9.まさかの再会
仕事の待ち合わせ場所は居住区から歩いてすぐの空き地だ。いつも訓練に使っている場所で、土にはたくさんの竜の足跡や爪跡が残っている。
着くと、すでにリーダーと新人らしき人が並んで待っていた。
「おはよう、いきなりですまないなミドリ。調子はどうだ?」
「おかげさまで、だいぶ体調は戻ってきました」
「一時はどうなるかと思ったが……よかったよかった。そうそう、こいつが新人のハル。確か同じくらいの年頃……あ、いや君の方が若干年上だったかな」
「あっ!」
(昨日の人……!)
まさかこんな所でまた会うとは。
彼の方も驚いているようで瞳を丸くしていた。
顔を見合わせ固まる二人。
「ん?二人とも知り合いか?」
不思議そうにしているリーダーにミドリは昨日の一部始終を話した。
「そうか……不思議な縁だな」
「縁というか……私がたまたま声かけただけだし、ただの偶然なんじゃ……」
「いや、君のいう通り些細なものだったとしても縁は大切にした方がいい。それに、案外これが後々影響するかもしれないぞ?」
そこまで真剣に考えてはいなかったが、言われてみれば大事な一歩のような気もしてきた。
ここから色々と繋がっていくのかもしれない。暖かい人の輪に。
なるほどと納得するミドリに、うんうんと満足げに頷くリーダー。
蚊帳の外になってしまったハルは始終訳がわからないといった顔をしていた。
「話がそれたな……それじゃ、まずはちゃちゃっと造竜化してみてくれ」
ミドリはチョーカーを外し、竜の身体に細胞を再構築する。
ちょっと間が空いただけなのになんだかとても新鮮な感じがした。
《リーダー、造竜化完了しました!命令を!》
訓練とはいえ久しぶりの仕事に気合が入る。
翼を大きく広げ空高く咆哮する。たっぷり睡眠をとったおかげか調子がいい。
《今日は頑張るぞ!》
しばらく意気揚々と待っていたのだがリーダーの返事がない。出鼻を挫かれてしまった。
辺りを見渡すと造竜化したミドリの足元でハルがまだ『造竜化』せずにもじもじしていた。
「ハル!早くしろ、相方が待ってるぞ!」
「えっだってだって!造竜化ってめっちゃ痛いじゃないっすか!ま、まだまだ心の準備が!」
「早くしろ!早く!」
「え〜っ、でも!でも!」
痺れを切らしたリーダーは詰め寄るなり首をガシッと掴んで強引にチョーカーを引き剥がした。強行突破だ。
「まっ待って!ちょっ、んぐえっ!」
ミドリより一回り大きい竜が現れた。
造竜の中でも女性は雌型、男性を雄型といい区別している。
雌型は小型で細かい鱗が体じゅうにびっしり付いておりとても強靭で、長期戦に向いている。
雄型は大型で筋肉質のため力が強く体が重い。さらに見た目に反して素早い攻撃を得意とする。
他の造竜なんてアイくらいしか見たこと無かった。
手足や首の太さはミドリの倍近くある。羽も大きくて分厚く、末端まで筋肉の筋がしっかり通っている。
ミドリは思わず圧倒されそうになったが……気の抜けた情けない声が聞こえてきてそれは無いと思い直す。
《痛って!やばいって!ちょ、これ、やばいって!》
「いや〜今日も元気がいいなハルは!」
《リーダー、俺死ぬってこれ!ちょっ!ちょっと!死ぬ死ぬ死ぬ!》
「元気なのはいい事だぞ!はっはっは!」
《いやこれやばいって〜!》
無事(では無い者もいるが)造竜化を終えたので、今回の練習用のVR機材を起動する。
異世界をイメージしたホログラム空間の中で仮想の建物の破壊練習をするための装置だ。
機械の設定を済ませて頭にゴーグル型の装置をつける。
目の前にトーキョーの景色が広がり、少し離れた所に目標のビルが見えてくるはずだった。
設定を終えたはずのリーダーはまだ機械を操作しているらしく、2体の足元でガチャガチャ音を立ててせわしなく動き回っていた。
《リーダー?どうしました?》
「ミドリか、すまん。もう少し待ってくれ……う〜ん。いや、壊れてはいないんだ……ただ、システムが動かなくてな。このボタンか?あ、いやこっちか」
《壊したんすか?》
「ち、ち、違う!壊してないぞハル!今ちょっと動かないだけだ!違うからな!壊れたわけじゃないぞ!」
なにやら必死に弁解しているが、機材を運んでくる際に壊れてしまった……というか壊してしまったようだ。
あのリーダーの事だ……精密機器とか気にせず適当にガサツに引っ張って持ってきたのだろう。それは壊れるのも当然だ。
あまりそういう繊細さは彼に求めてはいけない。
携帯は常に画面が割れているし、コップだってしょっちゅう割っては売店で買い直しているような人だ。
リーダーが修理にかかりっきりになってしまったので、終わるまで先輩であるミドリの指導で簡単な飛行練習をすることになった。
二体は勢いよく空へと舞い上がる。
過去に自分がやってもらった訓練を思い出しながら、新人に指示をする。
まず、ただの飛行。特に問題なし。鳥や空の障害物の回避も問題なし。
急な加速や減速。
彼の方が翼が大きいだけあって一度の羽ばたきでずっと先まで行ってしまう。
ミドリが追いつくまで待ってもらうほどだった。
減速も尻尾でうまくバランスを取り、微調整も問題なくできた。
立て続けに地面すれすれの滑空、旋回、空中停止。全て問題なし。軽々とこなす。
(たった数日でこれ?!私半年以上かかったのに……!)
悔しいが、身体能力はおそらくミドリよりかなり上だろう。
今度は攻撃訓練。
まずは火炎放射。造竜のメインの攻撃方法だ。
体内に炎を溜めておく袋があり、そこに力を込めて高温にさせ炎を発生させる。そして溜まった炎を袋から喉、さらに口に移動させ空気中に吐き出す。
焦ると喉ではなく食道の方に炎が入り火傷してしまうため、少しの馴れが必要なのだがここも問題なくクリア。
次は溶解ブレス。上顎の裏にある組織から硫酸が滲み出てくるので吐息に混ぜて吐き出す。
あまり連続してやると硫酸が足りず、むせてしまう。今回は訓練なので数回やって終了。
最後は爪と尻尾での破壊。
一番原始的でシンプルだが、準備の必要がなくすぐ攻撃できて命中も確実。
訓練として空中で手脚を振り回しただけだが、これはすぐ実践でも問題ないだろう。
最後に防衛訓練。
造竜は身の危険を感じた時、自分を中心とした球状の強固な壁を張ることができる。
見た目は薄く向こう側が透けて見える程だが、打撃や衝突などは空気中に力を逃がし、衝撃を緩和するようになっている。
銃撃など範囲の狭い攻撃程度なら跳ね返してしまう。
しかし、これは条件反射ではないため意識しないと展開されず、状況判断力や瞬発力が必要だ。
という訳で、今回はミドリが敵の役になり炎を浴びせようと飛び回っているのだが。
さっきからやっているが、相手が速くてなかなか当たらない。
ミドリの吐いた炎が虚しく空を切る。辺りには焦げた匂いと火の粉が飛び散った。
真っ直ぐ攻撃して当たらないので、フェイントをかけてみるもすんでのところで避けられる。
そういえば、向こうのほうが早いんだった。くやしい。
(も〜!これじゃ私の攻撃訓練みたいじゃない!)
なんとか確認を終えると、ふと遠くの空にキラキラと輝く何かが飛んでいるのが見えた。
目を凝らすと、大きな白い鳥が羽を広げて悠々と飛んでいた。
青い空によく映えるくすみの無い純白の翼だ。たまに光が反射してキラキラと銀色に光る。
(なんだろあの鳥。綺麗だな……)
白い鳥はしばらくそこに留まっていたがどこかへ飛び去って行った。
(仕事中じゃなければもう少し近くで見たかったな……)
もう一回同じ動きを一通り練習しそろそろ休憩かと雲の隙間から地上を覗いてみると、リーダーがこちらに向かって手を振っている。
『お〜い二人とも!降りてこ〜い!』
機材の修理は終わったようだが、さっきまでやっていた訓練でだいぶ動き回ったため、今日はもう終わりにすることになった。
人間体に戻ると、三人で歩いて帰る。
周りはもう夕焼け空だ。長い影が三つ並んで伸びている。
歩きながら今日の訓練について報告し、リーダーの評価を聞いた。
羽の動かし方の細かい指導や炎の射程の捉え方など。
「……とまぁ、ポイントはこんな感じだ。色々言ったが大体合格ラインだ。ハルはもう造竜形態の動きに慣れたみたいだし、ミドリもだいぶ体がほぐれただろう。新しいパートナーとしてもお互い合ってそうだしな」
これから新しいパートナーと新しい仕事が始まる。
(今日から始まるんだ、新しい私!頑張るぞ!)
「そうか、よかったよかった。それじゃあ、早速なんだが……明日から現地に行って欲しい」
「えっいきなり?!」
「えっいきなりっすか!」
「お〜息ピッタリだな!」
のんきに感心するリーダーに、二人はそうじゃないと言いたげな顔をする。
訓練を終えたら、普通は安全なこちら側の見張りから仕事が始まるのだが……
「現実世界側の次元の狭間の見張りを頼みたいんだ。君達の他にももう一組いるから心配するな。いざとなったらすぐこちらに戻ってきてもいい」
「それ、現地集合ですか?私はもちろんですけど、彼も……」
「そうだ。ハルは初めて一人で造竜化だな。今日みたいにもたもたしてると皆に置いてかれるぞ!」
「え〜!そんなぁ!」
情けない声をあげるので、ミドリとリーダーは思わず吹き出してしまった。
それを見て不服そうな顔をするハル。それが余計に笑いを誘う。
「あっははは!」
「よかった。ようやくミドリに笑いが戻ってきたみたいだ。よくやったなハル!」
「へっ?俺?!」
彼はキョトンとして、頭の上にはハテナを浮かべている。
それがまたおかしくて、ミドリの笑いが止まらない。
久々に笑いすぎて痛くなった腹筋をさすりながらミドリは部屋に戻った。
寝るまでにはまだ時間があるし、コーヒーでも飲みながら部屋でゆっくりしよう。今日は前から気になってたドラマでも見ようかな。
そう思いながら今日も給湯室へ向かった。




