【第四章 五年前の少年】 『第21話 雨の橋の記憶』
雨の音がする。
最初は遠く。
やがて近く。
次第に激しく。
耳を塞ぎたくなるほど。
神谷は目を閉じた。
そして思い出す。
あの日を。
自分が死んだ夜を。
六月二十三日。
午後十時四十分。
雨だった。
激しい雨。
橋の上には誰もいない。
神谷は傘も差さず立っていた。
右手にはUSBメモリ。
小さな黒い記録媒体。
だがその中には、
多くの人生が詰まっていた。
朝倉結衣。
高坂遼。
白石千尋。
そして。
学校が消してきた真実。
「やっぱり来ましたね」
背後から声がした。
三浦修司。
黒い傘を差している。
表情は穏やかだった。
しかし神谷は怒りを抑えられなかった。
「どういうことですか」
「二十五年前も」
「結衣も」
「全部あなたが知っていた」
三浦は何も言わない。
「答えてください!」
神谷の叫びが雨に消える。
しばらく沈黙。
やがて三浦は口を開いた。
「神谷先生」
「あなたは優しすぎる」
その言葉が神谷の神経を逆撫でした。
「だから何なんですか」
「真実を知ったところで」
「救えない人もいる」
三浦の声は静かだった。
「だから隠したと?」
「違う」
「守ったんです」
神谷は笑った。
乾いた笑いだった。
「誰を」
三浦は答えない。
その時だった。
橋の反対側から足音が聞こえた。
一人。
雨の中を歩いてくる。
ゆっくり。
まるで死刑宣告を聞きに来るように。
神谷は振り返った。
そして。
息を呑んだ。
「どうして……」
そこにいたのは。
神谷が最も信頼していた人物だった。
記憶が途切れる。
「誰なんだ……」
現在の神谷は頭を抱える。
あと少し。
あと少しで思い出せる。
だが顔だけが見えない。
地下保管庫。
三浦は静かに立っていた。
美咲はその様子を見ていた。
「主人は何を見つけたんですか」
三浦は答えない。
「答えてください」
「もう十分でしょう」
その声は震えていた。
「娘がいるんです」
「私は知る権利があります」
三浦の表情が揺れる。
初めてだった。
この男の仮面が僅かに崩れた。
「神谷先生は」
ゆっくり言う。
「最後に一冊の名簿を見つけました」
「名簿?」
「歴代被害生徒一覧です」
美咲の顔色が変わる。
「結衣さんだけじゃない」
「白石千尋だけでもない」
「もっと前から続いている」
地下室の空気が重くなる。
「何十人もいる」
相沢が息を呑む。
「そんな……」
「学校は何度も救えなかった」
「その記録です」
三浦の声は苦しそうだった。
「私は残そうとした」
「だが消された」
神谷は顔を上げる。
違和感。
今の言葉。
三浦の口調は嘘ではない。
もしそうなら。
三浦もまた。
戦っていたのか。
その時だった。
教頭が突然言った。
「もうやめましょう」
全員が振り向く。
教頭の顔は真っ青だった。
「これ以上は危険です」
「危険?」
美咲が尋ねる。
教頭は震える指で、
地下保管庫の入口を指差した。
「来ている」
「もう来ている」
その瞬間。
廊下の奥から。
コツ。
コツ。
コツ。
足音が聞こえた。
ゆっくり。
確実に近付いてくる。
三浦の顔色が変わる。
教頭も。
相沢も。
そして神谷は気付く。
この足音を知っている。
死ぬ直前。
橋の上で聞いた足音だ。
雨の中。
自分へ近付いてきた。
あの人物の――。
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