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【第7回HJ大賞応募作】あなたを殺したのは私です―死んだ教師が暴く、最後の真実―  作者: 鷹司 怜


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【第二章 残された家族】  『第7話 ノートに残された名前』


 神谷の葬儀から十日後。


 日曜日だった。


 朝から雨が降っている。


 六月らしい重たい空。


 窓を叩く雨音だけが家の中に響いていた。


 陽菜は父の書斎の前に立っていた。


 ドアノブを握る。


 少しだけ迷う。


 そして開けた。


 父の匂いが残っていた。


 本棚。


 机。


 パソコン。


 散らかった資料。


 全部そのまま。


 母はまだ手を付けられないと言っていた。


 陽菜も同じだった。


 だが今日は違う。


 いつまでも逃げていられない気がした。


「お父さん」


 小さく呟く。


 当然返事はない。


 分かっている。


 それでも呼びたかった。


 机の上には赤ペンが転がっていた。


 生徒の小テストを採点していたのだろう。


 途中まで丸が付いている。


 最後まで終わっていない。


 まるで。


 父が今にも戻ってくるみたいだった。


 陽菜は椅子に座る。


 少しだけ泣きそうになる。


 だが我慢した。


 泣くために来たわけじゃない。


 引き出しを開ける。


 文房具。


 付箋。


 USBメモリ。


 生徒からもらった手紙。


 その一つ一つに父の人生が詰まっていた。


 そして。


 一番下の引き出し。


 古い大学ノートが出てきた。


 黒い表紙。


 かなり使い込まれている。


「なんだろ」


 陽菜はページをめくった。


 最初は普通のメモだった。


 授業案。


 進路相談。


 保護者対応。


 教師らしい内容ばかり。


 だが。


 途中から雰囲気が変わる。


 走り書き。


 焦ったような字。


 同じ名前が何度も出てくる。


『朝倉結衣』


 陽菜は眉をひそめた。


 知らない名前だった。


 生徒だろうか。


 ページをめくる。


『記録に不自然な点』


『児童相談所への報告内容が消えている』


『教頭に確認』


『返答なし』


『再調査』


 陽菜の顔が曇る。


 父は何を調べていたのだろう。


 さらにページをめくる。


 すると。


 一枚だけ紙が挟まっていた。


 コピーだった。


 古い報告書。


 端が破れている。


 タイトル。


『家庭環境調査票』


 名前。


 朝倉結衣。


 陽菜は息を呑む。


 ノートと同じ名前だった。


「何してるの?」


 突然声がした。


 振り返る。


 母だった。


 美咲が立っている。


 少し疲れた顔。


 それでも以前よりは落ち着いて見えた。


「ごめん」


 陽菜は慌てて立ち上がる。


「勝手に入った」


「いいのよ」


 美咲は首を振った。


「お父さんも怒らないわ」


 その言葉に二人とも少し笑った。


 そして少しだけ泣きそうになった。


「これ」


 陽菜はノートを見せる。


「見つけた」


 美咲は受け取った。


 ページをめくる。


 表情が変わる。


「……」


 陽菜は気付いた。


 母はこの名前を知っている。


「知ってるの?」


 美咲はしばらく黙っていた。


 そして。


「亡くなる前」


 静かに言う。


「お父さんがよく話してた子よ」


 陽菜は目を見開く。


「生徒?」


「違うみたい」


「じゃあ何?」


 美咲は首を振る。


「そこまでは聞いてない」


 だが。


 明らかに何かを思い出していた。


 神谷が死ぬ三日前。


 深夜だった。


 リビングで仕事をしていた。


 珍しく苛立っていた。


 何度も資料を見返している。


 そして。


 こう言ったのだ。


『おかしいんだ』


『何が?』


『消えてる』


『何が』


『記録が』


 その時の神谷は本気だった。


 教師としてではない。


 一人の人間として怒っていた。


 美咲は今になって思う。


 あの日から夫は何かに追われていた。


「お母さん?」


 陽菜の声で現実へ戻る。


 美咲はノートを閉じた。


「陽菜」


「なに?」


「これは私が預かる」


 陽菜は少し不満そうな顔をした。


 だが反論しなかった。


 母の表情が真剣だったからだ。


 その時だった。


 ノートの最後のページから一枚のメモが落ちた。


 ひらりと床へ落ちる。


 二人は同時に拾い上げた。


 そこに書かれていたのは。


 住所だった。


 そして一行。


『朝倉結衣の家』


 美咲と陽菜は顔を見合わせる。


 沈黙。


 雨音だけが聞こえる。


 なぜ夫はこんなものを残したのか。


 なぜ死ぬ直前まで調べていたのか。


 そして。


 朝倉結衣とは誰なのか。



 一方その頃。


 神谷悠真は学校の屋上に立っていた。


 結衣の隣で。


「先生」


 結衣が空を見上げる。


「どうした」


「家族が動き始めました」


 神谷は眉をひそめた。


「分かるのか」


「なんとなく」


 結衣は微笑む。


 だがその笑顔は少し寂しかった。


「真実は隠したままじゃいられないんです」


 神谷は雨雲を見上げた。


 どこか胸騒ぎがしていた。


 家族が真実に近づけば。


 危険も近づく。


 そんな気がした。


 そしてその予感は。


 決して間違いではなかった。


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