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【第7回HJ大賞応募作】あなたを殺したのは私です―死んだ教師が暴く、最後の真実―  作者: 鷹司 怜


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【第二章 残された家族】  『第8話 二年前に死んだ少女』


 その住所を訪ねたのは三日後だった。


 平日の午後。


 雨は上がっていた。


 空には薄い雲が広がっている。


 美咲は一人だった。


 陽菜には学校がある。


 本当は連れて行きたくなかった。


 理由は自分でも分からない。


 ただ。


 これは大人が確かめるべきことだと思った。


 住所は市の外れにあった。


 古い住宅街。


 空き家も多い。


 人通りも少ない。


 神谷がなぜこんな場所を調べていたのか。


 美咲には想像もつかなかった。


 やがて目的の家が見えてくる。


 小さな一軒家。


 外壁は色褪せていた。


 庭は荒れている。


 雑草が伸び放題だった。


 どこか。


 時間が止まったような家だった。


 インターホンを押す。


 返事はない。


 もう一度押す。


 やはり反応はない。


「留守……?」


 帰ろうとした時だった。


 隣家の窓が開く。


「何か御用ですか」


 年配の女性だった。


 七十代くらいだろうか。


 警戒した様子でこちらを見ている。


 美咲は軽く頭を下げた。


「こちらのお宅を探していて」


 女性の顔が曇る。


「朝倉さん?」


「はい」


 その瞬間。


 女性は複雑な表情を浮かべた。


 同情とも。


 困惑とも違う。


 何とも言えない顔だった。


「もう誰も住んでませんよ」


 美咲は目を瞬かせる。


「そうなんですか」


「二年前に」


 女性は少し声を落とした。


「娘さんが亡くなって」


 美咲の心臓が跳ねた。


 娘さん。


 亡くなって。


 朝倉結衣。


 頭の中で全てが繋がる。


 神谷のノート。


 消された記録。


 調査。


 そして。


 この家。


「事故ですか」


 美咲は尋ねた。


 女性は少し迷う。


 言うべきか悩んでいるようだった。


 そして。


「自殺ですよ」


 静かに答えた。


 風が吹いた。


 美咲は思わず息を止める。


 自殺。


 十七歳。


 まだ子供だ。


 そんな子が。


「いい子だったんです」


 女性が続ける。


「挨拶もちゃんとして」


「優しくて」


「真面目で」


 その声には本当の悲しみが滲んでいた。


「でもね」


 女性は視線を落とした。


「家がね……」


 それ以上は言わない。


 言わなくても伝わった。


 何か問題があったのだ。


 かなり深刻な。


「学校の先生も来てましたよ」


 美咲の鼓動が速くなる。


「先生?」


「亡くなる少し前だったかな」


 女性は記憶を辿る。


「若い男の先生」


 間違いない。


 神谷だ。


「何か聞いてましたか」


 美咲は思わず前のめりになる。


 女性は首を傾げる。


「詳しくは知らないけど」


 少し考えた後。


「怒ってましたね」


「怒って?」


「こんなの見過ごせるかって」


 美咲の背筋が冷たくなる。


 神谷らしい。


 困っている人を放っておけない。


 昔からそうだった。


 だからこそ。


 死んだのかもしれない。


 その考えが頭をよぎる。


「その後です」


 女性が言う。


「変な人が来るようになったのは」


 美咲は顔を上げる。


「変な人?」


「スーツ姿の男たち」


 女性は不安そうな顔をした。


「何度も来てました」


「朝倉さんの家にも」


「近所にも」


「いろいろ聞いて回ってた」


 美咲の手が震える。


 偶然ではない。


 そう思った。


 神谷は何かを見つけた。


 そして。


 誰かがそれを消そうとしていた。


 帰り道。


 美咲は何度も振り返った。


 古い家。


 荒れた庭。


 閉ざされた窓。


 その家には誰もいない。


 なのに。


 妙な気配だけが残っていた。


 一方その頃。


 神谷と結衣は同じ場所に立っていた。


 家の前。


 もちろん美咲には見えない。


「懐かしいか」


 神谷が聞く。


 結衣は少し笑った。


「全然」


 即答だった。


「帰りたいとも思わない?」


「思いません」


 結衣は庭を見つめる。


「ここで楽しかった記憶なんてありませんから」


 神谷は言葉を失う。


 結衣は続けた。


「先生」


「ん?」


「私、ずっと不思議だったんです」


 風が吹く。


 結衣の髪が揺れる。


「どうして死んだ人ばかり助けようとするんですか」


 神谷は苦笑した。


「難しい質問だな」


「生きてる人を助ければいいのに」


 結衣の声は静かだった。


 神谷は少し考える。


 そして答えた。


「助けられなかったからだ」


 結衣が振り返る。


「教師をやってると」


 神谷は空を見上げる。


「どうしても救えない子がいる」


「頑張っても届かない時がある」


「後悔ばっかりだ」


 結衣は黙って聞いていた。


「だから」


 神谷は笑う。


「今度こそ間に合いたいんだろうな」


 その瞬間だった。


 結衣の表情が初めて大きく揺れた。


 悲しそうに。


 苦しそうに。


 そして。


 どこか泣きそうに。


「先生」


 小さな声。


「もし私が」


 一度言葉を切る。


「先生が助けられなかった子だったら?」


 神谷は答えられなかった。


 その時。


 家の二階の窓が音もなく開いた。


 誰もいないはずなのに。


 そして暗い室内から。


 少年の声が聞こえた。


『先生』


 神谷の身体が硬直する。


 聞き覚えがあった。


 橋の上。


 雨の夜。


 記憶の中で聞いた声。


『どうして僕を助けたんですか』


 窓の奥で。


 誰かが笑った気がした。


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