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【第7回HJ大賞応募作】あなたを殺したのは私です―死んだ教師が暴く、最後の真実―  作者: 鷹司 怜


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【第二章 残された家族】  『第9話 脅迫電話』


 誰もいない二階の窓。


 その奥から。


 確かに声が聞こえた。


『先生』


 神谷は動けなかった。


 聞き覚えがある。


 間違いない。


 橋の上の記憶。


 あの夜。


 雨の中で聞いた声だった。


「先生」


 結衣が不安そうに呼ぶ。


 神谷は窓を見つめたまま答えない。


 すると。


 窓の向こうで人影が揺れた。


 少年だった。


 十六歳くらい。


 制服姿。


 顔はよく見えない。


 だが。


 こちらを見ていることだけは分かった。


『どうして』


 少年が言う。


『どうして助けたんですか』


 その瞬間。


 神谷の頭に激しい痛みが走った。


 ――五年前。


 放課後。


 職員室。


「先生」


 少年が立っている。


 痩せている。


 制服はよれよれ。


 顔には痣があった。


「転んだのか」


 神谷が聞く。


「はい」


 少年は笑う。


 嘘だった。


 教師なら分かる。


 長く教師をしていれば分かる。


 これは転んだ傷ではない。


「本当のことを話せ」


 少年の笑顔が消える。


「話したら」


 小さな声。


「先生、助けてくれますか」


 そこで記憶は途切れた。


 神谷は膝をつく。


 息が苦しい。


 死者なのに。


 呼吸が乱れる。


「また記憶ですか」


 結衣が駆け寄る。


「ああ……」


 神谷は額を押さえる。


 少しずつ繋がっていく。


 少年。


 虐待。


 助けを求める声。


 そして。


 橋の上で泣いていた男。


「親子だ……」


 結衣が顔を上げる。


「え?」


「たぶん」


 神谷は呟く。


「橋の男は父親だ」


 結衣の表情が変わった。


「その息子が……」


「五年前の生徒だった」


 風が吹く。


 荒れた庭の草が揺れる。


 結衣は少し考え込む。


「でも変です」


「何が」


「先生は助けようとしたんですよね」


「たぶんな」


「なのに恨まれている」


 神谷も同じことを考えていた。


 助けたはずなのだ。


 それなのに。


 あの男は言った。


『お前が全部壊した』


 なぜなのか。


 助けた結果。


 誰かが不幸になったのか。


 それとも。


 神谷自身が何か重大な間違いを犯したのか。


 分からない。


 だが一つだけ確かなことがある。


 五年前の事件は終わっていない。


 今も誰かの人生を壊し続けている。


 そして。


 自分の死にも繋がっている。


 一方その頃。


 美咲は自宅に戻っていた。


 テーブルの上には神谷のノート。


 朝倉結衣の資料。


 そしてスマートフォン。


 ずっと気になっていたことがある。


 神谷の死亡直前の行動。


 警察は事故だと言った。


 だが。


 どうしても納得できない。


 美咲はスマートフォンを開いた。


 夫の最後の着信履歴。


 そこには。


 見知らぬ番号が残っていた。


 死亡当日の夜。


 午後十時四十三分。


 最後の通話。


 通話時間。


 四分三十七秒。


「……」


 美咲の指先が震える。


 夫は誰と話したのか。


 なぜ警察はこのことを詳しく調べなかったのか。


 その時だった。


 スマートフォンが震えた。


 着信。


 非通知。


 美咲の背筋が凍る。


 数秒迷う。


 そして。


 通話ボタンを押した。


「もしもし」


 返事はない。


 沈黙。


 雑音だけが聞こえる。


 そして。


 男の声がした。


『調べるのはやめた方がいい』


 美咲の全身から血の気が引いた。


『ご主人と同じになりますよ』


 通話は切れた。


 無機質な発信音だけが残る。


 美咲は立ち尽くした。


 事故ではない。


 今。


 確信した。


 夫は何かに近づいた。


 そして。


 殺されたのだ。


 一方。


 神谷はまだ知らない。


 自分が守りたかった家族が。


 すでに事件へ巻き込まれ始めていることを――。


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