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みどりの世界  作者: あさぎ
【第二のゲーム】ディストピアの世界 〜再生のミドリ〜
23/54

7.癒しの湯

 


 目覚めるとちょうど朝だった。頭も体もシャキッとしている。

 ずっと際限なく寝ていて昼夜逆転していたのだが、今日は目覚ましもかけていないのに朝にスッキリ目が覚めた。


 今までと気分を切り替えたいから、今日はしっかりお風呂につかって汗かいてサッパリしよう。

 ミドリはタオルを手に持つと鼻歌を歌いながら階段を降りて行った。




 一階に降りると広いホールがあり、エントランスと呼ばれている。階段はその角の一つにある。

 ちょうど対角線上反対の角に、真ん中に二つ丸い持ち手のついた大きな観音開きの扉がある。それが玄関の扉で、そこから外に出られる。


 ホールの中心には太い柱が数本立っていてその周囲にベンチがぐるっと一周している。風呂上がりに休憩するのにちょうどよく、いつもどこかに誰かしら座っている。今日も風呂上がりらしい何人かが集まって楽しそうにおしゃべりしていた。


 外に出る扉の向かいに風呂や手洗い場への広い通路が繋がっている。突き当たりの左右に入口があり、それぞれ大浴場で左は男湯、右は女湯。それぞれ入り口に青と赤の暖簾が掛かっている。


 ミドリは赤の暖簾をくぐり、タオルを浴場の側のロッカーにしまう。

 そしてガラスの重い引戸を開けると、目の前は湯気で真っ白。立ち込めていた湯気が勢いよく顔に吹きかかり纏わりついてくる。

 期待高まるこの瞬間。すぐにでも浴槽にダイブしたいが我慢我慢、まずは体を洗ってからだ。


 洗い場のシャワーで体についた汚れを落とす。

 今までの駄目な自分を流すように、過去の汚れを落とすように、丁寧にしっかり洗って。


(これから新しい自分になるんだ!)


 古い自分はもう終わり。これでサヨナラだ。

 最後に冷たい水を思い切り頭からザバーッとかけると湯まで向かった。


 お湯はかなり熱く、入った瞬間にすぐに体がぽっと暖かくなる。黄土色をしていてなにか薬草の成分が入っているらしい。そのせいで薬っぽい匂いが充満している。

 本当は柑橘系や花の香りなどもっと良い匂いの入浴剤を入れて欲しいのだが……元々ここは怪我や病気の治療用に作られた施設、諦めた方が良さそうだ。

 造竜自体、新陳代謝がなく普段たいして汚れないのだ。


 肩までゆっくりと湯に沈め、全身の力を抜く。思わずふぅ〜と大きなため息がでる。

 全身の筋肉が緩やかにほぐれていき、心地いい。


 しばらくボーっとしていると、湯気の向こうからかすかに声がした。


「あの……すいません……」

「……?」

「あの……この鍵、落としませんでしたか?」

「えっ……あ!」

 自分のロッカーの鍵だった。バンド式で手首に付けていたのだが、どこかで落としたようだ。

(えっどこで落としたんだろ、うっかりしてた……!うわぁ恥ずかしい……)


 お礼を言おうと近づいて行くと、知っている顔だった。


「あれ?……カナちゃん?!」

「あ……もしかして……ミドリさん?」

 声の主は同じチームのカナ。

 ちょっと田舎っぽい、まん丸でふっくらした顔の可愛らしい女の子だ。

 ミドリより十歳くらい年下のはずだが、彼女の方が大人で全然しっかりしている。そそっかしくしょっちゅう物をなくすミドリに、わざわざ部屋まで届けに来てくれた事もあった。

 ミドリより先にこの世界に来ていて、彼女の方が先輩だ。


「ありがとう、ごめんねまた……」

「気をつけてくださいね……いつかお財布までなくしちゃうんじゃないかってちょっと心配……」

「あはは……気をつけないと……」

(年下の子にまた注意されちゃった……とほほ。そういえば前にベッドの下に財布落として焦った事あったっけな……)


「でも、よかったです……お元気そうで」

「おかげさまでね」

「でも、病み上がりでしょうし……あまり無理はしないでくださいね。もし私に手伝える事あれば、なんでも言ってください」

「ありがとう……」


 カナはふふっと微笑むと隣に座った。

 相変わらず気の利く子だ。自分よりだいぶ年下だと言うのに、逆に気遣われてしまっている。少し凹む。

 ふと、カナの左腕……肘の少し上から肩にかけて黒く細い線が見えた。


「それ……どうしたの?」

「え?あ、ああ……これですか?ちょっとした傷です、大丈夫。先週、ちょっと避け切れなくて掠っちゃって……」


 カナは上級の造竜で敵の撃破が主な任務。

 敵というのは現実世界の対造竜部隊(ドラゴンキラー)だ。造竜が現実世界に現れた事によって設立された特殊部隊だ。

 銃撃や砲撃、また化学ガスなど……攻撃は日に日に多彩化しており、どこか研究室と組んで日夜造竜の研究をしているらしいという噂もある。

 彼女を含む上級の造竜達はほぼ毎日のように戦っており、傷が絶えない。時には目を覆いたくなるような惨い怪我を負って帰ってくる事もある。

 カナの傷はまだ浅い方だが、大丈夫と言いつつ今も目の前で念入りにお湯をかけていて、まだ完全には治っていないようだ。

 まだ戦闘許可がもらえていないミドリはそんな自分が歯痒く感じて、目の前で揺らぐお湯の表面を見つめた。


 ふいにカナが話を振る。


「あの、ミドリさん。変な話してもいいですか?」

「えっなになに?」

「映画とか特撮で着てるピチピチのスーツ……あれ、なんて言うんでしたっけ?」

「う〜んと……あ、ボディスーツ?」

「そうそう!それです!それです!ああ、スッキリした……」

「ボディスーツがどうかしたの?」

「今日、出撃前にパートナーのアオイさんとおしゃべりしてたんですけど、人間体の時ってみんなあれ着てるみたいに見えますねってお話をしたら、名前が出なくて。あれってなんだっけ?って二人でなっちゃって」

「えっあのアオイさんまで……」

「そうんです、アオイさんも私もボディスーツって名前が思い出せないんですよ……お互いあれだよあれ!って……」

「ぶっ!」

 耐えきれず吹いてしまった。カナはまだしもアオイさんまで思い出せないなんて。

 でも彼は何事にも真面目な性格だから、そんなくだらない事に対しても彼は眉間に皺寄せて必死に悩んでいたんだだろう。

 本人には悪いけど、想像するとちょっと笑える。


「すごい二人で悩んだんですよ〜!でも結局思い出せないまま仕事終わっちゃって。後で教えとこっと。しょうもない事に、ありがとうございます」




 お湯で暖まった皮膚がふやけてきた。

 なんとなく指で手首のあたりをつまんで引っ張ってみる。皮膚が持ち上げられて鱗が何重にも重なっているのが見える。

 肌に見えるところには肌色の小さな鱗がきめ細かく重なっていて、黒い服に見えるところは少し大きくゴツゴツした鱗が集まっている。

 色の切り替わるところが自然で、遠くから見るとまるで黒い長袖のボディスーツを着ているように見える。爪先まで真っ黒だ。

 黒く硬い鱗は光を反射しテカテカとしているのだが、触るとザラザラしている。造竜体の時の鱗と同じ材質だ。

 また、全員目が同じ黄色で暗闇で発光する。ここも造竜体と同じ。


 髪(のように見える頭の鱗の一部)は全員同じ黒色で一本一本が太い。人間の髪とは違って伸びる事は無いが。

 雌雄で長さが違っていて雌型の方は長く肩まであるため、色々アレンジしている人が多い。ミドリはそれをポニーテールのように一本に結っているし、アイはお団子にしていた。

 一方で、リーダーやアオイなど雄型はほぼ全員なぜかショートヘアだ。性別で異なっている理由は分からないが。


 リーダーから聞いた話だと、見た目こそ現実世界でも気づかれない程人間に似ているがその強度は比べ物にならないとの事。

 ビルの屋上から飛び降りても無傷で、高温の焼却炉に入っていっても火傷ひとつしない。


「造竜化するのに効率良い体になってるらしいね、これ」

「すごいですよねこれ。よく思いつくなあ、こんなの……」

 顔がポーっとする。のぼせる前にそろそろ出よう。


「そろそろ出る?」

「いえ、私はもう少しここにいます」

 傷の治療のため、長めに浸かっているのだろう。


「そっか……私はそろそろ上がるね。じゃ、またね!」

「はい、またおしゃべりしましょうね!」


 暖かいお風呂で『体』が、そしてとりとめのないおしゃべりに『心』が癒された。

 ミドリはじんわりと心が満たされていくのを感じた。

 今まで部屋に籠っていたのが馬鹿らしく思えてくる。


 気分がいいし、久々に部屋でゆっくり音楽でも聞くことにした。



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