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【第7回HJ大賞応募作】あなたを殺したのは私です―死んだ教師が暴く、最後の真実―  作者: 鷹司 怜


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【第二章 残された家族】  『第6話 父の机』


 神谷美咲は眠れなかった。


 夫が死んでから七日。


 まともに眠れた夜は一度もない。


 目を閉じると病院が浮かぶ。


 白いシーツ。


 冷たい手。


 医師の言葉。


『残念ですが――』


 その先は覚えていない。


 いや。


 覚えたくないだけかもしれない。


 時計を見る。


 午前二時。


 リビングのソファに座り込む。


 テレビは消えている。


 冷蔵庫の音だけが響いていた。


 広い。


 家が妙に広かった。


 たった一人いなくなっただけなのに。


 こんなにも広くなるものなのか。


 美咲は視線を向ける。


 ダイニングテーブル。


 神谷の席がある。


 空席のまま。


 誰も座っていない。


 なのに。


 今にも帰ってきそうだった。


『ただいま』


 いつもの声で。


 少し疲れた顔で。


 ネクタイを緩めながら。


 帰ってきそうだった。


 だが帰ってこない。


 もう二度と。


 その現実だけが残る。


 美咲は立ち上がる。


 寝室へ向かった。


 クローゼットを開ける。


 神谷のスーツが並んでいる。


 ワイシャツ。


 ネクタイ。


 コート。


 全部そのまま。


 片付けられない。


 まだ無理だった。


「ばか」


 小さく呟く。


 返事はない。


「本当にばか」


 涙が落ちる。


 神谷は昔からそうだった。


 困っている人を見ると放っておけない。


 生徒でも。


 同僚でも。


 近所の人でも。


 誰でも。


 自分のことを後回しにする。


 結婚した頃から変わらない。


 だから好きになった。


 そして。


 何度も腹が立った。


 二十二年前。


 大学生だった頃。


 神谷は教育実習生だった。


 美咲は同じ大学の学生だった。


 初めて会った時。


 神谷は財布を落とした老人を駅まで追いかけていた。


 息を切らしながら。


 必死に。


 見ていて呆れた。


 だが。


 同時に笑ってしまった。


 そんな人だった。


「どうして」


 美咲は写真立てを手に取る。


 家族旅行の写真。


 三人で写っている。


 陽菜はまだ小学生だ。


 神谷は笑っている。


「どうして自分を守らなかったのよ」


 声が震える。


 夫の死因は転落事故。


 警察はそう言った。


 事件性はない。


 偶然だった。


 そう説明された。


 だが。


 美咲は納得できなかった。


 何かがおかしい。


 ずっとそう思っていた。


 その時。


 廊下で物音がした。


 美咲は慌てて涙を拭く。


 ドアが開く。


「お母さん」


 陽菜だった。


 眠れないらしい。


 目の下に薄い隈ができている。


「起きてたの」


「うん」


 陽菜は少し迷う。


 そして。


「隣、座っていい?」


 美咲は頷いた。


 二人はソファに並ぶ。


 沈黙。


 時計の音だけが聞こえる。


「ねえ」


 陽菜が言った。


「お父さんってさ」


 美咲は顔を向ける。


「いい先生だったのかな」


 予想外の質問だった。


「どうして?」


 陽菜は少し笑う。


 寂しい笑顔だった。


「お葬式」


「うん」


「知らない人がいっぱい来てた」


 確かにそうだった。


 卒業生。


 保護者。


 同僚。


 神谷を慕う人は多かった。


「みんな泣いてた」


 陽菜は俯く。


「私より泣いてた」


 美咲は言葉を失う。


「私」


 陽菜は続ける。


「知らなかった」


 声が震える。


「お父さんがあんなに好かれてたなんて」


 美咲は娘の肩を抱く。


 陽菜は少しだけ抵抗した。


 だが逃げなかった。


「いい先生だったと思う」


 美咲は言う。


「たぶん」


「たぶん?」


「私は生徒じゃないから」


 陽菜が少し笑う。


 久しぶりだった。


 娘の笑顔を見るのは。


 しかし次の瞬間。


 陽菜の顔が曇る。


「でも」


「うん」


「いいお父さんだったのかな」


 その問いに。


 美咲は答えられなかった。


 神谷は優しかった。


 家族を愛していた。


 それは間違いない。


 だが。


 家族より仕事を優先した日もあった。


 約束を破った日もあった。


 陽菜を泣かせた日もあった。


 だから。


 すぐには答えられなかった。


 陽菜は俯いたまま言う。


「私ね」


 小さな声。


「最後に喧嘩したんだ」


 美咲の胸が痛む。


 それは知っていた。


 死ぬ二日前。


 神谷と陽菜は言い争った。


 映画の約束のことだった。


 神谷は仕事を理由に延期した。


 陽菜は怒った。


 珍しく強い口調で。


 神谷も疲れていた。


 つい言い返した。


 そして。


 仲直りしないまま。


 神谷は死んだ。


「ひどいこと言った」


 陽菜の声が震える。


「最低って」


「陽菜……」


「教師なんかやめればいいって」


 涙が落ちる。


「なのに」


 嗚咽が漏れる。


「謝れなかった」


 美咲は娘を抱き寄せた。


 今度は抵抗しなかった。


 陽菜は子供のように泣き始める。


 七日間。


 我慢していた涙だった。


 その頃。


 神谷悠真は家の外に立っていた。


 窓越しに。


 泣いている妻と娘を見つめていた。


 声は届かない。


 触れることもできない。


 それでも。


 胸が締め付けられる。


「先生」


 隣で結衣が言った。


 神谷は答えない。


 答えられなかった。


 結衣は静かに続ける。


「思っていたより」


「なんだ」


「愛されてたんですね」


 神谷は苦笑した。


 そして小さく呟く。


「だったら」


 窓の向こうを見る。


「もっと早く気付けばよかったな」


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