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【第7回HJ大賞応募作】あなたを殺したのは私です―死んだ教師が暴く、最後の真実―  作者: 鷹司 怜


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【第四章 五年前の少年】  『第20話 壊れた家族』


 三浦修司は静かに地下保管庫へ入ってきた。


 六十歳を過ぎているはずだった。


 しかし背筋は真っ直ぐ伸びている。


 白髪混じりの髪。


 穏やかな笑顔。


 どこにでもいる初老の男性。


 それなのに。


 美咲は本能的な恐怖を感じていた。


「久しぶりですね」


 三浦は教頭を見た。


 教頭は何も答えない。


「相変わらず隠し事が下手だ」


 三浦は苦笑した。


「神谷先生もそうでした」


 その名前が出た瞬間。


 美咲が前へ出る。


「主人を殺したのはあなたですか」


 三浦はしばらく黙った。


 そして。


「違います」


 教頭と同じ答えだった。


「私は殺していません」


 だが。


「助けもしなかった」


 地下室が静まり返る。


 美咲の拳が震える。


「どういう意味ですか」


 三浦は答えない。


 代わりに古い写真を見つめた。


「懐かしいですね」


「高坂正人」


「白石千尋」


「私の教え子たちです」


 神谷は顔を上げた。


 教え子。


 その言葉に妙な重みがあった。


「高坂さんのお父さんは」


 美咲が言う。


「どんな人だったんですか」


 三浦は目を閉じた。


「優しい子でした」


 誰も言葉を発しない。


「弱い人を見ると放っておけない」


「損をするくらい真面目で」


「馬鹿なくらい正直だった」


 神谷の胸がざわつく。


 それは。


 今聞いている人物像と、


 虐待をしていた父親が結び付かない。


「でも」


 三浦の声が沈む。


「人生は時々」


「人を壊します」


 静かな言葉だった。


「卒業後」


「彼は工場で働きました」


「結婚もした」


「子どもも生まれた」


「幸せだったんです」


 高坂遼。


 幼い頃の笑顔。


 神谷の脳裏に浮かぶ。


「しかし工場が倒産した」


「借金を抱えた」


「妻は病気になった」


「介護が始まった」


 三浦の声は淡々としていた。


 だが。


 その一つ一つが人生を削る出来事だった。


「そして酒に逃げた」


「怒りの向け先を失った人間は」


「一番近くの人間を傷付けます」


 美咲は俯く。


 高坂遼。


 その犠牲者だった。


「だから許されるんですか」


 美咲の声が震える。


「違います」


 三浦は即答した。


「許されません」


「どんな理由があっても」


「暴力は暴力です」


 その言葉には迷いがなかった。


 だが。


「それでも」


「人間は単純ではない」


 三浦はそう続けた。


 神谷は初めて気付く。


 三浦は事件を語っているのではない。


 自分自身を語っている。


「高坂は最後まで後悔していました」


「息子を愛していました」


「だから死んだ」


 地下室が静まり返る。


「先生」


 結衣が神谷を見る。


 神谷は答えられなかった。


 自分は高坂正人を


 怪物だと思っていた。


 だが。


 怪物だったのではない。


 壊れた人間だったのかもしれない。


 その時だった。


 三浦が突然美咲を見た。


「神谷先生は」


「最後に何と言ったと思いますか」


 美咲が息を呑む。


「主人に会ったんですか」


「会いました」


 三浦は静かに答える。


「亡くなる数時間前です」


 神谷の心臓が激しく脈打つ。


 思い出せない。


 だが。


 知りたい。


「主人は」


「何を言ったんですか」


 三浦は少しだけ悲しそうな顔をした。


 そして。


「私は間違っていたかもしれない」


 そう言った。


 神谷の身体が硬直する。


 自分が?


 そんなことを?


「そして続けました」


『助けたつもりだった』


『でも誰も救えていない』


『結衣も』


『高坂も』


『俺自身も』


 美咲の瞳に涙が浮かぶ。


 三浦は静かに言う。


「神谷先生は苦しんでいました」


「ずっと」


 その時。


 神谷の脳裏に、


 最後の夜の記憶が一瞬だけ蘇った。


 橋。


 雨。


 三浦。


 そして。


 もう一人。


 誰かがいた。


 顔は見えない。


 しかし。


 その人物を見た瞬間、


 神谷の全身を恐怖が貫いた。


「まさか……」


 思い出しかけた瞬間。


 記憶は再び闇に沈む。


 ただ一つだけ残った。


 雨の中で聞いた言葉。


『先生は知らない方が良かった』


 その声は。


 神谷がよく知る人物のものだった。


「少女を殺したのは本当に『私』なのか?第21話は、本日夜20:30に公開です。お楽しみに!」

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