか変わったなミドリ」
「えっ」
「前は目だってあんまり合わせてくれなかったし、会話だって『はい』か『いいえ』でいつも終わってたしな。成長したな!」
お父さんに……じゃなかった、トウジロウさんに褒められた。努力を認めてもらえた。
目頭がじわっと熱くなる。
この場で泣き出しそう。でも外だし泣いちゃ駄目だ。でも、瞼がじわじわとして……
「あ〜!ミドリいた!」
シノの声。すかさずトウジロウが駆け寄り捕獲する。手慣れたもんだ。
「きゃ〜!変なおじさんに捕まった〜!」
「誰が変なおじさんだ!おいクソガキ、ウロウロしてないでさっさと寝るぞ!」
「クソガキじゃないもん!」
拗ねて頬を膨らませるシノを軽々と俵担ぎするとトウジロウは部屋に戻っていった。
もうだいぶ経ってしまったので今日はもう資料を探すのは諦め、布団に入った。
褒められた事がまだ嬉しく気持ちが昂ってしまって、しばらくなかなか寝付けなかった。
(私、本当に変われてる……あの日より確実に前に進めてる!頑張れるぞ、私!)




